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谷間の百合

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安倍さんも麻生さんも確信犯です。

内閣改造では、稲田朋美さんに重要閣僚の座が予定されているそうです。
また、ただ大臣のポストが欲しいだけの待機組が70人控えているそうですから、総理も調整に苦労していることでしょう。
民進党の岡田代表が代表選には出馬しないことを明らかにしましたが、はや前原、細野、長島の三悪人が出馬を模索しているそうで、最悪です。
民共合作だと非難、攻撃してきた総理ですから、すでにかれらトロイの木馬要員には護憲派を切り崩せと檄を飛ばしたことでしょう。

先日、総理は橋下徹と会談しました。
同席したのは、いつもの松井知事と菅官房長官です。
今後チンピラがますます肩で風を切るように闊歩するのかと思うと、その前に、日本が終わってほしいとさえ思います。
こんな日本、ほんとうに嫌だ。


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わたしは見ていませんが、ネットでは植松某を肯定する意見の書き込みがたくさんあるそうです。
ついに、総理はコメントを発しませんでした。
嘘つきの総理が、初めて嘘をつくことが出来なかったのです。
非難することができなかったということです。
わたしは、ますます事件の計画性を疑っています。

麻生さんの、年金受給者は出来るだけ早くこの世を去れというのは失言ではありません。
かれは確信犯(狂人)です。
早く去れと言われて、では死にますとはなりませんから、政権内では、早く死ねるような方策がいろいろ練られているのではないでしょうか。
年金の減額に加え、田村前厚労大臣が言っていたように、受給開始年齢を75才に引き上げたりと、速やかに死んでもらう方策がこれから実施されていくことでしょう。
それは目前に迫った年金破綻を隠蔽するためでもあったでしょう。

精神障害者の一割の人に対して減額や支給停止も始まるようです。
障害者が精神面と金銭面の両方で受ける動揺や恐怖が伝わってくるようです。
総理が休暇中に、日本精神科病院協会会長と会っていたことに、わたしは不吉なものを感じないではいられません。


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by michi-no-yuri | 2016-07-31 11:25 | Comments(0)

三十日 その二  やっぱり小沢さんはすばらしい人。

「その一」に載せた小沢一郎さんのコメントですが、ほんとうに素晴らしいとあらためてその感慨を深くしました。
この世には、自分以外に、自分と同様に喜び悲しみ苦しむ他者が存在するということ。
そういう他者の存在を自己と同じように認識し尊重することが大切だということ。
わたしがそのことを認識したのは、森有正の著書からでした。
自分と同じように喜び悲しみ苦しむ他者を認識するなんて当たり前のことだと思われるでしょうか。
しかし、わたしはそのとき「ハッ」としたのです。
ということは、それまでそういう認識がなかったということです。
実に、鮮烈な体験でした。

教育とは、そういう認識を自然に体得していくものでなければならないと思うのですが、現実は、他者と競争することが教育の目的になっていないでしょうか。


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年金受給者はできるだけ早くこの世を去り、国に負担をかけるべきではないと言った麻生副総理。
かれはブルガリアでこう発言して、ブルガリアの人を驚かせました。
日本はとんでもない独裁国、野蛮国だと思われたことでしょう。

また、障害者に対して、「ああいう人ってのは人格があるのかねえ」とか、閉経後の女性は生きる価値がないようなことを言った石原慎太郎などには、小沢さんの言葉は永遠に理解できないでしょう。
わたしは、かれに「あなたには人格があるのか」と聞いてみたい気もしますが、どんなに嫌いな人間でも生きる価値がないなどとは思うこともなければ、口が裂けても言えることではありません。

お人好しの日本人は、歯に衣着せぬかれの悪口雑言の言葉に喝采を送るのですが、面白がっているうちに日本が在日にのっとられていったことなど知る由もないでしょうね。
かれが増田さんの応援で鳥越さんや小池さんに言ったことなど、公の場で言う日本人がいますか。
わたしは、息子伸晃さんの嫌がるのも構わず、応援に来たのかと思ったら、息子が要請したというではありませんか。
あれでも自慢の父親なのでしょうか。
国民に誇れる父とでも思っているのでしょうか。


