ブログトップ

谷間の百合

taninoyuri.exblog.jp

<   2015年 12月 ( 32 )   > この月の画像一覧

「アベ政治を終わらせるために、選挙に行こう」をスローガンに。

ことしもあと一日になりました。
年の瀬に、アメリカに指示されて慌ただしく合意した慰安婦問題ですが、はや方々で亀裂や齟齬が生じているようです。

ことし最後の曽野綾子さんのコラムですが、愛や平和や人権は、それに命か全財産を差し出すくらいの決意を持った人がそのために働いているのであって、ソローガンを叫んだりデモなどで守れるものではないと書いておられますが、いつも感じるのが平和や人権が嫌いだという本心が行間からにじみ出ていることです。

命を賭けろと言われるとみんな忸怩たる思いにとらわれます。
しかし、命を賭けるということと背中合わせにあるのが、命を差し出させられるということです。
もちろん、戦争は必ず命をかけるものですから、それに反対するなら命をかけなければならないという理屈は成り立ちますが、しかし、その戦争に大義や正当性、あるいは実際に侵略の危機にあるかどうかが大前提でなければなりません。
実際に命を賭けることになる自衛隊員はみんなそう思っているはずです。
曽野さんには驚くほどその視点がありません。


c0243877_12132170.jpg


きのう、国会前で「戦争反対」を叫んでいるシールズをテレビで見ましたが、これでは駄目だなと思いました。
多くの人が、自分は反対のために何をすればいいかと悩んでいます。
山本太郎さんの街頭演説でもそういう質問がでていました。
簡単なことなのです。
「アベ政治を許さない」に続いて「アベ政権を終わらせるために選挙に行こう」と言うことです。
何も命を賭けなくてもいいのです。
わたしたちは貴重な一票を持っているのです。

来年の夏の参院選に向けて「アベ政治を終わらせるために、選挙に行こう」をスローガンにしてほしい。
「戦争反対」を空疎なスローガンだと言わせない為にも選挙に行くという行動でそれを示しませんか。
それが民主主義を守ることです。


c0243877_12314085.jpg

[PR]
by michi-no-yuri | 2015-12-30 12:16 | Comments(0)

最終的解決されそうな日本。

慌ただしく合意に達したのは、やはり、対中国の安全保障の障害になることを懸念するアメリカの意向を受けたものでした。
(よみうりの政治部長が言っていることですから確かでしょう。)

合意の内容は、日本と韓国では受け取り方に大きな懸隔があると思います。
単細胞の産経がさっそく教科書の慰安婦の記述が見直されるかもしれないというようなことを書いていますが、何も分かっていませんね。
それにしても日本側の高圧的なやり方をみると、結局なにも変わっていないことが分かります。
要するに、二度と謝罪、賠償を言うな。
ユネスコへの記憶遺産への申請はするな。
慰安婦像を撤去せよ。
ということです。
しかし、日本に条件を付ける資格があるとは思えません。
慰安婦像は民間団体が設置したもので、いくら不愉快なことであっても撤去を要求するのは筋違いです。
韓国には表現の自由があるのかと批判していた日本が、まさか、韓国政府に圧力をかけて撤去させるなどということにはならないでしょうね。

歴史的事実に最終的解決などあり得ません。
アメリカの指示で、かりそめの合意をしただけで、すぐに元に戻るでしょう。
すべてはアメリカの指示だというかなしい現実を見せられただけです。
だれかが、「外交の好きな安倍総理」と言っていましたが、たとえ指示された通りに動くだけでも目立ってさえいれば満足ということでしょうか。


c0243877_11474392.jpg


ところで、恐るべきは、最終的解決をされそうなのは日本かもしれないということなのです。
日本はもうアメリカのATMの役目を果たせなくなるようなのです。
その上、放射能の汚染は広範囲にわたっています。
そういう日本をアメリカがどうしようと思うかということです。
「反戦な家づくり」さんがこのように書いておられます。

