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谷間の百合

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無題

サンケイの「朝の詩」欄の次のような詩が目に留りました。

「言葉」

ここを通らせてね

その言葉が

聞こえませんでした


むかでが部屋を

歩きました

人間は

怖がり 慌て

時にやっつけ

命を奪う


言葉が通じれば

はい どうぞ

それで済んだ事なのに



人の首を切り落としたり、銃で無造作に殺しまくったりする動画がネットに出回っているようです。

だけど、わたしはこの詩を書いたような人がいることで恐怖や悲しみの淵から引き返してこられるような気がします。

ほんの少し打ち勝てるような気がします。

作者が「言葉が通じればー」と言っていることは、言葉がないだけで意識は同じだということでしょう。

すべての生きものは、かたちが違うだけで命も意識も同じだということでしょう。


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わたしも、ムカデが出てくると、つい反射的にそこらにあるものでばぁ~んと叩いて殺してしまうことがありますが、それは本意ではなく、あとで悪いことをしたという気持ちでいっぱいになります。

ほんとうは、常備してある広口の壜を出てきたムカデにかぶせ、下敷きのようなものを壜の下から差し入れ逆さまにして捕獲するのですが。

しかし、そんなことは気休めにすぎません。

実際は無数のいのちを殺して生きているからです。

どこかで、このいのちは殺してもいいとか殺さなければいけないという線引きをしなければならないことは恐ろしい選択です。

だから、せめて、無数のいのちを殺しているのだという認識だけは持っていたい。


溺れていたカマキリを娘が救助
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息子や娘はいわゆる「虫も殺さない(殺せない)」人間です。

しかし、これは親が言ったことでもなく、親に見習ったことでもありません。

わたしはそんな人間ではなかったからです。


こういうことからも輪廻転生が確信できるのです。

たとえば、転生など信じない人でも、人の才能や性格を「持って生まれたもの」だということを何気なく言っているのですが、それは決して親から貰ったものということを意味していません。

子どもは親の創造物ではありません。

一つの永遠のいのち(意識)が、縁のある魂である親の肉体を媒介としてこの世に生まれてくるということではないでしょうか。

そんな気がしてなりません。

そうとしか思えません。

そう思うとすべての説明がつくように思います。

虫も殺せない子どもは、明らかに魂のレベルがわたしより上なのです。


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そのことを言うにはもう少し時間と観察が必要だと思っていますので、いまは言えないのですが、やっぱり、こころの働きって凄いということです。

良いことも悪いこともすべてはこころ次第だということです。


人はからだに良くないことには敏感です。

身体に悪い食べ物や生活習慣はよく知っていてもそれが実行できないのが人間の弱さです。

しかし、身体に悪いことには関心があっても、こころに悪いことへの関心はますます希薄になってきていないでしょうか。

悪いこころでいることは気持ちのいいことではないのに、案外平気というか無関心な人がいるのですね。

このごろ、そんなことを考えることが多くなりました。

なんで、みすみす自分のこころを悪くするのだろうと。

もちろん、わたしも悪いこころがよく生起しますが、それはまた苦しみの生起でもあります。

いちばん恐ろしいこころは憎悪です。

社会が憎しみで染まることがいちばん恐ろしい。

すでにそうなってしまったのでしょうか、、


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by michi-no-yuri | 2014-08-31 08:45 | Comments(0)

巨悪は眠ったままなのに

盗撮で逮捕された商業高校の教頭が、事実を認め、「いやらしい気持ちでやりました」と供述したことが一せいにマスコミに流れましたが、これを聞いて違和感を持った人はいませんか。

日ごろ、マスコミなんかウソばっかりだと嘯いている人でも、こういうことは簡単に信じてしまうようですね。

わたしは以前から言っていることですが、容疑者の身柄が拘束された後から出てくる情報は信じません。

もうそこから情報操作が始まっていると思うからです。


盗撮は何らかの目的以外は「いやらしい気持ち」でするものです。

善意や崇高な気持ちでやる人はいません。

マスコミがその「いやらしい気持ちでやった」という一言を強調して報じるのは、明らかに意図があるのです。

(マスコミは上から指示されたことを報じているだけでしょうけど)

自分からすすんで「いやらしい気持ちでやりました」と言う人はいません。

取調官からしつこく「いやらしい気持ちでやったのだろう!」と責め立てられて、ついに肯いてしまったというのがことの真相ではありませんか。

それを、同じく「いやらしい気持ち」を持っている警察がマスコミにリークし、同じく「いやらしい気持ち」を持っているマスコミが食いついたということではありませんか。



通りすがりのまちで
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悪質なのは、子どもや生徒への影響を計算した上でやっていることです。

