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谷間の百合

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今年の終わりに。

この二年で日本はすっかり変わりました。

国なんてそう簡単に変わるものではないという安心の上で太平の夢を貪っていた国民が、まだ半醒半睡の状態にあるなかで日本は激変したのです。

黒船を見て当時の日本人は吃驚しましたが、いま日本を襲っているのは目に見えない黒い大船団です。

意識していないと見えない船です。

国ってこんなに簡単に変わるのだという驚きと不安で、日本は新しい年を迎えます。


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いまだかって、政治がこれほど私物化されたことはありませんでした。

コメントの中に、「察する力、共感する能力」が、和を以って尊しとする日本の精神だと書いておられた方がいました。

日本の政治から先ず失われたものがそれでした。

それが下へ下へと伝播していき、日本から、和の精神が姿を消したのです。

人を叩き、誹謗中傷するのが批判精神だと勘違いされているようです。

だれかが口火をきると、安心してわれもわれもと後に続いて人を叩きます。

浅ましいことです。


今の政治に「察する能力」はありません。

抑える力、脅す力、誤魔化す力しか感じられません。


大韓航空の副社長が逮捕されるというニュースを見ながら思ったのは、この人にとって大韓航空は自分たち趙家の私物だという意識があったのだろうということです。

そんなことを考えていたら、ふと浮かんだのがいまの日本も似ているということでした。

副社長が従業員を家の使用人くらいにしか思っていないように、総理の国民への目線にも同じ匂いを感じます。

なかでも、総理にとってマスコミは使用人みたいなもののようです。

なんとでもなると思っているみたいです。

しかし、使用人は情勢次第では簡単に主人を裏切るものです。


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by michi-no-yuri | 2014-12-31 10:57 | Comments(0)

明るいニュース。

きのうの記事を最後にしたくありませんので、ナントカ明るいことを書きたいと思いました。

今回の選挙は、最初から勝敗は分かっていたということでしたが、それでもわたしは奇跡を期待していました。

その前の選挙でも奇跡を期待していました。

期待が裏切られたからといってなんで日本を諦らめられましょうや。

期待することをやめられましょうや。


今年もおしつまって、ビッグニュースが飛び込んできました。

「生活の党と山本太郎となかまたち」です。

二人のコラボは百人力、千人力、万人力の相乗効果を生みます。

ゼッタイです。

どうか、ポストさんが言われるように、非正規労働者を糾合して安倍政権に立ち向かってください。


だれかの言うように、日本はもう終わっているのかもしれません。

しかし、宇宙の法則に従えば、終わりの後には必ず再生があるのです。

わたしはそれを信じています。

たとえ再生が数十年後、数百年後になろうとも、、



(きのうは、天木さんにきついことを書きましたが、わたしは人の「志」の分からない人間が嫌いなのです。

人の「志」を批判し、揶揄し、冷笑する人間が嫌いなのです。)



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by michi-no-yuri | 2014-12-30 10:19 | Comments(0)

他人を語るとき、人はもっとも自分をさらけ出します。

天木さんの「小沢一郎と山本太郎の末路を思う」という記事を読んで、天木さんってほんとに駄目な人だなと思いました。

(小保方さんのときもそうですが、人の人生を簡単に「末路」などと決めつけるのはどうかと思います。)


天木さんは人間理解が浅薄な上、自分に対して勘違いしておられます。

以前から鼻についていたものの正体というか原因がよく分かりました。

自分は権力に屈しなかった、権力と戦っているという肥大化した自負です。

そのこと自体は評価されるべきことでした。

しかし、天木さんが分かっておられないのは、「権力」は小沢さんを恐れましたが、天木さんは「権力」から恐れられもせず相手にもされていないことです。

小沢さんのことも太郎さんのことも分かっておられません。

小沢さんも太郎さんも自分とは比較にもならないくらいの人間だということが分かっておられません。

「恥も外聞もかなぐり捨てて」政治にしがみついているとは、どこをどう見たらそう思えるのでしょう。


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小沢さんは、引退したいと思ったこともあったと述懐しておられました。