かつての米国は、日本に卵を産ませて、それを搾取するという戦略だった。
しかし、今は違う。
親鳥を潰して、すぐに喰う。
これが、切羽詰まった米国と、それを使嗾する国際金融資本の戦略だ。
日本を存続させるというイメージは、おそらく彼らには無い。
没落した日本には、ふたつのすてきなプレゼントが待っている。

第一弾は、オフショアバランス戦略のなかでの、米中戦争の主戦場になること。
米国も中国も、お互いを直接傷つける戦争はやらない。
台湾~沖縄~日本本土を、戦場として新しいバランスを作ろうとしている。
そうした数年間の戦争の後、プレゼントの第二弾は、世界の核廃棄物処分場だ。
米国をはじめとした世界中の高レベル廃棄物を、地下300mにため込むことを主要産業にして生き延びることを余儀なくされるだろう。



しかし、どんな状況になろうとも、わたしは絶望も悲観もしません。
矢でも鉄砲でも持ってこいという心境で新しい年を迎えようと思います。


c0243877_11461134.jpg

[PR]
by michi-no-yuri | 2015-12-29 11:55 | Comments(0)

国を破滅させるのも名誉を守るのも一人の人間。

川内原発に続き来月下旬には高浜が、春には伊方原発が再稼働します。
もう国民の大きな反対もなく、世論を押さえ込んだという自信なのかこの流れは止まらないでしょう。
日本はつくづく見下げ果てた国になりました。

関電の赤鬼のような顔の八木社長が、さっそく電気料金の値下げに言及していましたが、電気料が高いのは原発を止めていたからだということを印象付けたかったからでしょう。
日本は世界一電気料金が高いということです。
いつも思うのは電気、ガス、水道などのライフラインは基本料金を無料にしてほしいということです。
極寒の冬でも、炎暑の夏でも何か月か料金を滞納すれば情け容赦なく止められてしまいます。
とても人間のすることとは思えません。
最低の文化的生活が憲法で保証されているのに、なぜこのような無情が許されているのでしょうか。
空腹に耐えかねてパン一個、おにぎり一つ盗んでも罪に問われるのに、安保法案といい国が堂々と憲法に違反しても責任を問われることはありません。

原発はコストが高くつくのです。
寿命のきた原発を廃炉にするには莫大な費用がかかるということですし、廃炉の方法もいまだ未知の領域らしいのです。
それに、高木大臣の父親の元敦賀市長は何と言っていたか。
「原発をもってきさえすれば、あとはタナボタ式に金が落ちてくる」
と言ったのです。
わたしたちが家計を切り詰め節電をこころがけて払ってきたお金はこのように無造作に地元に注ぎ込まれていたのです。


c0243877_1243669.jpg


それにしても、いまフクシマはどうなっているのでしょうか。
この先どうなるのでしょうか。
国民は政府が何も言わないのをいいことに、何も知ろうとしません。
政府が何も言わないのだから、何も問題はないと思っているのでしょう。
すべて「お上」任せ、他人任せなのです。
政府が考えていること、していることは、とても常識では計れません。
人間であればできないようなことが、この国では罷り通っているのです。
天をも恐れぬ所業が平然と行われているのです。

先の戦争でも国民は総括も反省もしませんでした。
フクシマでも、だれも責任を問うことも問われることもありませんでした。
再び事故がおきれば日本は終わるのでしょうが、それでもわたしは責任の所在を明らかにしたい。
政府、知事(市長、町長)地元民には等しく責任があります。
上からの指示に従っただけだとは言わせません。
三者にはそれぞれストッパーとしての権限と責任があるからです。

安全基準の基準とはあくまで人間が常識の範囲で想定したものです。
テロや予想を超える地震や人工地震は想定外、基準外のことなのです。


c0243877_1241568.jpg


年の瀬に、こころは重く沈むばかりです。
わたしはあらためて、福井地裁で樋口裁判長が読み上げた判決文のさわり?の部分を読み返しました。
たとえ日本が終わっても、この判決文は歴史に残るだろう、日本にこの人ありということで、辛うじて日本は面目を保つことができるだろう、とそんなことを考えて、わたしはわずかにこころが慰められるように思いました。