これも、わたしが以前から言っていることですが、公務員、とくに教職にある人間の破廉恥罪を大きく報じるのは、モラルと人間関係を破壊し、社会を「いやらしく」することが目的なのだろうということです。


ほとんどの男性が持っている「いやらしい気持ち」を、たまたま抑えられなかったのか魔が差したのか実行に移してしまった人間に、こうまで社会的制裁を加えなければいけないのでしょうか。

一掬の人情もかけられないくらい重い罪にあたるのでしょうか。


面白半分に受け取った報道によって、どれだけの人の人生を狂わせたことでしょう。

家族、親戚、友人関係が破壊されました。

教頭は辱めを墓場まで持っていくことになったのです。

わたしは夫がそういうこと(盗撮)をしたら、あ~あやってしまったかと思うだけですが、(簡単ではないでしょうが)それでもそれまでと同じところで生活はできません。

巨悪は眠ったままなのに、、、



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美濃加茂市長が漸く保釈されました。

取調の刑事から

「こんなハナタレ小僧に投票する美濃加茂市民の気がしれない」とか「白状しないと美濃加茂市を焼野原にするぞ」と言われたそうですが、まったく関係のないわたしでさえ侮辱、屈辱に耐えられない思いがするのに、市長はよく耐えました。

これは民主主義の冒涜、否定であり、美濃加茂市民と市長への重大な侮辱です。

法に触れるというだけでパン一個盗んでも罪になるのに、これほどの基本的人権の否定が行われても何の罪にもなりません。

もう怒りはありません。

ただ、弱々しく、か細い声で「なんでそんな酷いことを言うのですか、、」と呟くのがせいいっぱいです、、



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by michi-no-yuri | 2014-08-29 11:06 | Comments(0)

目は見えていますか、耳は聞こえていますか。

盲導犬が何者かに刺されたというニュースを聞いて、これが軍国主義(戦争)へ移行する兆候の一つだと言えば、なにを大げさなことをと思われるでしょうか。

しかし、辺野古での政府の対応は、まさに暴力の解禁でした。

ナショナリズムは弱者への敵意や憎悪を誘発し、その感情の暴発をなすがままにさせます。

だれも止めることはできません。

これから、障害者が酷い目に合うのかもしれないと思うとこころが萎れます。

ナチスは障害者や同性愛者や国を持たない者を迫害し殺しました。

あることがきっかけになって、ポグロム(集団的迫害行為)がヨーロッパを席捲しました。

暴力の嵐が吹き荒れたのです。

(そのたくさんある写真をみると、身の毛がよだちます。)

人間は簡単にそういうことをするのです。

歴史の教訓なんか一瞬で吹っ飛んでしまうのです。

ほんとうに、いつも耳をそばだててちょっとした変化も見逃さないようにしないといけません。


きょうの「バカ国民帝国日本の滅亡」に書かれていることもそういうことへの警鐘でしょう。



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「ぼんやりしている時間に脳は活発にはたらいている」と、『サイエンスゼロ』で特集。

そういえば、日本人はせかせかしていて、頭を使う習慣がない。

これが日本人の頭が悪くなった最大の理由であろう。

シベリア抑留体験者でもあった会田雄次が、日本人の休暇の過ごし方を嘆いていた。

『なんであんなにスケジュールを詰め込むのか』と…

旅行でも、一日にいくつ回れるかみたいなことばかりに熱心で、目いっぱい詰め込まないと「損」と考えている。それも、かなり”強迫観念”に近い。」

「日本人が忘れっぽいのも、考えもせず、検討も反省もしないで数をこなしているからである。」

「もうとにかく”時間の空白”がダメなのである。考える習慣がないから。

だらだらテレビを見たり、ネットにゲーム…「時間つぶし」とはよく言ったものだ。

外に出ても、パチンコにカラオケ、スナック等々、とにかく頭を使わなくてよいことばかりだ。」


「もっと”ヒマ”をつくりなさい。

のんびり、ぼんやり時間をすごしなさい。

「はたらき者」とか言われて、調子に乗ってるんじゃないよ。担がれているのがわかんねえか?

