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谷間の百合

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「地方創生」のときがきました。

差別や偏見がないと言えばウソになりますが、しかし、そういう感情は自分の魂を汚すものだということを思えば、なんとしてもそういう感情をこころから排除しようと思います。

悪い感情を持っているのは居心地がよくないからです。

とにかく、居心地の良くないことは、いつも自由なこころでいたいと思っているわたしには最大の障害になります。


衣の下の鎧ではありませんが、ときどき正論にみせてそういう感情をちらつかせる人がいますが、それなら、堂々と差別を口にする人の方がましかもしれません。

わたしが「ポスト米英時代」の記事を愛読するのは、憎悪や差別や偏見をサボリーマン、キャバクラ、おっぱいなどという言葉に変換してあとに何も残らず爽やかだからです。

わたしたちのように、政権や支配層への怒りや恨みを延々と吐き続けるのではなく「アホである」の一言で締めくくられてしまうのですから爽快というしかありません。

「アホである」が正解なのだと思います。



 大宇陀松山城下
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以下に転載するポストさんの記事は、わたしが言いたいことでした。

総理も急に「地方創生」を言いだしましたから、機は熟したということかもしれません。

鳥取、島根には縁があってよく行きましたがほんとうにいいところです。

いまなら住いも仕事も世話をしてくれるということですから早い者勝ちです。

安倍総理が急に言い出したことには何かウラがありそうですが、もうそんなことを言っている場合ではありません。

総理がどんなイメージを持っているのかは分かりませんが、

その町に、若い人の姿があり、あちこちで子どもの声がし、ときどきは赤ちゃんの泣き声がするのが「地方創生」です。

東京なんかでドレイするよりどれだけ幸せなことでしょう。




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「ポスト米英時代」より

「さとり世代には、元リゾート地へのグループ移住がお勧めである、彼らはリゾートインフラを生活用に活用できるからである。」


放射能の件は脇に置き彼らが東京にいるメリットは同じ若者が一杯いるというだけで経済的には最悪である。


祖父世代の高卒が金の卵と持て囃された時代はとっくに終わり彼らの介護をする為に東京に残るような感じで無意味である。


一方過疎は更にエスカレートしてそこへ行けとは言えないが二度とリゾート地にならない親世代がキャンプファイヤーをして彼女を口説けると勘違いして賑わったような元観光地はお勧めである。