以下にその部分を転載します。

「他方、被告は本件原発の稼働が電力供給の安定性、コストの削減につながると主張するが、当裁判所は、極めて多数の人の生存そのものに関わる権利と電気代の高い低いの問題等とを並べて論じるような議論に加わったり、その議論の当否を判断すること自体、法的には許されないことであると考えている。このコストの問題に関連して国富の流出や喪失の議論があるが、たとえ本件原発の運転停止によって多額の貿易赤字が出るとしても、これを国富の流出や喪失と言うべきではなく、豊かな国土とそこに国民が根を下ろして生活していることが国富であり、これを取り戻すことができなくなることが国富の喪失であると党裁判所は考えている。」

(わたしはこれをきのうコピーしていたのですが、きょう検索したら、どこにもこの部分が見られなくなっていました。わたしの見間違いであればいいのですが。)


c0243877_12185180.jpg

[PR]
by michi-no-yuri | 2015-12-28 12:20 | Comments(2)

「精神論」のいかがわしさ。

バカの一つ覚えというか、ステレオタイプの思考しかできないリーダーによって日本はカタストロフィを迎えることになるのでしょうか。
憲法は法律に素人のGHQの人間によって8日間で作られたものというのがその典型ですが、夫婦別姓についても、かって総理は、家族の解体を目論む共産主義のドグマであり、日教組が教育現場でそれを実行していると言っていたそうです。
しかし、いま総理が力を入れている一億総活躍社会も家族の解体を目指したものなのです。
IMFの深謀遠慮も気付かず、指示されたことを嬉々として実行しているのですが、IMFにしたらこれほど素直に言うことを聞く日本に半ば呆きれかえっているのではないでしょうか。
IMFが日本のためを思って提言することなどあり得ないことです。


「日本会議」は神社本庁や生長の家が母胎だそうです。
つまり、宗教なのです。
またぞろ戦前の精神論を教育の現場に持ち込もうとしています。
経済の行き詰まりを隠蔽するためにも「精神論」の出番となるでしょう。
昭和天皇が、科学するこころを疎かにしたと言われた反省などもうどこにもありません。
総理には「生き残るために、変わらなければならない」ということがまったく理解できず、「一つ覚え」から一歩も外へ踏み出すことはありません。


c0243877_12353916.jpg


原発と新幹線を輸出するために、インドに1兆8000億円の円借款をしたばかりですが、そのインドがロシアと軍事や原子力分野で協力することを合意したそうです。
また、モディ首相は不倶戴天の敵だったパキスタンを訪れてシャリフ首相と会談したのですが、それによって両国の信頼醸成が加速していると新聞が報じていました。

ロシア、中國、インドという超大国が一枚岩になりつつあるのです。
ところが「一つ覚え」から出られない総理は相も変わらず中國を敵視して戦争する気でいます。
戦争しなければならない根拠も理由もないのに戦争屋に教え込まれたこと以外のことは考えられないのです。

総理はともかく、政権内部や外務省には世界の流れを正確に分析できる人はいないのでしょうか。
巨額の円借款も中国との戦争を視野にインドを味方に付けようという魂胆なのでしょうが、誇大妄想も甚だしい。
一人の誇大妄想によって日本がカタストロフィへと向かっているのを国民は指をくわえてみているだけなのでしょうか。


c0243877_1246222.jpg

[PR]
by michi-no-yuri | 2015-12-26 12:47 | Comments(0)

狂気の沙汰の原発再稼働。

福井地裁が、再稼働差し止めの仮処分決定を取消し高浜原発は来月下旬にも再稼働することになりました。
日本はどこまで狂っていくのだろうと呆然としました。

先の差し止め判決の判決文はすばらしいものでした。
その判決をくだした裁判長は名古屋家裁に転勤(左遷?)になっていました。
退官後に原発関連の企業へ天下っていった裁判官は少なくないと聞きます。
裁判官は、何の保証もなく、仕事を失えば明日を生きていけない非正規労働者とは違い、たとえ天下り先がなくても路頭に迷うことはないのです。
なぜ、目の前にぶら下げられた見た目はともかく中味の腐ったニンジンに食いついていくのでしょう。
自分一人の「悪」ならそれもいいでしょう。
しかし、もし事故が起きたら、どれだけの国土が失われ、どれだけの人々が奈落に突き落とされるか考えたことはないのでしょうか。
人間が負えるような責任ではないのです。
どんなに圧力がかかろうと、どんな褒美が待っていようと、自分の魂を汚すことの「悪」とは比較にもなりません。