「時間どおり」が「社会のルール」で「日本の美徳」だなんて信じている…ほら、オマエだよ、オマエ…

オマエが日本をダメにしたんだよ…」




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姉はライフワークで超多忙な生活を送っています。

いつもわたしを下に見て「あんたはヒマだから」と言います。

以前だったら、ヒマを作るためにどれだけ生活から贅肉を削ぎ落していると思っているんだ!と腹を立てていましたが、いまはもう何とも思わなくなりました。

「ハイハイ、わたしはヒマ人です」と言って笑えるくらい、わたしも人間的に成長しましたw

忙しくしていると、考えないという以前に「ものを見る」ということがありません。

これは致命的です。

ものを見る、観察をするということがないから、当然疑問もないわけです。

だから、与えられたものをそのまま信じるしかないのです。

これでは動物的「かん」を取り戻すことなど不可能です。




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by michi-no-yuri | 2014-08-28 10:32 | Comments(0)

トップ良ければすべて良し

広島の土砂災害の惨状は目を覆うばかりです。

あの辺りは、蛇が落ちてくるように水が降ってくるということからむかしは蛇落地悪谷を呼ばれていたそうですが、いつのまにか地名も変えられ言い伝えも途絶えていたようです。

もし、元の地名で地名の由来も知られていたら、だれもあそこに家を建てようとは思わなかったのではないでしょうか。

開発を認可した県や知事に責任はないのでしょうか。


きのう、テレビが被災地に空き巣が出没するというニュースを伝えていましたが、さっそくツイッターでは口にするのもはばかれるような差別用語で犯人を特定する書き込みが氾濫しているようです。

こころが凍りつくようです。

同胞である日本人が心底恐ろしく思えました。

どこに、和を以って尊しの精神がありますか。

どこに、武士道の情けがありますか。



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先日、久しぶりに兄に電話をしたのですが、その変わりように驚くと共に恐怖さえ感じました。

安倍総理への期待感が膨らみ過ぎて平常な精神ではなくなっているようでした。

まさに、ナチス親衛隊です。

世間には、百田尚樹さんや田母神さんに心酔して、気分はすっかりナチス親衛隊になっているような人間がいます。

そういう人間の気分が空気伝染していき、ますます増殖していっているようです。

小沢さんが恐れておられたナショナリズムの台頭がもう目の前で弾けそうです。

弾けたらどうなるか分かりますか。

暴力が肯定される世の中になるのです。

なんでこんなことになってしまったのでしょう!

わたしは山に穴でも掘ってそこに隠れていたいような気持です。



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きのう、テレビが三重高校の凱旋を伝えていましたが、三重高校はあの山中市長の松阪市にあります。

第一線で早々と敗退すると思っていたら、なんと決勝まで勝ち進みました。

人はこれをまぐれ(偶然)だと思うでしょうか。

あるいは、監督や選手の実力や手腕だと思うでしょうか。

わたしは、まったく違う感想を持ちました。

勝因は一重にあの山中市長の存在にあります。

恐らく甲子園に出発する前の壮行会では、市長はひとり一人の手をとって激励したに違いありません。

トップの資質はそれほどの影響力があるということです。

トップ良ければすべて良しなのです。


市長は喜びを雄弁に語っていました。

雄弁家です。

同じ雄弁でも橋下市長とはそのこころが正反対です。

こころから溢れ出る言葉と口先の言葉の違いです。

橋下市長は言葉をより多く他者を攻撃するために使いますが、山中市長はひたすら訴えるための言葉を発しています。

いま、「正気と生気」があるのは山中市長だけではないでしょうか。

日本がこれほど下品で、野蛮で、無知になったのがだれのせいかは言うまでもありません。
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by michi-no-yuri | 2014-08-27 11:52 | Comments(0)

奴隷や家畜にならないために  その二

去年のいつごろだったか、東京でのマンションの売れ行きが好調だということをニュースで取り上げていて、わたしはほんとうだろうかと訝しく思いました。

もし、これがやらせなら、壮大な詐欺商法になります。

何かからくりがあったのでしょうか。

若い夫婦が、オリンピックも視野に、この高層マンションは資産価値があるから購入することに決めたと言っていましたが、わたしは、この期に及んでまだ資産価値を言う神経を疑わずにはいられませんでした。



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ポストさんが連日、若いひとの東京脱出を熱心に口説いておられます。

わたしもまったく同じ感覚です。

いままで、故郷に錦とはいかなくても、せめてちゃんとした会社に入って、結婚くらいはしてと、東京で頑張っている人に、わたしは、もうそんな頑張りはいいのですと言ってあげたくなります。