勿論あの賑わいをもう一度という意味ではなく都会生活に慣れたさとり世代がかろうじて入植してみようと考えられる場所と

いう意味で以前は絶対賃貸物件が無かったエリアも別荘が投げ売りされそれでも彼らには手が届かないがかつて賑わったエリア

の隣町で当時からちょっとリゾート気分が薄れてしまうダサかった地域が狙い目でタダみたいな賃料で借りられるようになって

きたというか小泉あたりからただの田舎にされた地域の連中ももう二度とリゾート地にならないと観念し当然その隣町がただの

田舎になった事をさとり別荘の値崩れを防ぐ為に賃貸をしなかった地域の物件が蔵出しされてきたという訳だが少子化なのだから
当然である。


地元の人間は団塊世代の定年と移住に期待を寄せていたが見事に期待を裏切られさとり世代に期待しようとしても家も買えない

車も買えない彼女に結婚しようと言えない当然旅行などとんでもないという感覚の彼らにお金を落としてもらう事など絶対に

不可能だからかなり長い間幻想を抱いて粘ったがようやくただのくそ田舎に戻ったと気付いたという訳だが皮算用を捨てれば

若者を誘致できる事にほんの一握りだが気付き始めて投げ売りを逆手に町おこしを始めたところである。

昔も今も若者はワイワイできる仲間がいればそこが都会であろうと田舎であろうと構わない訳だが私の世代位までは上の世代の

団体行動へのアンチテーゼで個人行動を目指していたか時代だから集団移住など望むべくもなかったし東京が快適だったから

その必要もなかった訳だが生活の基盤ができていないで年功序列も崩れいつまで経っても大して給料が上がらない時代に入って

東京で暮らすのはごく一握りの大卒の一部を除いて馬鹿馬鹿しくもっと生活し易い場所を選ばないと末はホームレスである。


もっと具体的に言えば親の実家の近くの元リゾート地あたりがお勧めでそのインフラの残骸と親の脛を半分かじれる味噌汁を

タダで飲ませてもらえるあたりが理想的である。


そこに一人で行くのは嫌だろうが今一緒に遊んでいる仲間と一緒に行くのであれば都会のネオンがない寂しさより家賃が劇的に

下がる生活の方が今より数段ましである。


それと本格的に移住を募集し始めた山陰・九州あたりもやはり集団で移住すれば悪い話ではなく東京で食う為というより家賃を

払う為に生活しているみたいな本末転倒の生活を見つめ直すべきである。


もはや課長島耕作や釣り馬鹿伝助みたいな生活など自分をエリートと勘違いしている連中すらも夢みる事ができない状況で高級な

うさぎ小屋で暮らすか独房みたいなワンルームで暮らすかの違いぐらいしかなくどっちも寝に帰るだけの馬鹿みたいな生活だが

田舎暮らしには時間貧乏と馬鹿高い家賃からの解放という一番大事なものがあり刺激がどうのとか華やかさがどうのとか生活が

成り立ってから考えるべき事を優先していては取り返しのつかない未来が待っている事に気がつくべきである。


私も若い時に会社を辞めて八丈島に移住しようと本気で考えた事があり通算一ヶ月くらい滞在し踏ん切りをつける二歩手前ぐらい

までいったがやはり携帯もインターネッツもコンビニもない時代で当時の生活を捨てる事ができなかったがそれさえあれば間違い

なく踏み切れていたが今のさとり世代にはそれがあり群れる習性もあり何より捨てても全然惜しくない生活環境なのだから東京に

幻想を抱くのはもうやめるべきである。


不動産屋とオーナーを儲けさせる為に生きているような生活は本当に馬鹿馬鹿しいし自分達のさとり王国を築くぐらいの夢を持って

チャレンジすべきである。





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by michi-no-yuri | 2014-07-31 11:33 | Comments(0)

日本がしてはいけないこと。

コロンビアの空港に降り立った総理ご一行は外聞を取り繕う余裕もないくらい疲労困憊している様子でした。

伊豆の海を漂流した青年ではありませんが、

安倍晋三、56歳、日本国総理、只今元気に到着しました

と言って、タラップを降り切ったところでパタッと倒れ込むのではないかと思ったほどでした。

ちょっと同情しました。

しかし、まだブラジルとアルゼンチンに行かなければなりません。

外交は、一回行ったくらいでいい結果が得られるものでもありますまいに。




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アメリカや中国の富裕層をターゲットに和牛が輸出されているのは知っていましたが、次は「カタール」くんだりまで販路を広げるようです。

わたしは、なにが良いとか悪いとかハッキリ断言できることはあまりないのですが、これだけは言えます。

日本はそういうことはしてはいけないのです。

形こそ牛や馬であっても、この日本に生まれ、日本の風土に育まれた「いのち」を外国の金持ちの舌を喜ばすために殺して輸出することはゼッタイに悪いことです。

日本はそういうことをしてはいけません。

畜産農家はそういうことをしてはいけません。

畜産農家だって、むかしは田畑を耕作するのに牛や馬の助けを必要としたのではありませんか。

家族同様というか、ある意味では子ども以上に大切な家族だったのではありませんか。




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お釈迦さんは、生きものを殺したり苦しめてはいけないと説かれています。