c0243877_1192917.jpg


地元もおおむね再稼働を歓迎していたようです。
壁に「原発さえなければ」と書いて自殺した酪農家の気持ち、わたしには痛いほど分かります。
「後悔先に立たず」で、どんなに泣こうが喚こうが、二度と元に戻ることはないのです。

自分が被害に遭わないと分からないというのであれば、それは人間といえないのではないかと思います。
フクシマは終息どころか逆の方向に向かっていること。
汚染水が海に漏れ続けていること。
それを知らないはずはないのに、まるで他人事です。

福井は教育熱心な県で、ことしの全国学力テストランキングでも二位の成績でした。
親たちは、子供に勉強させてどんな人間になることを期待しているのでしょうか。


総理が高木という人物を大臣に抜擢したのは、再稼働への布石だったのではないでしょうか。
現に、下着ドロの件は口止め工作が徹底してなされたことで、もはやだれもそれに触れるものはいないそうです。
地元での影響力は、親から受け継いだものとはいえ絶大なものがあるのでしょう。
再稼働のために、総理はそれを利用したのだと思います。


c0243877_11125415.jpg

[PR]
by michi-no-yuri | 2015-12-25 11:12 | Comments(0)

天皇に続きたい。

きょうの「徽宗皇帝のブログ」に「逝きし世の面影」の記事を引用するに当たって三笠宮に殿下をつけるべきか迷ったと書いておられるのですが、わたしが迷って迷って付けないことにした理由も「宮」が敬称だということと「殿下」には若いというイメージがあったからです。

引用されている「昭和天皇夫妻はキリスト教の秘密の洗礼を受けた」というのは初めて聞くことで、このようなタブー中のタブーがあっさり世に出てきたことにわたしは驚かずにはいられません。
そこから見えてきたのが昭和天皇の苦悩と孤独の姿でした。
それがどれほど深く重い苦悩であったかは、想像さえ許さないくらいです。
美智子皇后がキリスト教系の聖心女子大を出ておられることを昭和天皇が問題にされたという噂はやはり嘘だったのですね。

(ちなみに、わたしは、ネットでは確定しているらしい明治天皇替え玉説なるものも信じていません。
いつごろ出てきた作り話だろうと思うだけです。)

天皇が洗礼を受けたなどということは、神道の関係者には到底受け入れられないことだったでしょう。
日本の国の成り立ちから否定されるように思ったに違いありません。
しかし、天皇といえどもこころは自由であり、救いを求めるのも自由です。
救いを求めずにいられないほどの苦悩だったということではないでしょうか。


c0243877_11383377.jpg


きのうの「報ステ」で、久しぶりに昭和天皇のお姿を見て、胸が熱くなりましたが、胸が熱くなるというのも、やはり天皇の苦悩を多少は感じるところからこみ上げてくるのではないでしょうか。
沖縄の高校生から挨拶を受け、それにすべて丁寧に応えられ、もらった花束を、侍従が受け取ろうとするのを無視して持ち帰られた姿にわたしはこころを揺さぶられました。

いつも感じるのが天皇の国民の声を聞こうとされる真摯な態度です。
「聞かなければならない」ではなく、「聞きたい」というこころからの欲求を持っておられることがそのお顔から痛いほど伝わってくるのです。

政治をするとは、国民の声を聞くことなのに、政治家はそれを忘れ、平気で嘘をつき、私利私欲に走ってついに国を存亡の瀬戸際に立たせました。
国民とは実体ではなく、かげろうのようなものとでも思っているのでしょうか。