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by michi-no-yuri | 2016-07-30 15:46 | Comments(0)

三十日 その一  闇の中で蠢くもの。

障害者施設における大量殺傷事件の衝撃から少し時間が経過すると、腑に落ちないこと、おかしなことが続々と出てきます。
実際の、あれがおかしい、これがおかしいという以前に、事件そのものが怪しく思えてきます。
多くの人が、植松某を生んだのは安倍政権だと言っているのは、あくまで間接的原因としてですが、わたしは自然に、間接と直接の間に横たわる大きな闇の関与に目を凝らさざるを得なくなりました。

この事件から、わたしはなぜか8年前に起きた元事務次官殺人事件を思い出していました。
出頭してきた男性は、犯行の動機を34年前にペットを保険所で殺処分された恨みだと言いましたが、それを信じた人がどれくらいいたでしょうか。
一般の国民は、殺処分するのが保険所だとは知っていても、管轄しているのが厚生省とまでは想像しません。
まして事務次官に恨みを抱くことなどあり得ません。
しかし、そんな荒唐無稽な動機しか考えられないくらい、犯人と被害者の接点がなかったということでしょう。
はたして、かれは真犯人なのかという疑問も、時間とともに忘れられてしまいました。


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今回の事件でも、すでに、そういう疑問が出ています。
違うのは、動機を荒唐無稽に思わない雰囲気がすでにあるということです。
個々の疑問は措くとして、手紙にフリーメーソンの名まえが出てきたり、急に人が変わったように過激になったという関係者の証言もあることから、わたしはもしかしたら、かれは闇の存在から強力な洗脳を施されて別人格に仕立てられていったのではないだろうかと思いました。
あらかじめ、事件のために用意されていた人間ではないだろうかと。

総理を始め、多くの国会議員が所属している「日本会議」は基本的人権を目の仇にしています。
社会のお荷物?になるような人間には基本的人権はないというのがかれらの基本的な考えなのだと思います。
手紙に書かれていた内容は、まさにかれらの考えとそっくりです。
しかし、さすがにそこまでは言えません。
だから、かれらは、手紙の内容に多くの国民が共感を覚えることを期待したのではないでしょうか。
勘繰れば、手紙はそういう意図で公開された?

総理初め、だれも事件についてコメントしません。
小沢一郎さんだけでした。
次のようにコメントしておられます。

「人間社会の根幹を揺るがしかねない大変な事件である。

人間教育の根幹。
それは「共感力」の育成である。
この世には自分以外に他者が存在し、自分と同様に喜ぶこともあれば、悲しみ、苦しむ時もある。
そういう他者の存在を自己と同じように認識でき、尊重する。
この犯人には全く欠如している。
呆然とさせられる事件だが、速やかに検証しなければならない。」


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by michi-no-yuri | 2016-07-30 10:24 | Comments(6)

「サウイフモノニ ワタシハナリタイ」(「雨ニモマケズ」より)

資本主義、新自由主義、コスト至上主義が植松と言う人間を生み、その予備軍を量産しました。
最後の決断をプッシュしたのは、いうまでもなく、安倍政権が秘めているナチスへの傾倒です。
かれは裁判でこう言うでしょう。
安倍晋三様なら分かってくれているはずだと。
総理は未だこの事件についてのコメントを出しません。
かれの考えを否定できないなにかがあるのでしょうか。
もしかしたら、あまりにも自分の考えに似ていたことに愕然としたのかもしれません。