これは単なる生類憐みの情だけで言われていることではありません。

形が違うだけで意識は同じだということです。

生きとし生けるものは輪廻転生します。

人間は人間にしか転生しないということはありません。

なぜならみんな同じいのちだからです。


こんなことは仏教をひもとくまでもありません。

身近な生きものを観察すれば分かることです。

みんなみんな忙しくて、人のことや他の生きもののことを思ったり観察するゆとりを持てなくなったことで、急速に人間のこころが失われていったように思います。

忙しいのはよくないことだと思います。

思いやりや優しい気持ちを持てなくなるからです。




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また、観光客が1000万人の大台を達成し、次は2000万人を目標に観光事業に力を注ぐということです。

日本はいつからそんな卑しい国になったのかと思います。

日本はもう「創造」や「勤勉」を放棄したのでしょうか。

先人の遺産で食べていこうと決めたのでしょうか。

お金を落としにきてくださいというのを乞食根性というのです。

京都や奈良は常時外国人観光客で溢れています。

同じ黄色い顔でも、空気でその違いは分かります。

つくづく、「日本の日常」が失われつつあることを感じます。

観光客を喜ばせるために、日本人はお金を貰って日本の風習や日常を演技しているのではないかと錯覚することさえあります。




      夏バテで死にそうになっているにわとりさん
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by michi-no-yuri | 2014-07-30 14:54 | Comments(3)

わたしは曽野綾子さんがコワい。

サンケイの連載コラム「小さな親切 大きなお世話」で曽野綾子さんは「自衛隊の『本来の責務』」と題して、「軍というものはイザという時には人を殺すことも自分が死ぬことも前提に入れている人が就く仕事だ」と言っておられます。
その前提に異議はありませんが、問題は「いざという時」を集団的自衛権行使に適用しておられることです。
日本にとって「いざという時」は一つしかありません。
日本の領土を他国に攻め込まれたときだけです。
また、曽野さんはイラクでは実際に戦闘したわけでもないのに帰国後に多数の自殺者を出したことを
「厳しいイラクの生活にたった6ヶ月でも耐えられなかった惰弱な若者が増えたということだ」と言っておられるのですが、そういうことは事実の検証もないままに軽々しく言うべきではありません。


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「人が生に激しく執着するのは当然のことだ。
しかし、矛盾するようだが、人は時に命に代えても守り抜くと思うことがある。
動物とは違う人間の魂の証しだ。」


曽野さん、あなたは集団的自衛権の本質を隠蔽する政府のスポークスマンになったのですか。
なにを言っておられるのですか。
自衛隊員になったのは日本を守るためであって、他国のために地球の裏側までいって関係のない人を殺すためではありません。
あなたは、自衛隊は命に代えても他国の傭兵になって他国を守れということをいろいろと美しい言葉を操って読者を洗脳しようとしていますね。
ごまかすな! なにが人間の魂だ! とわたしは言いたくなります。
「魂」とか「人間の証し」と言えば人のこころを騙せるとでも思っているのですか。
まるで、精神論を垂れて戦意を鼓舞した戦前の軍国主義者みたいですね。
わたしがもっとも問題だと思っているのは、アメリカがいままでどんな戦争をしてきたかということです。
そこに大義のカケラでもありましたか。

帰還兵は自分たちこそテロリストだったと言ったのです。
ということはアメリカはテロ国家だということです。


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アフリカの魂(またしても魂!)の自由のために宣教に赴いたフランスの若い神父が土地の部族によってたくさん殺されたそうです。
かれらは宣誓書に「殉教を覚悟して」という三文字を記して故郷を後にしたそうですが、
わたしはもうそういうことを素直に信じられなくなっているのです。
フランスが北アフリカでしたことをわたしは知っています。
酷いことをしました。
それとも、宣教師たちは為政者の意に背き反逆してアフリカのために戦ったのでしょうか。
まさか、魂の自由を説きながら、その片方で搾取や餓死に手を貸していたということはないのでしょうね。