いまなら、たとえ尾羽打ち枯らした落魄の身であろうとも、もう東京は人の住めるところではない、自分から見切りをつけたんだと言って堂々と故郷に帰ることができるのではありませんか。

自分にもいいし、親孝行にもなるし、日本のためにもいいことです。



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「-都会での負けが決まっている戦いを降りて、安っぽい肩書と精神的余裕を交換して生き直す事である。」

「動くか動かないか決断すべき時がきたのであり、判断先送りという曖昧期間は終わったのである。」(ポスト米英時代より)


そういうことだと思います。

都会ではほとんどの人の負けが決まっているのです。

東京には高価な美しいものが溢れ、遊ぶところもたくさんあり、若いきれいな女の子がたくさんいても、どれひとつ自分のものにはならないのです。

指を咥えて見ているだけです。

それでもいい、雰囲気に浸っていられるだけでもいいということでしょうか。

ポストさんは、そういう若いひとの気持も汲んで、土日には東京に行ける距離として静岡や山梨を勧めておられますが、もうそんな配慮は不要でいいのではありませんか。

とにかく、曖昧期間は終わったのです。

東京で改宗ユダヤの奴隷に甘んじるのか、地方に行って、自分の人生の主人になるかの究極の選択なのです。



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先日、若ものの(とくに20代)移住が増えていることを知りました。

また、山に入って林業で身を立てようとしている若い人も増えてきているそうです。

朗報です。

こんなうれしいことはありません。

どんどん加速していってほしい。

自分のためであり、日本のためです。

日本を立て直す源流になってほしいと、わたしはそこに希望を見ます。

これも小沢さんの言われる「川上作戦」です。

どうか、奴隷や家畜になることを決然と拒否してほしい。

自分の人生を生きてほしい。




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by michi-no-yuri | 2014-08-26 17:32 | Comments(3)

奴隷や家畜にならないために  (二十六日 その一)

「バカ国民帝国日本の滅亡」をとり上げようと思っていたのですが、すでに「徽宗皇帝のブログ」に転載されていました。

それで、「我々はいかにしてユダヤ支配から脱却して、現状のゴイム(家畜)の生活から人間としての生活を取り戻すか、その方策を考えねばならないだろう」

と言っておられことについて考えたことを書いてみます。


アンケートでは、生活が苦しくなったという人が増えているのですが、それは、はたしてお金だけの問題だろうかと思うことがあります。

それ以前の問題として、ユダヤの支配から脱却することなしに貧困がなくなることはないのではないかと思うからです。

こんなことを言えば、反感をかうかもしれませんが、わたしはだんだん生活が楽になってきたように実感しているのです。

わたしが手にする生活費は多分平均以下でしょう。

それなのに、生活が苦しいと思わないのは、したいことやほしいものが年々無くなってきたからです。

もともと海外旅行や温泉にいきたいと思ってことはなく

ブランドものを欲しいと思ったことがないと言えばウソになりますが、手の届かないものを欲しがるのは苦しいだけで、何もみすみす苦しい思いをすることはないので、すっぱり諦めてきました。

また、いつも一人なので見栄を張り合うこともありません。

簡単なことで、欲望に比例して生活は苦しくなるということです。

欲望と執着こそが「苦」だということです。

その「苦」である欲望をわたしたちは植えつけられたのです。

欲望は幸福につながるのだと洗脳されたのです。



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ところが、最近この法則に当てはまらない現実が大きな比率を占めてきました。

絶対的な貧困です。

これこそが、ユダヤ支配が、仮面を脱ぎ捨ててキバを剥いて襲いかかってきた現実なのです。

いままでは、アメとムチでいい思いもさせられてきたのですが、これからはムチだけになります。

そのムチを揮っているのが竹中平蔵という売国奴の大悪党です。


先日来、ポストさんが口を酸っぱくして、若者に西への移住を説いておられます。

痒いところにも手が届くような懇切丁寧さで、移住の必要性と「利」を説いておられます。

イチバンの理由はもちろん放射能からの逃避ですが、そこにあるそれ以上に大きな未来を見据えての提言を見落としてはいけません。

ずばり、ユダヤ支配からの脱却です。


つづきます。



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by michi-no-yuri | 2014-08-26 10:43 | Comments(0)