先日、NHKで81才の女性のヘルパーさんを取り上げていましたが死が近くに迫っている老人にとって彼女はかけがえのない存在のようでした。
よく、「息が合う」と言いますが、実際、介護してもらう人と介護する人の息が見事にあっていました。
共に、長い人生を生きてきて、すでに生命力が下降の一途を辿っている者同士だからということもあるでしょうが、わたしには彼女の人間性に負うところが大きいように思えました。
だれにでもできることではありません。
寝たきりになっている老人にとって、傍で掃除機をかけられたり、洗濯機を回されたりバタバタされるのは苦痛以外のなにものでもないでしょう。
掃除なんかしなくても、ゴミは拾えばいいし、ホコリはそっと拭き取ればいいだけだと思いますが、ヘルパーさんは、決められたことをし、決められていないことはしません。
まして、若いヘルパーさんは生命力が旺盛な上に生活がかかっていますから老人と息が合うことはムリでしょう。

一人になると不安だと訴えていた老人は、彼女に看取られて静かに息を引き取ったということです。
体力のない老人でも、社会に対してお金には代えられない貢献ができるのです。


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人は生活のために働いたり、あるいは自己実現を目指して努力したりするのですが、どっちにしろ自分のためです。
よく思うのが、なんで自分のためにそんなに努力ができるのかということです。
死んだらそれで終わりだと思っているのなら、努力することも宗教も哲学も必要ないではありませんか。
なんで、有名になりたいのか、なんで金メダルがほしいのか、わたしなら、そのための努力なんかしたくない。
有名になるということは自由を放棄することです。
一生自分でない自分を生きることになるかもしれないのです。

きのう、「雨ニモマケズ」のことを書きましたが、いい大学、いい会社に入るための勉強ってつまらなくないですか。
世の中のことを、よく見聞きし分かることの方がよほど楽しいと思いませんか。

わたしには腰痛があるので、代わりに稲の束を背負うことは出来ませんし、気が弱いから喧嘩や訴訟の仲裁はできません。
しかし、子どもの看病や死にそうな人のところに行ってその傍らに静かに座っていることはできそうです。
むかしはそういう人がたくさんいたのではないでしょうか。
しかし、そういう人は見事に世の中から姿を消しました。
お金にならないことはしなくなりました。


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もちろん、生きるため、家族のためにお金を稼ぐことはイチバン大事です。
しかし、ムヒカ大統領はその上で人のためになる何かをしなさいと言いました。

忘れられないエピソードがあります。
路上に行き倒れて死にそうになっている男性に、マザーテレサが微笑みかけたところ、その男性が恍惚の表情を浮かべながら息を引き取ったというお話です。
男性の人生において、自分に微笑みかけてくれたのは、マザーテレサが初めてで最後の人だったということでした。
男性の中で奇跡が起きたのです。

なにも頑張らなくても、特に何もしなくても、微笑みだけで世界を変えることができるということです。

「サウイフモノニ ワタシハナリタイ」


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by michi-no-yuri | 2016-07-28 10:34 | Comments(0)

言葉(哲学)のない日本の政治家。

障害者施設での大量殺傷事件に対して、アメリカ政府は「嫌悪感を覚える」とコメントし、プーチン大統領は総理宛の弔電に「その残忍さに動揺した」と書いていました。
ところが、日本政府や政治家から、そのようなコメントは聞こえてきません。
嫌悪感も覚えず、残忍さに動揺もしなかったのでしょうか。
それとも、犯人にシンパシーでも感じたのでしょうか。
それとも、追及すれば安倍政権の責任に行き付くことを薄々感じて、口を噤んでいるのでしょうか。
総理は「原因究明に全力を挙げる」と言いましたが、できるわけありません。
海外のテロでは、卑劣な行為を断じて許せないとコメントするのが通例のようになっているのに、それがなぜか言えなかったようです。
犯人が手紙の中に二度「安倍晋三様」と書いていることからも分かるように、総理を頼みとし、総理なら分かってくれるという思いこみから凶行に及んだと考えられなくもないのです。
いくら鈍感な総理でも自分が生んだモンスターかもしれないと感じたのではないでしょうか。
麻生さんなんか、内心ニヤリとしたかもしれません。

菅官房長官は聞かれてもいないのに、ISとは関連がないようだと言ったのですが、これから日本で起きるテロはISだという印象操作(すりこみ)なのでしょう。


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気になるのは、テレビが犯人の手紙を大きく映し出して解説していることです。
まるで、ナチスの優生思想を喧伝しているみたいです。
手紙に書かれていた言葉の数々は、とくに若ものの脳を直撃するでしょう。
もしかしたら、それが狙いなのかも?