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「食(水)こそ安全保障の要」を書いた後、インドネシアは宗主国のオランダによって米を作ることを禁じられ、オランダが必要とするものだけを(ゴムなど)つくらされたせいでたくさんの餓死者が出たということを思い出しました。
日本の減反政策や自給率を低く押さえられているのもそういう文脈なのですね。
日本人、とくに子どもがお米を食べなくなりパンを好むようになったのもそういうことで、すべてが一つの文脈でつながります。
日本は半植民地なのです。
曽野さん、あなたは恐ろしい人です。
聖職者にありがちな無慈悲で冷血な体質を共有しておられるのでしょうか。
曽野さんは、自衛隊員の宣誓文を読まれたそうです。
こう叱咤しておられる声が聞こえてきそうです。
「事に臨んでは危機を顧みず、身をもって責務の完遂に努める」と書かれているではないか。
なにをためらうことがある! と。


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by michi-no-yuri | 2014-07-28 14:32 | Comments(7)

再論 「泣く子と地頭には勝てない」

きのうの「泣く子と地頭には勝てない」という記事に反発を持たれるのは分かっていました。

韓国に謝罪なんて死んでも嫌だと思う人は多いと思います。

わたしも実はそうです。

しかし、だからこそ大人の対応をしたいと思うのです。

わたしが言いたかったのは、これは日本と韓国の問題ではない、ジャパンバッシングだということです。

それが木ではなく「森を見る」ということです。


出る杭を打つのはなにも日本の専売特許ではありません。

「かれら」
(NWO、ユダ金、ビルダーバーグ、イルミ、CIA、ロックフェラー、アメリカ、など言い方はそれぞれですが、総称して「かれら」と言うことにします。)

「かれら」は出る杭を許しません。叩きます。

ひそかに戦前回帰を目論む日本の総理を「かれら」は許しません。

それへの警戒感、嫌悪感は相当なものだと、わたしですら感じるのです。


「かれら」はぞっとするほど非情で冷酷です。意地悪です。

従軍慰安婦問題は「かれら」が日本を叩きたいときに持ち出してくる便利なツールなのです。

韓国のロビー活動もさることながら、韓国をそそのかし、たきつけているのが「かれら」です。

「泣く子と地頭には勝てない」ということを唇を噛みしめながらよく考えてほしいと思います。

勝てると思いますか。

泣きわめく子と世界の支配者を相手に勝てると思いますか。


「かれら」に「従軍慰安婦」という餌を投げ与えられて同じような黄色い猿が歯をむき出して罵り合い憎み合っているのを「かれら」は高見から笑いながら面白がって見ているのです。

こんなことに堪えられますか。

わたしは「かれら」を愉しませるために猿芝居を演じさせられるのはマッピラです。

日本がいくら調査をして、これが事実だと言ったところで、まともに取り上げられるとはゼッタイありません。

「かれら」にとって事実や正論なんかどうでもいいのです。

バッシングが目的だからです。




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「気ままな人」さまが怒りを向けるのはわたしではなく、自民党とそのご主人です。

ご主人はアメリカとは限りません。

半島系の人間かもしれません。

民主党は在日政党といわれていましたが、実際の在日政党は自民党です。

自民党の政治家は統一教会からお金をもらいどれだけ売国してきたか分かりません。

右翼やネトウヨが怒りを向けるべきは安倍総理とその系譜なのに、どこでどう間違ったのか熱烈に支持しています。

かれらネトウヨのヘイトスピーチやデモは取締りの対象にならないのでしょうか。

ほんとうに日本人が主導しているのですか。

どこかで、ほくそ笑みながら眺めている人間がいそうです。

「日本の恥」も極まったという感じです。

わたしは人のことをクズと言ったことないのですが、これにだけは言いたくなります。


泣きわめく子に対してどう対応すればいいかを日本人が大人ならばよく考えてほしいと思います。

日本は宗主国だったのです。

そのことに矜持と責任を持ってほしいのです。




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by michi-no-yuri | 2014-07-27 10:53 | Comments(2)