沖縄の女性が、天皇のために死ねという教育を受けて沖縄の人間は戦い死んでいったといって、いまだ癒えない天皇への呪詛を口にされていました。
その気持ちは分かるとは到底言えないのですが、しかし、違うのではないですかと言いたいのです。
天皇のために死ねと言ったのは戦争を遂行した軍部です。
軍部が教育界やマスコミを巻き込んでそう言わせたのではないのですか。
いま、歴史の検証をと言っている国会議員たちが、再びそれを言い出すでしょう。
「天皇」や「神国日本」をスローガンにするでしょう。
長谷川三千子さんなどが国のため、天皇のために死ぬことが崇高な死だと声高に言い出すでしょう。
天皇の与り知らないところで、そういう空気が醸成されていっているのです。

気を付けなければなりません。
そういう空気に抵抗しておられるのが天皇だということを肝に銘じてほしい。
天皇が戦争のことを考えた一年だったと言われたことを、国民は深く受け止めなければならないのです。
畏れ多くも、わたしは現政権にひとり抵抗の精神を示しておられる天皇に続きたい。


c0243877_1140050.jpg

[PR]
by michi-no-yuri | 2015-12-24 11:44 | Comments(3)

戦争の脅威を煽る目的。

天皇陛下が82歳の誕生日を迎えられました。

戦争のことを考えた一年であったとし
「先の戦争のことを十分に知り、考えを深めていくことが日本の将来にとって大切なことと思います。」
と述べられました。

この一年、天皇初め皇族の方々、14歳になられた愛子内親王までが戦争について言及されました。
それほどに現状を憂慮されているということです。

そういう皇族方のご心痛を知ってか知らずか、自民党が正しい歴史を検証するためと称して、総理直属の勉強会を立ち上げました。
本当の歴史の検証なら歓迎したいところですが、そうではなく、皇国史観、「日本会議」史観を広めるのが主眼であるのは稲田朋美さんが座長についていることからも明らかです。

わたしも、なんでも日本が悪かったとする左翼史観ではなく、ありのままの歴史を知ろうとしても、やはり、戦前、とくに戦時中の悪が大きく眼前に立ち現れます。
日本が朝鮮半島や中国大陸でしたことから目を塞ぐことはできないのです。


昭和天皇は軍部に押し切られるかたちで開戦の詔勅を読み上げられました。
統帥権のあった戦前の天皇でさえ右傾化、軍国化の流れを止められなかったことを理解すれば、今の政治状況がいかに危険水域に達しているかが分かるのではないでしょうか。
天皇がいちばんそれを感じておられるのです。


c0243877_11354166.jpg


「逝きし世の面影」というブログに、三笠宮が南京大虐殺に激怒し、そのことで今も良心の呵責に苦しまれていることが書かれていました。
三笠宮は1943年の一年間南京に赴任しておられたのです。

わたしの信念が根底から揺り動かされたのは、じつにこの1年間であった。いわば『聖戦』というものの実態に驚きはてたのである。罪もない中国の人民にたいして犯したいまわしい暴虐の数かずは、いまさらここにあげるまでもない。かかる事変当初の一部の将兵の残虐行為は、中国人の対日敵愾心をいやがうえにもあおりたて、およそ聖戦とは思いもつかない結果を招いてしまった。

また、同級だった将校から、兵隊の胆力を養うために生きた人間(捕虜)を刺突させたことを聞いて驚愕したこと、多数の中国人捕虜を貨車やトラックで満州の曠野に連れて行って毒ガスの生体実験をする映像を見たことなどを自著「支那事変に対する日本人の反省」に書いておられるということです。


総理は中国との戦争を視野に軍事大国を目指していますが、これって、もしかしたら滑稽極まることではないでしょうか。
日本が頼みとするアメリカにも中国にもその気があるように思えないからです。
わたしには、総理がアメリカの軍産複合体の工作員であるジャパンハンドラーにそそのかされ、その掌で踊っている操り人形に見えてしかたありません。
日本には戦争以外の脅威、恐怖があるというのに。
つまり、そういう脅威、恐怖から目を逸らさせるために、戦争の脅威を煽っているのではないでしょうか。


c0243877_11363234.jpg

[PR]
by michi-no-yuri | 2015-12-23 11:41 | Comments(2)