小沢さんに「私心」があれば、もうとっくに引退しておられたかもしれません。

退くに退けない気持ちが天木さんの目には「政治」にしがみ付いているように見えるらしい。

日本を放っておけないという止むにやまれぬこころが分からずに「政治屋稼業」と言う天木さんに、人を語る(批判)とき、人間は自分をさらけ出しているという典型を見ます。

(もちろん、わたし自身それを分かって書いています。)

まさに、蟹は自分の甲羅に合わせて穴を掘るということです。

自分のレベルでしか人を見られないとうことです。


天木さんが戦ったと思っておられる「権力」などは子供だましの程度です。

だから、小沢さんを襲った「権力」の大きさが分からない。

小沢さんに、なぜっもっと動かないのだという声がよく寄せられていましたが、小沢さんが一歩踏み出せばたちまち「権力側」からの包囲網が発動することを理解する人はあまりいないようです。

そういう動くに動けない中におられたことが理解できないようです。


安倍政権は笑って眺めてなどいません。

顔をひきつらせていると思いますよ。

政党交付金がどうのこうのと、どこまで卑しいのですか。


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by michi-no-yuri | 2014-12-29 09:52 | Comments(4)

似非科学者。

「逝きし世の面影」から。

わたしは「アウシュビッツのメンゲレ医師ではなく、イエスだった福島医大と山下俊一」
というタイトルを見て、何を言わんとされてるかがすぐに分かりました。

わたしは、山下さんが、福島で住民を前に「心配はありません。放射能は心配する人のところにくるのです」と言っておられる動画を何回となく見ていました。

NHKスペシャルは見逃しましたが、その山下さんが今になって「放射能の危険性はよく分からない」と言っておられるそうです。

3年9ヶ月にわたって国民に、安全、安心、心配ないを繰り返してきた政府やマスコミが、なぜ今ちゃぶ台返しのようなことをするのか、ブログでは、その原因は一つしか思い浮かばないと次のように言っておられます。

つまり、
「政府が、籾井NHKやマスコミを総動員しても、これから目の前で起きる大惨事はいくら隠しても隠しきれないのである」と。


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いつか、山下俊一さんも告発を受けて法廷に立たされることになるようなことがあるかもしれません。

そのとき、山下さんはきっとこう言うのでしょう。

「国民を安心させたかったのです。」

しかし、その証言は過去に自らが言った言葉によって裏切られることになるでしょう。

わたしはハッキリ聞いていたからです。

「国民は政府の方針に従うものだ」とかれが言っていたのを。

それを指摘されたら、かれはナチスの戦犯が言ったように、上の命令に従っただけだとでも言うのでしょうね。

山下さんは科学者の仮面を被った似非宗教家だったということです。

しかし、隠蔽に加担した人間が罰せられてたとしても子どもらの健康やいのちは返らない。

その罪は想像もできないくらい大きいのです。


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by michi-no-yuri | 2014-12-28 10:45 | Comments(0)

二十七日 その二  棄民されていく弱者。

テレビを見ていたら、プーチン大統領が「年金を上げる」「社会保障がもっとも重要」と言っていました。

わが国はその反対をいっているので、わたしはその言葉をかなしく聞きました。

日本では真っ先に社会保障が狙われます。

年金は下げられ、介助費用も減額されます。

小泉政権からの悪しき流れがますます勢いを増してきました。

貧しいのはその人の努力や能力の問題だというのが、新自由主義の考え方です。(竹中平蔵がその典型)

だから、社会保障というものへの理解がないのは当然で、弱者は棄民の対象でしかないようです。


住宅と自動車にエコポイントが復活するようですが、消費者のためではなく、業界保護の政策です。

この二つが陰ると不景気感が顕著になるからでしょう。

上辺の数字や一部の企業の景気のよさをもって日本全体の景気をよく見せようという魂胆です。

総理は社員の給料を上げるように企業を説得していたようですが、その恩典に与れるのは一部の企業に勤める正社員だけでしょう。

とっくに四割を超えている非正規労働者はまるで目に入らないかのように放置されたままです。


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山本太郎さんが「生活の党」に入り、党名も「生活の党と山本太郎となかまたち」となりました。

ポストさんが言われるように、来年の統一地方選では、非正規からたくさんの候補者を出してほしい。

山本太郎さんはその先頭にたって生活といのちを守るための革命的旋風を巻き起こしてほしい。

もう後がない、日本が生きるか死ぬかの戦いを戦ってほしい。

わたしたちは熱く期待することでその戦いに参加できるのです。


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by michi-no-yuri | 2014-12-27 12:21 | Comments(2)