「雨ニモマケズ」の中に、「ヨクミキキシワカリ ソシテワスレズ」(よく見聞きし分かり、そして忘れず)というフレーズがありますが、人間が人間であるということは、よく見聞きして分かることにあるのではないでしょうか。
「そして忘れず」とは反省することの大切さを言っているのだと思います。

見聞きして分かろうとしないから、言葉が貧しいのは当然です。
だから、とくに政治家に言葉=哲学がないのです。
根本は「愛」の問題だと思います。

(ところで、プーチン大統領の今年中の訪日は大丈夫なのでしょうか。)


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by michi-no-yuri | 2016-07-27 11:23 | Comments(0)

二十六日 その二  危惧していたことが起きました。

危惧していたことが起きました。
政権のナチス色に過敏に反応した青年が障害者を襲いました。
予期されたことでした。
安保法案のとき、障害者とその家族は一抹の不安を洩らしていました。
障害者と家族は政治の動向に敏感です。
なにかあれば、自分たちが真っ先に切り捨てられるという思いがあるからです。
かれらは安部政権の冷血な体質をイチバン感じているはずです。

犯人は、障害者がいなくなればよかったと言っているそうです。

アメリカの報道官がこの事件に嫌悪感を持つと言っていましたが、日本の政治家からそういう言葉がでることはありません
わたしが感じたのも怒りと嫌悪感です。
だれかを指して社会の邪魔だとか社会のお荷物だと言う人間に対して、では、オマエは社会にとってどれだけ有益な存在だと言うのか、何を基準に有益、無益を決めるのかという怒りです。


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お粗末な手抜きの看病でしたが、わたしは母を少しは看病できてよかったと思っています。
看病できる幸せを教えてもらったと思っているからです。
弱者にたいして、手を差し伸べようという優しさを思い起こさせてくれるのが障害者の存在の意味かもしれないと思うようになったのは最近のことで、わたしも偉そうなことはいえないのです。

日本はナチズムへの軌道に乗りました。
障害者を排除することが、ナチスが最初に手を付けたことだったと思います。
さらに、同性愛者やジプシーが排除され、そこから本格的にユダヤ人迫害が始まりました。

戦争の序章にこういう事件が起こされます。
ホームレスを襲った中高生がこの事件から強い刺激を受けたかもしれないと危惧します。
注意して見ていないと、あっという間です。

戦争という言葉を使うことによって戦争が具象化されていくことを恐れるのですが、ほかにどんな言い方ができるでしょう。


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by michi-no-yuri | 2016-07-26 14:23 | Comments(0)

二十六日 その一  いよいよ危惧した通りになってきました。

危惧した通りになってきました。
保守?論壇を代表する一人である京大名誉教授の中西輝政さんが「日本よ、今こそ真の独立を!」と言っています。
総理のブレーンだと思われていましたが、去年の慰安婦での日韓合意を不服として総理と決別しました。
「もはや、グローバリズム時代は去って、ナショナリズムに回帰した」そうです。
わたしも真の独立を願ってきましたが、かれらの言っている独立とは似て非なるものです。

先に、不勉強だとお断りしておきますが、先の戦争の原因となったABCD包囲網なるものも、元はと言えば日本の無知と思い上がりが招いたことだったのではありませんか。
思い上がりから、向こうの仕掛けた罠が見えず自ら嵌って行ったのではありませんか。
今も、まったく同じです。
日本のナショナリズムをアメリカは待っていたのです。
これでまた日本人は戦争するだろうとアメリカはほくそ笑んでいることでしょう。