泣く子と地頭には勝てない。

従軍慰安婦のことは言えば言うほど泥沼に引きずり込まれます。

なぜなら、それはジャパンバッシングだからです。

日本と韓国の問題ではないからです。

中國を叩きたいときはいつでも食品管理の問題を持ち出してくるように、日本を叩きたいときは従軍慰安婦なのです。

とくに、いまは安倍叩きです。

歴代の首相は中国、韓国に謝罪を繰り返してきました。

小泉元総理に至っては慰安婦個人に宛てて謝罪の手紙を送っています。

かれらはそうしないと世界からバッシングを受けることを知っていたのだろうと思いますが、安倍総理にはそれが分かりません。


人びとは知っているはずです。

世間は正しいことが正しいと通用する世界でないことを。

理不尽、不条理にその都度悔し涙を流しながらも、人間世界はそういうものだと諦観しているのではありませんか。

なぜ、慰安婦問題だけがそうならないのでしょうか。

しかし、わたしは日本を擁護しているのではありません。


亀井静香さんが謝罪すべきだと言われたのは、それがジャパンバッシングだと分かっておられるからでしょう。

世界は日本を苛めたいのです。

だから何を言っても無駄です。

いじめっ子には勝てないのです。

イジメから逃れるにはそこから離れるしかありません。


「泣く子と地頭には勝てない」 という諺があります。

泣く子=韓国  地頭=権力者(アメリカ)だと思えばよく分かるのです。




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謝罪することが宗主国だった日本の矜持であり義務ではないでしょうか。

なんで矜持を持てないのでしょう。

どこでもやっていること(その通り)だとか、彼女らは高級とりだったとか、そんなことプライドのある人間の言うことでしょうか。

慰安所の設置、募集を許可したのは軍であり、ただ募集に直接関与していないというだけのことではありませんか。

下は2等兵から上は大将まで利用(利用しない人もいた?)していて軍の関与はなかったとするのは当事者ならちょっと恥ずかしくて言えないのではないでしょうか。

男らしくないのではありませんか。

堂々と謝罪して、それでこそ日本だと思わせてほしい。

向こうがこの先千年言い続けてくるなら、日本も千年謝罪すればいいのだと思います。

アメリカやヨーロッパの国々がこれまでしてきたことを思うと、なんで日本だけがと思いますが、いまのところ正義も力も向こうにあるのですから、唇を噛んで耐えるしかありません。


岩井俊三さんが言われるように
同じ黄色い猿がお互いに憎しみ合っているさまを、白人たちは軽蔑し笑っているだろうということです。

日本は降りましょう。

白人たちを面白がらせるのは止めましょう。




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by michi-no-yuri | 2014-07-26 10:50 | Comments(1)

食が安全保障の要  (二十五日 その二)

安全保障にとって同盟国だとか軍備とかは余り重要な問題ではありません。

もうほんとは兵器なんか不要になっているのに、軍需産業を儲けさせるために使わせられているのではありませんか。

情報や食(水)が安全保障の要なのに、だれも口を噤んでいます。

情報戦は大きく遅れをとり、食糧も他国任せで、集団的自衛権は抑止力だとか、国民の生命を守るとか言っているのがほんとうにバカらしくなります。

日本は有り余る自給能力をもちながら、ポストさん流に言えば、政治的な需給調整詐欺によって低く押さえられています。

アメリカは自給率130% フランスは120% ドイツ93%となっています。

いまだに西欧列強に頭を押さえられて、属国の悲哀を味わされているのです。

わたしも休耕田をみるたびに属国の悲哀を噛みしめています。

酷いはなしです。

自分たちだけが万全の安全保障体制を敷いているのです。

考えてもみてください。

食べるものがなくてなにができますか。

食を他国に頼っているということは、日本の生殺与奪の権を他国が握っているということです。

政治家はなにも言いません。

無知なのかご主人を恐れてのことかは分かりません。

さらに、TPPで日本の農業は良かれ悪しかれその歴史、文化を終えることになります。


中國の食材管理の問題もいうまでもなくコスト至上主義の必然の帰結です。

日本人が口にするものくらい日本でつくってほしいです。



チキンナゲットは「得体のしれないもの」に思えてわたしは食べたことがありません。

マクドナルドのハンバーガーもむかし食べておいしくなかったのでそれっきりです。

3.11以降は魚も加工品も食べなくなりました。

写真のひじきは以前大量に買っていたものです。




       きょうの昼食  オートミールとひじき
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by michi-no-yuri | 2014-07-25 18:31 | Comments(2)