雪崩れを打つように

防衛省が、軍事技術の開発を大学と連携して行うための基金制度を創設する方針だという。

いままで、国民との接点がほとんどなかった防衛省が、これからは堂々と顔を見せてくれることになるのでしょう。

自衛隊は暴力装置だと言って物議をかもした官房長官がいましたが、暴力装置であることに間違いはありません。

その暴力を早速国民に向けてきたと思わせたのが、海保職員が辺野古の反対派市民の首を圧迫して頚椎骨折をさせた事件です。

これからは容赦しないという国家権力の意思なのでしょう。


雪崩れを打つようにというか、急坂を転がるようにというか、この急激な戦時体制への動きを感じている人はどれくらいいるでしょうか。

大学は戦時翼賛体制に抵抗することもなく唯々諾々と従うのでしょうね。

いままで、平和と水は只だと思ってきて、戦争?どこの話だ、いつの話だという感じできていたところに、突然、戦争が眼前に迫ってきてもピンとこないでしょう。

為政者は国民がまだ平和ボケしている内にできるだけ早く事をすすめようという魂胆なのかもしれません。

大学から始まって、中学生くらいから、戦前の歴史教育と軍事教練が復活しそうです。



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ロシアが食糧などの支援物資を運ぶためにウクライナに入ったことに、ポロシェンコ大統領が国際法違反ではないかと抗議しています。

国際法なんてあったんだ!

アメリカのヘーゲル国防長官がシリアへの空爆を示唆しましたが、アメリカがどこの国へも飛んで行って爆弾を落とすのは国際法に違反しないのですね。

アメリカはこれから空爆を激化させるのではないでしょうか。

しかし、地上軍は派遣しません。

それは、日本の自衛隊がやることになっている!?



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by michi-no-yuri | 2014-08-24 09:14 | Comments(2)

「アジア人どうし戦わず」 副島隆彦

きのうの続き

「よき日本」が失われた現在の日本を、それでも中国人は賞賛し、見習おうとしているのに、日本は中国の悪いところばかり言い立てていることに、わたしは「負けた」と思ったのです。

もちろん、中国にも反日、嫌日の人はたくさんいるのですが、決定的に違うのが、そこに差別感情や蔑視が感じられないことです。


若い人は、日本が中国の奥深くまで行って戦争したことを知っているのでしょうか。

いつだったか、この橋もこの病院も日本のお金で作られたことを中国政府が国民に知らせないのは許せない、恩知らずだと言っていた人がいて、そのときはわたしも「そうなんだ」と思っていたのです。

戦後補償やODAのことはよく知らないのですが、そういう上から目線の言い方が、いまはぞっとします。


日中国交が回復してからは、とってつけたような日中友好が進み、両国にたくさんの姉妹都市が生まれましたが、いまはどうなっているのでしょう。

石原慎太郎がアメリカで尖閣問題をぶち上げたのが合図になったかのように、あっという間に最悪の関係になりました。

なんでも、あっという間なのです。



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副島さんが、アジア人同士はゼッタイ戦争してはならない。しかし、

「もし、中国が、日本に攻めてきて日本を占領する、というのであれば、日本国の領土、領空、領海の中で、日本人は戦うべきです。

その前に、戦争にならないで済むように、戦争の芽を摘み取ることに集中するべきです。」


と言っておられることにわたしは全的に賛成です。(この点に関してはということです。)

こういうことが分からない人が多すぎます。

中国と仲良くしようといえば、売国奴のレッテルが貼られるようなご時世です。

戦争にならないような努力は何一つなされてはいないばかりか、戦争の準備に邁進、驀進中です。

(辺野古はあまりにも無残で言葉になりません。)



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鈴木善幸元総理は訪中した際、

「日本の子ども(残留孤児)を今まで大切に育ててくださったことに感謝します」と言われました。

いまでも胸が熱くなります。

もし、鈴木元総理がいまも総理なら、フクシマの子どもをどうされたでしょうか。

以前の総理には日本や日本人や日本の子どもへの愛があったように思います。

いつの首相からかそれが感じられなくなりました。

国民への愛、貧しきもの、弱きものへの愛を持っていた首相は鳩山元総理が最後になりました。

安倍総理には微塵も感じられないことです。


(たとえ、外交辞令だとしても)以前は、国と国との間には感謝したり、賞賛したりする関係があったのです。

いま、そんなものはどこにもありません。

そんなものがあったことさえ忘れています。

感謝や賞賛を忘れた社会とは、いま、イスラム諸国で繰り広げられているような野蛮で残忍な世界になるということではありませんか。



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by michi-no-yuri | 2014-08-23 11:21 | Comments(0)