遅きに失した安倍批判。

総理が無罪となった産経の加藤前ソウル支局長を官邸に呼んで、その労をねぎらったというニュースは、総理が暗に自分の働きかけがあったからだということをアピールしたいがためだということは明らかでした。
わたしは、加藤記者の顔が大嫌いで、目も合わせたくないような人間ですが、それはともかく産経が報道の自由の危機だとして、連日識者を動員してキャンペーンをはっていたのは笑止でした。
なかでも佐藤優さんが熱心だったのですが、わたしはその真意を計りかねました。
「報道の自由」という言葉を発することに後ろめたさはないのだろうかと思いました。
報道の自由があるにも関わらず、自らその自由を放棄しておきながら他国を批判するとは無恥もいいとこだと思っていました。


中國では、また大事故が発生しましたが、いつも思うのは、そういうとき中国人が口々に政府を非難することです。
わが国ではあまり見られない光景です。
これほどの悪政、圧政が敷かれていても、国民は直接政権を非難することがありません。
「アベ政治を許さない」というのも、なんとなく間接的なのです。
前途洋々だった過去の夢からいまだ覚めやらずということなのでしょうか。


c0243877_10422624.jpg


蓮池透さんが安倍さんを名指しで批判する本を出されました。
遅きに失しましたが、わたしはいつかそういう声が出てくる、出て来なくてはいけないと思っていました。
蓮池さんは身内が全員帰ってきているから言えるのだと思う人がいるかもしれませんが、わたしはまったくそうは思いませんでした。

ことしの拉致被害者を救出する「国民大集会」でも総理は、最後の一人をとり戻すまで、ご家族がお子さんを自らの手で抱きしめることができるまで全力で取り組むと言いましたが、わたしはよくご家族の前に顔を出せるものだと呆れて見ていました。
父晋太郎さんが「情がない」と言ったように、息子晋三さんは、家族がどのような思いを自分に託しているのかが分からないのです。
人の情、親の情が分からないのです。
全力を尽くしてなんかいません。
何もしていないのです。
したことと言えば、机の前に座って、経済制裁をすると言ったことだけです。
救出とは逆のベクトルです。


c0243877_1044967.jpg


わたしは政府は外交というものを知っているのだろうかという疑念を持ちます。
外交とは、相手の機嫌をとりお金をばらまくことだと思っているのではないかと。
機嫌を取ることも恫喝することもできない北朝鮮には、まったく手も足もでないのです。

家族会は「救う会」とは縁を切るべきです。
かれらは、自分たちの低劣な政治思想に拉致を利用しているだけです。
解決なんか視野になく、北朝鮮を叩くことが目的です。
政治とは切り離さなければいけなかったのです。
家族会の人は安倍晋三という人間をもっと早くに知るべきでした。
しかし、たとえ不信感を持ったとしても縋るしかなかったということなのでしょう。

わたしは蓮池さんに続いて家族会から安部批判がでることが、もしかしたら安倍政権の弱体化につながるのではないかと期待しています。


c0243877_10452149.jpg

[PR]
by michi-no-yuri | 2015-12-22 10:45 | Comments(0)

「人口侵略」と背中合わせの移民受け入れ。

石原慎太郎が久々にコラム「日本よ」に「白人の世界支配は終わった」を書いています。
人間は身の周りで起きることに気をとられ、その背景に気付かない、人びとはイスラム国の残忍さに戦慄するが、その後ろの現実を把握しようとはしない、と書いていますが笑ってしまいます。
だったら、あなたは鳩山元総理のように「イスラム国をつくったのはCIA」と言えるのか? たとえそれを知っていても言えないでしょう?