ダチョウ倶楽部の可笑しくも哀しいギャグ  (二十五日 その一)

きのう、ちょっと大げさですが耳を疑うようなニュースを聞きました。

マレーシア機墜落の真相究明のために国際的な調査団を派遣するということになっていましたが、それでは安全が保障されないからと関係各国が軍隊の派遣を検討しているというニュースです。

まず、オーストラリアとオランダがそれを表明しました。


わたしには分からないのですが、こういうことは許されるのですか。

わたしには宣戦布告のように聞こえ不安が胸いっぱい広がるのを感じました。

まるで、反ロシア陣営の待ってましたとばかりの予定調和ではありませんか。


オランダは犠牲者が空港に還ってくるのを国王夫妻や首相が出迎えました。

わたしは、アメリカの戦死者を空港で迎えるときの儀式の映像をなんども見ましたが、それと同じように見えました。

棺を担いでいた8人は兵士だったのでしょうか。

オランダでは、航空機事故の犠牲者に対しても、国のために命を捧げた兵士と同等の扱いになっているのでしょうか。

そんなことを考えていると、ふともうこれは戦争なんだと思いました。

犠牲者を戦死者に見立てることで、国民を洗脳しているのではないかと思えてきたのです。

(事故についてはいろいろ疑問や不審点があげられていますが、ここでは触れません。)




奈良ホテル
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いまのところ軍の派遣を表明しているのは二国ですが、次々と他の国も参加を表明するのでしょう。

日本も!!

すでにアメリカは、事故について「日本は旗幟を鮮明にせよ」と迫っているのです。

いくら同盟国とはいえ、そんなことは言われたくありません。


さっきからダチョウ倶楽部のギャグが彷彿としています。

わたしがやります と何人かがハイハイと手を上げているときに、最後に日本がハイと手をあげたら、どうぞどうぞと前面に押し出されるという可笑しくも哀しいギャグです。

日本はほんとうに難しい局面を迎えています。


このところ政治家のアメリカ詣でがさかんですね。

きのう、浅尾慶一郎さんが現地で、プーチン大統領の秋に予定されている訪日は好ましくないと言っていました。

この人、むかしから「腹にイチモツ」ある人という印象でした。

浅尾さん、アメリカに言わされたのですね。



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by michi-no-yuri | 2014-07-25 09:41 | Comments(0)

総理の顔

報ステの古館一郎さんが降板させられるらしい。

官邸からの圧力や局の自己検閲などに抵抗しながらやっとフクシマの子どもの甲状腺がんを伝えた唯一の番組でした。

過日、テレビ朝日の社長は総理に呼ばれて会食したということですから、そこで総理から「降ろせ」という指示があったのではないかと勘繰りました。


九電の関係者との宴会の席で、川内原発再稼働を「なんとかしますよ」と言った総理は権力の美酒に酔っているとしか思えないほどの迷走ぶりというかハダカの王様ぶりです。

権力の恐ろしさを知らないわけではないでしょう。

むしろ、いずれ権力が自分にキバを剥いて襲いかかってくるという不安があるから、いっときも安閑としていられずにあちこち出掛けていくのかもしれません。


きのうテレビを見ていたら中国での食材管理の問題を議論していました。

中国には言論の自由がなく、国民はマスコミのことを「政府の舌」と言っているとコメンテーターが得々と喋っていました。

「政府の舌」とは政府の広報だという意味です。

それに引き替え自分たちは自由に発言していると錯覚しているのです。

というか、まったく問題意識がないのです。

同じメディアの人間である古館さんが、さるぐつわをハメラレテいたようだった、なにも言えなかった、ウソばかりだったと言っているのに、自分たちは何も感じてこなかったバカでしたと告白しているようなものです。




