ワクチン被害者の男性がスナク首相に対して、わたしの目を見てくれ、わたしの目の中の苦痛、トラウマ、後悔を見てくれて訴えている動画がありました。
その真に迫った言葉の調子から、わたしは彼の苦痛と後悔の深さを感じて粛然としました。
世界には、再び元の健康な体を取り戻すことができずに後悔と絶望に陥っている人が沢山いるのをわたしは想像します。
わたしは自分がそうなったときの苦しみが手に取るように想像できます。
しかし、世の中にはそれが想像できずに平気でいられる人が沢山います。
とくに、上級国民がそうです。
人の苦しみを想像できない人間だから出世して高い位置につけるのかもしれません。
山本太郎さんの国会での質疑を久しぶりに見ましたが、パターン化した質問内容や追及の仕方にまたかという感じで失望を禁じ得ませんでした。
能登地震の被災者救済が喫緊のことだというのはその通りですが、総理を追求して何が得られるでしょう。
糠にクギの反応しか返ってこないのは分かり切ったことです。
太郎さんが国会でワクチンのことを少し追及しているのをチラッと見たこともありましたが、どこかおざなりな感がしないでもありませんでした、
わたしは、やはりもっとも大事なことで最優先されるべきはワクチンだと思います。
「れいわ」のホームページは見ませんし最近は太郎さんの演説も聞きませんが、ワクチンを取り上げているのでしょうか。
国会では、党とは別に、原口一博さん、阿部知子さん、松木謙公さんがワクチンの被害について声を上がています。
「維新の会」の議員も質問していたようです。
もしかしたら、放射能のことを大きく取りあげたことで福島の人の怒りと憎しみを買ったことがトラウマになっているのでしょうか。
きのう、テレビで国産のコロナ治療薬のゾコーバやファイザーの薬が紹介されていましたが、その高額なことに驚きます。
テレビでも、これでは薬を拒否せざるを得ない人も出てくるのではないかと言っていました。
わたしが帯状疱疹の前段階だと診断されて出された薬は5000円でした。
3割負担でその金額です。
むかしのように、貧乏人は医者にもかかれないような時代になるのでしょうか。
金額はともかく、わたしは嘘の診断をされたことがショックでした。
その見立てには信頼を置いていた医者だからです。
そう言えば、医者が生殺与奪の権を握っていることに今さら気が付きます。
わたしは行くたびにレントゲンを撮られることが嫌であるとき拒否をしたのですが、途端に医者の態度が変わりました。
患者は医者の言うことに盲目的に従うものだと信じて疑ったこともないからです。
しかし、手術すると言われて拒否する人はそんなにはいないでしょう。
小さな小さな癌細胞が見つかったら、早期発見できてよかったということになります。
早期発見とはうまいことを考えたものです。
有名人に「わたしは早期発見で助かりました」と言わせて、する必要もなかったかもしれない手術をされます。
それはそうと、余命宣告とは、いつごろから始まったことなのでしょう。
それまでは隠しに隠してきたではありませんか。
いつから医者は神に成ったのかとわたしは驚くのですが、今では当たり前になっています。
わたしは、癌を告知された上にご丁寧にも余命まで宣告されることで患者の精神的肉体的苦痛は大きくなるのではないかと思っています。
知らぬが仏というではありませんか。
医学は今や人間を苦しめるものになったと言えば反発を招くかも知れません。
人間は弱く、病気になれば藁にも縋る思いで医者を頼るしかないからです。
しかし、ワクチンのことで医者の権威と信頼は揺らぎに揺らいでいます。
かれらの多くはワクチンを疑わずにお金儲けに走りました。
大病院も同じです。
儲けなければ経営が成り立たないからです。
南相馬にできたモデルナの製造工場は去年の8月から稼働していて、そこで製造されるワクチンや治療薬は今後10年すべて政府が買い上げることになっているのだそうです。
こんなことが秘かに決まっていました。
上川さんが言った「国会を通さなくても」という感覚が普通になっていることが恐怖です。
これほど国会=国民を侮辱しないがしろにした発言もありません。
国民は舐められっぱなしです。
そこで製造されるワクチンはコロナだけではなくあらゆる病気に対応するようになっているのではないでしょうか。
おそらく中身は大体同じでしょう。
帯状疱疹のワクチンもコロナのワクチンも変わらないような気がします.
それで病気がなくなることはなく、逆に増える一方なのに気が付きませんか。