白人の世界が終って、覇権はどこに移ったと思っているのでしょうか。
まさか、日本とは思わないでしょうね。
ロシアと中國ではないのですか。
あらためて思うのは、中国がロシアと仲がいいということがどれだけ世界の、とりわけ日本の安全保障になっているかということです。
総理は中国と戦争する気でいますが(狂っているのです)、そこにロシアという国の存在は視野に入っていないようです。
それとも、プーチン大統領は親日だからと舐めているのではないでしょうね。


c0243877_11171058.jpg


これほど言説に矛盾のある人間も珍しい。
自分はアメリカの戦争屋に使嗾されて尖閣に火を付けておきながら、よく白人の世界支配は終わったと言えるものですね。

かれは移民にも賛成していますが、その理由は戦争屋の使嗾でなければかれ自身がかって移民だったかのどちらかでしょう。
また、二言目には日本がチベットになっていいのかと言いますが、チベットは中国からの「人口侵略」を受けたのです。
日本に大量に移民を入れるということは「人口侵略」を受けるということでもあるのです。

きのうも外国人同士の殺人事件がありましたが、過日のトルコ人とクルド人の乱闘を、わたしは最初外国のどこかのことと思って見ていたのですが、東京のトルコ大使館前でのことだと知って大いに驚くととも不安を覚えずにはいられませんでした。
かれらは流暢な日本語を話していました。

政府は移民に積極的ですが、キャパシティなどよくよく考えてのことではなく、ただ企業の要求に従っているだけだということが問題なのです。
前にも書きましたが、まず、社会保障費を企業が負担することが企業の最低の社会的責任というものではありませんか。


c0243877_11174734.jpg

[PR]
by michi-no-yuri | 2015-12-21 11:21 | Comments(0)

十九日 その二  何かが始まり、何かが終わる予感。

イスラム教徒の入国を全面停止せよとか不法移民を強制送還しろというトランプさんや議員が一定の高い支持を得ています。
それが世界的な潮流になりつつありますが、これには仕掛けがありました。
シリア難民の大量流入のニュースです。
パリのテロもそうでしたが、各国でのシリア難民への反感や怒りを報じるニュースが続いたと思ったらあるときからピタリと止んでいます。

その逆をやっているのが日本の総理ですが、総理を支持するネトウヨは、頑なにいじらしいまでに総理なら在日を追い出してくれると信じているのです。
かれらは、その信頼が裏切られるのが怖くて決して現実を見ようとはしません。
すでに、いろいろな名目で移民は入ってきているのです。
入国管理業務を民間に委託するということですが、いまのシステムではとても捌ききれないということでしょう。


ところで、パリの街の掲示板にあった、頭からモーレツに煙を噴き出している総理の顔のポスターについて政府は抗議しないのでしょうか。
多分、その意図を計りかね、対応に苦慮しているのでしょうね。
わたしは意図はともかく、バカにされていることだけは確かだと思います。
6月のドイツでのサミットでも、凡ての写真から総理の姿は巧妙に隠されていました。
偶然ということはあり得ません。
総理は世界からまったく相手にされていないのです。


c0243877_15352062.jpg


汚染水が漏れ出ていることはときどきテレビでも報じるのですが、国民の多くは総理の「アンダーコントロール」を信じているのかほとんど無視です。
回転寿司は相変わらず繁盛しています。
危険なら政府やマスコミが警告を発するはずだと思っているのです。
自分のいのちも他人任せなのです。

どこかのツイッターに、京都駅地下街の食堂に入り、参考までにお米の生産地を尋ねたら、店員が「フクシマで~す」と言ったそうです。
つまり、「うちは食べて応援してま~す」という自慢なのです。
食堂や喫茶店の禁煙もそうですが、禁煙にすることがいいことであり、そうすることが意識高い系だと思っているのです。
おかげで、ヘビースモーカーの夫や息子の一人は喫煙のできる店を探すのに毎度苦労しています。
店の人は、お客を外で喫煙させても気にする様子もありません。

ところで、原田武夫さんの総理への公開書簡を読んで、ちょっと恐くなりました。
もう日本は何遠慮することなく破壊されるのではないかと思いました。
為政者も国民も国を守ることも自分を守ることも放棄しているのですから、破壊する側は何の遠慮も要らないのです。


c0243877_15441727.jpg

[PR]
by michi-no-yuri | 2015-12-19 15:39 | Comments(0)