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いままで保守の人たちはひたすらアメリカを頼り縋ってきました。
しかし、ここにきて、アメリカが世界の警察を降り、トランプが大統領になるかもしれないということになって、そんなことならこっちから三下り半を突き付けてやろうとなったようです。
なんと!日本は日本一国で中国と戦争するつもりでいます。
南シナ海問題でも分かったように、東南アジアで中國を敵に回す国はありません。
韓国もいざとなったら中国に寝返るでしょう。
日本は世界の孤児となっても戦争する気でいます。
飛んで火に入る夏の虫になろうとしています。

日本が中国の植民地になるのは歴史の必然なのかもしれないと思ってわたしは慄然としました。
そういう因果があるのです。

西尾幹二さんが、総理への直言として、なぜ中国の脅威を国民に隠すのかと言っていますが、西尾さんの目はいつから節穴になったのですか。
中國が脅威だから戦争をせよとでも!?
脅威だから戦争をしてはいけないのです。
なんでこんな簡単なことがわからないのでしょう。
本来、積極的平和主義とは外交に徹するということです。
しかし、安倍政権に外交ができる政治家がいません。


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by michi-no-yuri | 2016-07-26 10:57 | Comments(0)

「個」を貫けた稀有な人。

以前は好きな人ではなかったのに、亡くなられてから日増しに巨泉さんの遺言の言葉が悲しくこころに訴えかけてきます。
巨泉さんが総理を「悪い人」と思ったように、ヒットラーの演説に熱狂する大群衆を横目に見ながら、「この人、悪い人だな、危険な人だな」と思ったドイツ人も少なからずいたのです。
しかし、そういう人の思いは、ハイル.ヒットラーを叫ぶ人々の声にかき消されました。
戦争が始まり、戦況が不利になり、そして敗戦になって、はじめて人々は憑きものが落ちたように熱狂から醒めるのです。
日本はまだそこまではいっていませんが、戦争に誘導するのはゲーリングが言っているように簡単なことなのです。

「国民を戦争に誘導するのは簡単なことだ。
国民は攻撃されつつあると言い、平和主義者を愛国心が欠けていると非難し、国を危険にさらしていると主張する以外には何もする必要がない。
この方法はどこの国でも有効だ。」


まさにどこの国でも有効でした。
日本はそのために尖閣に火を付け、中國が日本を攻撃しようとしていると煽っただけで、たくさんの人が騙されました。

総理は榊原経団連会長とゴルフをしていましたが、戦争の話でもしていたのでしょうか。
戦争を後押ししているのは財界です。
その財界を後押ししているのが、アメリカの軍産複合体と一心同体の戦争屋です。
これから、国のため、公のためというスローガンがあちこちで叫ばれることでしょう。


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巨泉さんは真の個人主義を貫けた稀有な人です。
少々納得がいかないことがあっても周りと合わせてしまう日本人の中にあって、個を貫くのは至難のことです。
いまは山本太郎さんがそうですが、日本人はそういう人を尊敬するどころかゆえなく憎むのです。
出る杭を打つのが日本人です。

きのう、「人生は余りにも短いと思わない日はない」と書きましたが、
なにかやり遂げたいことがあるとか、一日を有効に過ごしているとかはまったくありません。
ブログに記事を書いたあとは、なにをするでもなくその日が終わります。
たまに、気が向けば庭の草を引いたり、片付けものをしたりするくらいです。
それでも、人生が短いと思うのはおかしいでしょうか。
しかし、こういうことがいえないでしょうか。
何かをするには人生はあまりにも短い、だから何もしない。


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by michi-no-yuri | 2016-07-25 11:01 | Comments(0)

分からないこと。

きのう、NHKが2時間半を費やして田中角栄のドキュメンタリードラマを放映しました。
産経も「40年後の証言」という連載を組んでいます。
この突然降って湧いた角栄ブームの仕掛け人はだれなのでしょう。
ルーズベルトが言うように「政治の世界に偶然はない」のですから、だれかが何らかの意図でブームを作っているのは間違いないでしょう。
先陣を切ったのが、尖閣に火をつけた石原慎太郎ですから、純粋な動機であろうはずがありません。