二十七日 その一  人の役に立つことは「喜び」です。

わたしの、学校を休校にして子どもたちを雪下ろしに動員したらいいという意見を受けて「徽宗皇帝のブログ」に次のように書かれていました。


「他人を守る」ということは、学校のくだらない勉強よりはるかに大事なことであり、青少年にはいい経験だろう。

私が子供ならむしろ他人の家の雪下ろしを「遊び」として喜び、楽しむはずだ。

こうした、老人の苦労を他人事と思う心に、すでに政治の腐敗する原因がある。


そうなのです。

子どもにとって雪かき雪下ろしは楽しいことであり、人の役にたつことは「喜び」なのです。

思えば、教育からもっとも失われているのが、そういう「喜び」ではないでしょうか。

「老人とのふれあい」などととってつけたような企画を考えなくても、こういう機会をとらえて「打てば響く」ような対応をする、そして、子どもらに人の役に立つ「喜び」を体得させることがほんとうの教育ではないでしょうか。


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そんなことを訊く子どももいないかもしれませんが、もし、なんのために勉強するのかという質問をされたら、教師はなんと答えるでしょう。

わたしは、その答えで大きな比率を占めるのが、社会性の基礎を身につけて良き社会人になることだと思います。

社会性というのは、人間は一人では生きられないということが原点です。

つまり、他者との協調、助け合いが原点だということです。

しかし、現実には、こころが寒くなるような現象ばかりが目に付きます。

学校は卒業しても、陰湿ないじめ体質は卒業とはならずに、そのまま大人になって社会悪を構成しています。

その社会悪が行き付くところまで行った感がしてなりません。


今年も雪を流す融雪路に落ちて老人が流されるという事故がありました。

わたしはず~っと気になっていたのですが、これほど想定される事故もないと思われるのに、なぜ対策がとられないのか不思議です。

ここにも、他者への無関心があるように思えてなりません。


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by michi-no-yuri | 2014-12-27 10:54 | Comments(0)

「鬼畜日本人」

伊集院光さんが、号泣議員の映像は見たくないし、それをネタにして共演者が笑うという流れが「すごい嫌」だと、深夜のラジオ番組で言っておられたそうです。

これを知ってほっとした気持ちになったのは、わたしも同じことを感じていたからです。

こういう感覚を持っている人は外にもたくさんおられるのではないかと想像することで、わたしは日本も捨てたものではないかもと自分に言い聞かせています。

人間の弱さ、愚かさ、醜さを見て、人はなぜ笑うのでしょうか。

見たくないもの、見てはならないものを見て、なんで人は笑えるのでしょうか。

わたしは、人を笑いものにする行為が嫌いです。

嘲笑したり冷笑したりする人が嫌いです。

もう、号泣議員のことはそっとしておいてはどうですか。


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小保方さんが芸能界入り?!という悪質なデマがありました。

デタラメだと分かっていても、虚言癖が評価されたとか、あの演技力は大女優級だとか言う人がいて、人間の悪意の底知れなさを思って震えるようでした。

孔徳秋水さんが言われる「鬼畜日本人」の鬼畜ぶりはとどまることを知りません。

人を叩いたり、笑いものにして楽しいですか?


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by michi-no-yuri | 2014-12-25 10:49 | Comments(3)

国を守るということ

天皇陛下がわが身の老いにたとえて雪国の老人の雪かき、雪下ろしの苦労に言及されました。

高齢者が雪の多い地域でも安全に住めるような道が開けることを願ってやみません。


天皇陛下のお言葉くらい真剣に聞いてほしいと思いますが、当該地の自治体の役人は何と聞いたでしょうか。

よもや、形式的、儀礼的なお言葉だと思って聞き流していたのではないでしょうね。


雪下ろしはバイト料を払えばしてもらえると言っていた老人がいましたが、年金生活ではそんな余裕はないでしょう。

それに、雪は降り続き、後から後から降り積もっていくのです。


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わたしは、なぜ大学生、高校生、中学生を動員しないのか不思議でなりません。