日本が中国に負けていること

ある在日中国人が、自分の目で見た日本とメディアを介して見た日本はまったく別世界だったと、次のように書いています。


「私たちの日本に対する印象は、政府のプロパガンダや学校教育で植えつけられたものではなく、
毎日、笑顔であいさつしてくれる隣人や、クラクションを鳴らさずに歩行者に道を譲るドライバー、親切に対応してくれる役所の人、至る所で見られる美しい自然、良好な社会治安など、日常のなかにあるのです。」

「日本人がもし邪悪な人間であれば、このような調和のとれた社会を生み出すことは不可能だ。」

「私は日本が好きだ。中国が将来、日本のようになればと思っているし、中国の子どもたちのように、恨みやスモッグのない美しい環境で、自由に健康に成長してほしいと心から願っている。」



これ以外にも、中国人が日本のマナーの良さや過剰ともいえる親切に驚嘆したというコメントはよく見かけます。

日本人はこういうのを読んでなにを感じるでしょう。

優越感ですか。

そうではないと思います。

嬉しさ以上の感動をおぼえませんか。

わたしは、勝ち負けで言うのではありませんが、「負けたな」と思いました。

これほど真剣に虚心に日本から学ぼうとする中国人青年にたいして、わたしは敗北感を覚えたのです。

いうなれば、爽やかな敗北感です。




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褒めることと褒められることを、愛することと愛されることの関係に置き換えると、よく分かるのではありませんか。

わたしたちは愛されることより愛することに価値があることを知っています。

だから、賞賛されるより賞賛するほうが価値があるということです。

徳が高いということです。

賞賛できる人、謝罪できる人は徳の高い人なのです。

それができない人は、人を愛することも愛したこともない人です。


亀井静香さんが、従軍慰安婦のことで日本は謝罪すべきと言われたとき、わたしはまだその真意が分かりませんでした。

しかし、いまは理解しています。

日本人は徳を示せということです。

日本のためなのです。




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by michi-no-yuri | 2014-08-22 13:41 | Comments(0)

国家の「徳」とは?

曽野綾子さんがコラムで、「他国批判の前に身近な努力を」と題し努力目標の三点を挙げておられます。

そのどれもが至極真っ当なことで、批判も反対もありませんが、なにかおかしい、なにか忘れておられませんかという疑問がどうしても頭をもたげてきます。

努力すべきは国民なのですか。

いつだって、曽野さんは体制側から国民を批判されますね。

桜井よし子さんなどは、はっきりと総理を評価しておられますが、曽野さんはどうですか。

総理を支持しておられるのなら、はっきりそう言ってください。


冒頭、ノンフィクションを手掛けた体験から「すべての事象は徹底的に事実を追うべきだ」と書いておられますが、それにしては過日のフクイチの記事はお粗末でしたね。

おそらく、政府か東電に頼まれて書かれたのでしょうが、曽野さんが括目されたフクイチの整然とした静けさは、後日、作業員のひとりが他の作業員との会話はタブーだと言っていたことからも分かるように話などできないのです。

ただ、黙々と作業するだけなのです。

会話がないということは、信頼も生まれないということで、それで作業の安全が保てるのだろうかと不安になります。



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三点の第一は、日本人が道徳的武装をすることだそうですが、それって総理に言ってくださいよ。

総理の広島でのコピペの件も、曽野さんはその責任を一人の役人の怠慢にしておられますが、広島だけならそれも通るでしょうが、長崎はどう説明されますか。

広島で噴出した指摘や批判は耳に入らなかったのでしょうか。

わたしはなどは、もう国民の批判などにイチイチ耳を貸さないという総理と周辺の人間の意思、つまり、国民を敵にまわすことも辞さないという宣言にもとれるように感じましたけど、、



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第二は、他者を批判する暇に、日本はもっと学問や技術を習得し、分厚な文化と強靭な国家をつくるべきだと言っておられますが、実際、総理は強靭な国家をつくろうとしているではありませんか。

大学を職業訓練校に移行させて、戦争に必要な学問、技術、それに強靭な人間を作ろうとしているのではありませんか。


第三は、国家にも徳の力が要る。

道義のない国家は相手にされないのだと言っておられます。

それをこそ総理に言ってほしい。

トップに徳の力がないと、下のものはみんな責任もとらず好き勝手なことをします。

去年のコピペを総理に渡してもなんとも思わないような人間が出てくるのです。

すべてはトップの問題なのです。

曽野さん、そういうことがもっとも国家の道義を損ねているとは思われませんか。



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by michi-no-yuri | 2014-08-20 15:44 | Comments(0)