ならまち
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きょうのサンケイの「正論」は、平川祐弘さんの「今も『民は由らしむべし』の中国」というものでしたが、わたしは中味を読んで、このタイトルは編集者が恣意的につけたものではないかと思いました。

サンケイとしてはどうしてもそう思わせたかったのでしょうね。

平川さん(好きではありません)もそうですが、縁あって中国と関わりを持った人で中国を悪く言う人はあまりいないのではないでしょうか。

個人的なことですが、以前わたしは中国への偏見を「がけっぷち社長」にたしなめられて深く恥じ入ったことがありました。

それがわたしの、中国だけではなく、あらゆることに偏見を持たなくなるきっかけになったのです。

内省的なこころさえ失わなければ人間って簡単に変われるものなんだと思いました。

もう一人、わたしを変えたのが今は無い「チラシの裏」というブログでしたが、それについては別の機会に書きたいと思います。


ちなみに、「民は知らしむべからず、由らしむべし」のほんとうの意味は、人びとを頼らせるのは簡単だが、理解させるのは難しいということで、一般的に解釈されている、知らせる必要はない、従わせるだけでいいというのは誤読だということです。

しかし、どう考えても誤読のほうが合っているように思えます。

安倍総理のしていることは、まさに知らせる必要はないどころか、嘘と隠蔽で国民を従わせようとしています。

オモテは嘘で取り繕い、ウラでは薄汚い工作に明け暮れる総理の顔が最近とみに悪くなってきたように思います。

こころが悪いと、顔が影のようになるのです。

(それとも健康上のことかもしれません。)
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by michi-no-yuri | 2014-07-24 11:54 | Comments(6)

崖っぷちの日本。

アメリカが日本に、マレーシア航空機事故について「しっかりした発言を期待している」と言いました。

いうまでもなく、期待や要請は指示であり命令です。

ここにきて、アメリカの態度が強圧的、露骨になってきたのは、一重に安倍総理への不信感、不快感によるものです。

どんなにご機嫌をとっても、アメリカは総理が秘めている「大日本帝国」の復活を見抜いていて、それへの怒りを抑えられなくなってきているようです。

総理が総理の座にある限り、アメリカの日本への圧力は強まる一方で、それによって、漸く、国民の目にもアメリカの本性がみえるようになるのではないでしょうか。

その結果、国民はアメリカに憤怒を向けるようになり先祖がえりをするという危険極まりないシナリオも見えてきます。

(まさか、これが総理の意図した戦略ではないでしょうね。)

さきほどニュースで、ケリー長官が明日予定されていた岸田外相との会談をキャンセルしたと言っていました。

日本は完全隷属か孤立化かの岐路に立たされているようです。




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拉致も暗礁に乗り上げました。

六か国協議が無理ならアメリカにだけでも話を通せと言っています。

勝手に行動することは許さないと言っているのです。

アメリカは北の核ミサイルを本気で心配しているということですが、それってほんとうなのでしょうか。

わたしにはどうもそう思えないのです。

要するに、支配のツールを手放したくないということではありませんか。

属国は属国の分際を知れと。




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MANPYOさんが日本には戦争の理念がないと言ったことで、わたしは自問自答してきました。

そして、答えとしてでてきたのが、最初に思った「世界戦略」でした。

世界統一がかれらの理念ではありませんか。

そのために、きょうもガザでは無辜のいたいかな子どもが殺されているのです。

イラク、アフガン、シリア、リビア(古くはベトナム)そして、ウクライナでかれらは自分たちの理念を実行してきたのです。

しかし、かれらのウソも急速にほころび始めているようです。

「悪いことはできない」という真理をかれらは知らないのでしょうか。

東海アマさんが力説されるように、為したことは還ってくるのです。

これは法則ですから万に一つの例外もありません。

(アマさんは言われませんが、これは輪廻転生とセットでなければ成立しません。)