学校へ行っている場合ではないでしょう。

心身共に疲労困憊している老人を放っておいて勉強している場合ではないでしょう。

こういうことが、国を守るということの基本ではありませんか。

国内のこともできずに、防衛もへったくれもないものだと思います。

軍事が国を守ると思っているとしたら、それはトンデモナイ誤解です。


こういうことを言えば、戦時中の勤労奉仕を想起するかもしれませんが、そうではありません。

幸い、戦時体制つくりに熱心な安倍政権もここまでは気がついていません。

自治体と地元民が一体となって取り組むことが、政権の暴走に歯止めをかけるメッセージになるかもしれないのです。

上からの指示ではなく、自ら動くことでそういう可能性が生まれるかもしれないのです。


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教育界は何も感じていないのでしょうか。

勉強さえしていればいいのですか。

それが教育ですか。


先日、電車に乗っていたとき、女子高生の一団が賑やかに乗り込んできたのですが、座席につくと同時にいっせいにスマホを取り出し憑りつかれたように指を動かし始めました。

異様な光景に思いました。

人を見ないのですから人に関心を持つことはありません。

外界との接点はスマホを通じてのごく限られた世界です。

これから人にまったく関心のもてない人間がどんどん量産されていくのでしょうね、、


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by michi-no-yuri | 2014-12-24 11:25 | Comments(0)

「ふと我に返る」ことのできない日本人。

「徽宗皇帝のブログ」に「日本の伝統の多くは明治期に創られたもの」という記事が転載されていました。

文明開化期にキリスト教文化がわが国に与えた影響は計り知れないものがあります。

その一例が処女性への信仰ですが、それまであれほど性に寛容で、奔放(武士階級は除く)でさえあった日本の性文化が、キリスト教のマリア信仰の流入で一夜にして処女は尊いものとなりました。

笑ってしまうような話ですが、それを日本人の適応性だとか、異文化に寛容だと言う人もいますが、そんな立派なものでしょうか。

わたしはむしろ、人間を洗脳することがいかに容易なことかを思って慄然とするのですが。


ほんとうに、日本人は「あっという間」に西洋文明に染まってしまったのです。

なんでも「あっという間」なのです。

あっという間に右へ傾き、あっという間に戦争ということになるのです。

気がついたときでは遅いのです。


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原発反対を唱える人間が「幼い」というのなら原発を科学の進歩だと言う曽野綾子さんなどはさしずめ「おめでたい」人間です。

なぜなら、原発などその典型だと思いますが、軍事とお金儲けが目的でつくられたものだからです。

もっとも、ものごとには両面ありますから、平和利用ということも否定はしませんが、その平和利用というものが、平和を根底から破壊するようなリスクを抱えた上での平和利用ということです。


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日曜日、東京駅には記念の「スイカ」を求める人々でごった返し、収拾がつかなくなって販売中止になりました。

怒号も飛び交っていましたが、わたしはこの人たちを突き動かしているものはなんだろうと不思議に思っていました。

後で、かなりの人が転売目的だったことを知りましたが、すでにネットオークションでは5万円の値がついていました。

そういう人とは別に純粋に記念の「スイカ」が欲しくて、遠方から来た人や前日の朝から並んでいた人もいたようです。

凄い執念です。

人間って「記念になるもの」が好きですね。

年配の人が「記念に」と言っていましたが、わたしは子どものときから記念に集めたり持っていてもいずれ死んでいくのにと冷ややかな目で見るようなひねくれた人間でした。

外国のことは知らないのですが、モナリザがきた、パンダがきたといって人が押しかけるのは、外国でも同じですか。

わたしはパンダだけは見たいと思いますが、まったく出かけていこうという気は起きません。


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日本人の好奇心の強さは異常ではないでしょうか。

それが日本を経済大国に押し上げる原動力になったのでしょうが、「戦争へまっしぐら」になるのもその同じ原動力なのです。

わたしのような好奇心のない人間が多い日本なら、経済大国にもならない代わりに戦争にもならないのではないでしょうか。


「スイカ」をゲットして喜んでいた女性、ふと我に返って「なんでこんなものをほしがったのだろう」とはならないのですね。

一種の集団ヒステリーだと思いますが、「ふと我に返る」ということがないと、やっぱり戦争までいってしまうのです。


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by michi-no-yuri | 2014-12-23 12:18 | Comments(5)