日本を取り巻く国際情勢を踏まえ、石原慎太郎が
「角さんならどうしたかなと思いますよ。今しきりにね。そういう人だったよね。」
と言っています。
そんなことも分からずにあの本(わたしは読んでいません)を書いたのでしょうか。
尖閣に火をつけておいて、日中国交回復という偉業を成し遂げた田中角栄ならどうしただろうと、よくそんなことが言えるものです。
田中角栄でなくても、歴史的因縁を抱える隣の大国と事をかまえようと思うような人間は、戦争屋と総理と日本会議と石原慎太郎以外にはいません。


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小倉智昭さんが巨泉さんの愛弟子だったと自ら言っています。
当然、巨泉さんの遺言は読んでいるでしょう。
キャスターはアナウンサーとは違います。
「一泡吹かせてほしい」とか「悪い人」だとかは言えなくても、安倍政権が危険だといっていた巨泉さんの思いくらいは伝えられたのではないでしょうか。
愛弟子を自認するならそれを言う義理があったのではないでしょうか。
それを言ってクビになっても生活に困る小倉さんではないでしょう。
師が、死んでも死にきれないと言っていたことにも口を噤んで、なお弟子だと言える小倉さんって、、、
「まだまだ巨泉さんには到達できません」と言っていますが、では、どうすれば到達できると思っているのですか。
義理人情はヤクザの世界の価値観ではありません。
(わたし自身、義理人情を欠く半生だったといま苦しい思いをしています。)

巨泉さんが、あちらの人は「人生は余りにも短い」とよく言うが、日本人からは殆ど聞くことが無いと言っておられました。
日本人は、言われたことだけをして人生の大半を過ごし、自分から何かをしようと思う人が少ないならかもしれません。
自慢ではありませんが、わたしは「人生は余りにも短い」と思わない日はありません。


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by michi-no-yuri | 2016-07-24 10:11 | Comments(2)

二十三日 その二  「沖縄のものは沖縄へ」

沖縄で警視庁機動隊が県民を暴力的に排除している映像をみながら、日本は沖縄にたいして、いったい何をしているのかという怒りがフツフツとこみ上げてきました。
何の権利があって沖縄に手をつけているのかと。
「カエサルのものはカエサルに」とは意味合いが違うかもしれませんが、「沖縄のものは沖縄へ」という言葉がきのうから頭の中を駆け巡っています。
沖縄のものは沖縄に返そう。
わたしたち内地の人間の盾となって、悲しみの十字架を背負った沖縄に、感謝と慰藉と哀悼の意を込めて島を返してあげてほしい。

その騒動の間、総理は雨にもめげずゴルフを愉しんでいました。
そんなにゴルフが好きなら、辞めればいくらでもできるのになんでいつまでも頑張るのですか。
憲法を変えたってすぐひっくり返りますよ。
邪悪はいつまでも続かないのですから。


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下村特別補佐官が、半年間、自衛隊や消防で社会活動した学生だけが入学の前提条件になるようにすると言っています。
おそらく、大学へ行かない者にも同じ義務が課されることになると思います。
そして、そのまま海外の紛争地へ送られるということにもなりかねないのです。
献金疑惑もそこそこに内閣改造のドサクサに紛れて辞任したかと思ったら、総理の特別補佐官になって権力を恣にしています。
「日本会議」の思想と方針をそのまま政策に取り込んでいるのでしょう。

若者は戦争を知りません。
銃の撃ちあいくらいに思っているのではないでしょうか。
また、権力が若者を「希望は戦争」という心理状態に落とし込むのは簡単なことなのです。
シールズも参院選を区切りに解散したそうです。
若者はいつまで無関心でいられるのでしょう。
戦場に行ってはじめて目が覚めても、そのときでは遅いのです。
「ポケモンGO」は若者から現実感や恐怖感をとり除くために有効に作用することでしょう。


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by michi-no-yuri | 2016-07-23 15:32 | Comments(2)