石破さんが友だち(アメリカ)が殴られているときに黙って見ているのかと言っているそうですが、友だちではなくご主人と言ってください。

身を挺してご主人を守らなければならないと言っているのです。

奴隷根性をしっかり持てと奴隷頭の石破さんがお説教しているのです。




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岩下俊三さんのブログでライス元国務長官とビンラーディンのツーショット写真を見ました。

いつも思うのが、かれらのやることの「杜撰さ」です。

つまり、要は「ヤル」ことだけが目的だということでしょう。

後は力で抑え付けるだけのことだからです

わたしたちもその身近な例をフクシマでみています。


かれらの理念とは「征服欲」のこと?

だって、アメリカの戦争のどこに「理」がありますか。

日本の八紘一宇を軽んじたいのは、そこに、すくなくとも「正義」があったからではありませんか。

それが気に食わないのでしょう?
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by michi-no-yuri | 2014-07-23 11:03 | Comments(2)

柔らかく揺れるこころこそ

先日、ふと思い立って友だちに電話しました。

友だちといっても、あるところで出会って以降会ったのは五回くらいでまともに話をしたのは一回だけという関係ですが、それでもわたしには後にも先にもたった一人の友だちなのです。

その後、わたしは引っ越しをし、彼女も母親の介護で大変だったこともあり、それっきり音信が絶えて十数年が経っていました。

その間に彼女はお母さんとお姉さんをたて続けに亡くして一人になっていました。

彼女は出来損ないで落ちこぼれのわたしとは違い一流大学を出た才媛です。

わたしは、彼女ほど控えめで飾らない人、率直で正直な人を他に知りません。

ウソをつくのが身についてしまっているわたしには眩しい存在です。

天真爛漫と言えば、思いっきり明るいだけのイメージですが、彼女のそれは静かでしっとりしているのです。

薄幸でありながら天真爛漫とでもいえばいいのでしょうか。




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話をしていて、急に彼女が、わたしのことを変わったねと言いました。

そして、自分は左から右寄りになったのに、あなたは右から左寄りになっていると言いました。

言われてみれば、確かにそうでした。

それなら、左右から真ん中に歩み寄って意見が合うようになっているかと言えば、そういうことにはならないのです。


なんの話をしているときだったか、彼女は「なにが良いことで、なにが悪いことかが自分には分からない」と言いました。

また、いま小林秀雄の「学生との対話」を読んでいて、ほとんど分からないのだけど、ところどころ分かるところがあるのよと言ったとき、わたしは間髪いれずに「いっしょ、いっしょ」と言いました。

引き継いで、わたしが、現代詩なんかさっぱりだし、短歌にしても注釈なしで分かることなんか滅多にないと言うと彼女も「いっしょ、いっしょ」と言いました。

続けてわたしはこう言いました。

でも、畏れ多いことだけど、天皇(皇后)のお歌だけは注釈なしです~っとこころにしみ入るように分かるのはどうしてかしらと。


現代短歌などまったくと言っていいほど知らないのですが、ときどき女流歌人の歌などが目に触れることがあり、まず思うのは、「つくった」歌は嫌だなということです。

もちろん、うたはつくるものですが「つくった」という痕跡が消えたところからいい歌ということになるのかもしれないなと思いました。

つくった気の利いた風なうたは嫌味でしかありません。




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考え方や意見の違いなんか取るに足らないことだというのがわたしの以前からの思いですが、彼女と話していてますますその思いを深くしました。

彼女が変わったように、わたしが変わったように、柔らかく揺れるこころと精神ですべての疑問に向き合っていくことが、人生の真の意義ではないかと思います。

そういう人であればだれとでも友だちになれるのですが、残念ながら現実にそういう人はいません。

どうでもいい思想や主義や教義に縛られている人のなんと多いことかと、、


(彼女は従軍慰安婦のことを珍しく激しい口調で怒っていましたが、そのことは別の機会に書きます。)
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by michi-no-yuri | 2014-07-22 15:09 | Comments(0)