「政治的人間」と「幼い人」

来春には川内原発が再稼働し、高浜も安全審査をクリアーして稼働することになるのでしょう。

周辺の自治体の首長などは、避難計画が万全ではないと反対していましたが、わたしはそんな問題だろうかと思いましたが、首長としてはそう言わざるを得ないのでしょうか。

ストレートに原発反対とは言えないのでしょう。


高浜で老人が、この町には全員を避難させるだけのバスがないと言ったときも、そんな問題ではないだろうと思いましたが、その老人にとっては、避難はそのときだけでまたすぐ戻れるくらいの認識だったのではないでしょうか。

それというのも、フクシマのことがまったくといっていいほど伝えられていないからです。

高市早苗さんがフクシマでは一人の死者も出ていないと言って問題になりましたが、(それも被爆による死者と言えば問題はなかったということらしいですが)そういうこともあって、だれ一人死んだ人はいないというのが国民のコンセンサスになっているようです。


電車から
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もう一週間以上前になりますが「ベターを選ぶ知恵」と題する曽野綾子さんの記事がありました。

曽野さんは原発推進派です。

それが現代を生きる人間の科学的態度だという高説?の持ち主です。

そして、それに反対する者は、人間把握において「幼い」そうです。

「最近、歯切れのいい、政治的で人道的なことを言い切れる人は、人間把握において幼い人であることがよく見える」


ぜったいに戦争してはいけないという国民への遺言ともいえるメッセージを残して亡くなられた菅原文太さんなどは、曽野さんからみれば「幼い人」にみえるのでしょうか。

戦争反対、原発反対を言う人間は幼くて、青臭い左翼的人間に見えるのでしょうか。

それに比べて自分たちは現実主義的で、リスクも引き受ける覚悟のある大人の人間だと言いたいのでしょうね。

それにしても、曽野さんの口から、相手を批判するために「政治的」という言葉がでてくるとは思いませんでした。

わたしは、曽野さんほど政治的な人も珍しいと思っていましたから。

もっといえば、体制べったりの御用評論家だと思っていましたから。


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リスク・マネージメントということは、完全にリスクをなくすということではなく、リスクをできるだけ減らすことへの努力なのだ。

と言っておられますが、フクシマはその努力をしていましたか。

それどころか、事故対応のマニュアルさえなかったではありませんか。

曽野さんはフクシマへ取材に行って、リスク・マネージメントについて質問もせず、ただ、粛々と作業が進んでいると書かれただけなのです。

リスクは「想定」されていなかったに等しいのです。

事故当時、「想定外」ということがさかんにいわれましたが、わたしは責任転嫁だと思いました。

「想定外」ではなく、「想定」すらされていなかったということです。

驚くではありませんか。

あれほど「安全」だと言われていたのですから、よほど安全管理が完璧で、リスクへの対応も万全だと思っていたのに、当事者たちが「安全神話」の上で安心しきっていたということだったのですから。


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また、曽野さんは

事故が無くて済む便利なものはない

として、原発を飛行機や自動車と同列に置いて論じておられるのはあまりにも「幼い」とは思われませんか。

その決定的な違いは歴然としていてここに書く必要もありません。

フクシマの事故を受けて、ドイツとイタリアが原発全廃に踏み切ったのは、リスクが引き受けられるようなものではないと判断したからではありませんか。

日本のように、上(為政者)も下(国民)も危機意識がない国が原発など持つべきではありませんでした。


再稼働へ「ノー」を突き付けた福井地裁の判決は素晴らしいものでしたが、わたしが一つ疑問に思ったのは、つぎの箇所です。

しかるところ、大きな自然災害や戦争以外で、この根源的な権利(人格権)が極めて広汎に奪われるという事態を招く可能性があるのは、原発の事故のほかは想定し難い。

自然災害や戦争によって「山河」そのものが喪失することはありません。

元の山河に戻れなくてもまたそこで生きることはできます。

そして、戦争や災害の記憶が風化することはあっても、原発事故の被害は、後世の人類が背負いきれないような負の遺産となって風化を拒み続けるのです。


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by michi-no-yuri | 2014-12-22 12:17 | Comments(2)