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谷間の百合

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薪を焚く煙と香り、電球の暖かい灯り

福井地裁が下した再稼働差し止めの判決文に先ほど目を通し、とくに、岩下俊三さんが抜粋しておられた部分は圧巻で、ふつうにまともな人ならその言葉の前にひれ伏すのではないかと思ったほどでした。

今の日本で、このような言葉、このような思想に出会えるとは夢のようです。

広瀬隆さんが言われるように「まことに哲学的、科学的な」反論のしようのない歴史に残る名判決です。

そして、このような言葉に邂逅することがいかに稀有なことか、そして僥倖であるかは分かる人には分かるでしょう。

先日、わたしは、日本が壊れていくと言いましたが、美しいままで壊れていくのならまだしも、汚れていく、腐っていく日本を見るのは堪え難いものがありました。

いま、わたしは誇らしい気持ちです。


以下に、岩下俊三さんが抜粋しておられた部分と、その後に、「徽宗皇帝のブログ」を転載したす。




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≪~ 被告は本件原発の稼動が電力供給の安定性、コストの低減につながると主張するが、当裁判所は、極めて多数の人の生存そのものに関わる権利と電気代の高い低いの問題等とを並べて論じるような議論に加わったり、その議論の当否を判断すること自体、法的には許されないことであると考えている。


このコストの問題に関連して国富の流出や喪失の議論があるが、たとえ本件原発の運転停止によって多額の貿易赤字が出るとしても、これを国富の流出や喪失というべきではなく、豊かな国土とそこに国民が根をろして生活していることが国富であり、これを取り戻すことができなくなることが国富の喪失であると当裁判所は考えている。


 また、被告は、原子力発電所の稼動がCO2排出削減に資するもので環境面で優れている旨主張するが、原子力発電所でひとたび深刻事故が起こった場合の環境汚染はすさまじいものであって、福島原発事故は我が国始まって以来最大の公害、環境汚染であることに照らすと、環境問題を原子力発電所の運転継続の根拠とすることは甚だしい筋違いである。≫




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「徽宗皇帝のブログ」より

福井地方裁判所民事部第2部  裁判長裁判官 樋口英明                          裁判官 石田明彦       裁判官 三宅由子

のお三方は、日本の歴史に残る偉業を行ったと言える。

それは、原発村という、現代日本の政治を壟断してきた怪物に敢然と戦いを挑んだこと、そして行政官僚の突出(行政による立法と司法の支配)で形骸化していた三権分立システムの中で、司法の独立性を再び取り戻したことである。


いわば、日本の「偽の民主主義」「偽の法治主義」に「ノー」を突きつけたのである。

これがいかに危険で英雄的な行為か、少しでも想像力のある人なら分かるはずだ。

おそらく十年後の歴史書には、この「福井判決」が彼らの名前と共に讃えられる記述が刻まれるだろう。

そして、本来なら福島原発事故の出来(しゅったい・しゅつらい)によって予見者として華々しく取り上げられるはずであった(3.11後の、原発村のマスコミ操作によって、彼のマスコミ露出は極小に抑えられてきたが)広瀬隆氏の、これまでの反原発言論活動もまた、英雄的行動であったことを讃えておきたい。

こうした人々こそまさに「地の塩」であり、彼らのような尊い人々がわずかに存在することで、この利欲にまみれた汚辱の世界は救われるのである。

(それに比べて、宗教者や教育者たちの中に、本物の「地の塩」の少ないこと!)



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「東海アマ」からアマさんのツイート


「小学生のころ、学校から遊び疲れて帰ってくると、

どこの家でも薪を焚いて風呂を沸かしていた

調理は石油コンロが多かった まだガスもない 電気は白熱電球がやっとの時代

帰路、薪を焚く煙と香り、夕食の香り、電球の暖かい灯り 呼びかう母達の声

もう涙が出そうなほど、ほのぼのとした時代だった

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by michi-no-yuri | 2014-05-30 12:57 | Comments(6)

竹中平蔵は「赤ずきん」のオオカミ

きのうの集団的自衛権に関するテレビの国会中継は見ませんでした。

夜のニュースで総理と岡田克也さんとのやりとりを見ていたら、国民の生命を守るために、、、という言葉が双方の口から何度か発せられているのを聞いて言いようのない虚しさが込みあげました。

国民のいのちを守るのは、今でしょ、!

当時幹事長だった岡田さんは福島の子どもの集団疎開は莫大な費用が掛かるので不可能だと言った人です。

莫大な費用とはどれくらいでしょう?

子どものいのちに換えられないくらいの莫大な費用とはどれくらいですか。

外国への巨額の援助は感謝され味方になってくれるという一石二鳥の効果があり、総理自身も「いい顔」ができて「いい気分」が味わえるけれど、自国の子どもにお金をかけてもなんの見返りもないとでも思っているのでしょうか。



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ところで、日経BPネットから発信された竹中平蔵の「避けられない人口減少社会」という記事を読んで、わたしは驚愕しました。

この人は、自分以外の人間はみんな馬鹿で、舌先三寸で簡単に騙せると思っているようです。

「あくまでも人々が豊かな生活を送れるようにするという観点から政策を実行していくべきだ」

などときれいごとを並べていますが、この人の言うことはすべて赤ずきんのオオカミだと思わなければいけません。

かれが真に言いたいのは最後に書かれている「コンパクトシティ(集約都市)」構想です。

まさに悪魔の発想です。

全国の小さな集落を消滅させて、都市へ集約させるべきだと言っているのです。

ナチスがユダヤ人にやったことです。

「ゲットー」の思想です。

これが「国家戦略特区」の正体です。

羊を一カ所に追い込んで、飼育しやすいようにするということです。

「避けられない少子化」には笑ってしまいます。

自分が少子化を推進している張本人のくせに、、

集落を消滅させて人々をゲットーに収容したあと、放棄させられた土地、農地は外資が頂くということ?

そして、そこで働く人間は毎日ゲットーから調達されるということ?

すべて、すべてナチスがやったことです。


安部総理の支持者が突撃隊員となって破壊活動に走るのももうすぐかもしれません。

ここにいてはあまり実感がないのですが、東京などでは排外主義者の跳梁の目に余る事態が現出しているようですから。



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by michi-no-yuri | 2014-05-29 10:30 | Comments(7)

二十八日 その二  総理の背後で蠢くもの

総理のやっていることは、民主主義体制を転覆させるクーデターであり、国家反逆罪に相当するものだという記事がありました。(m.TAKANO)

その中に、「日本の安全保障上の脅威は総理自身」という一行があり、わたしはまさしくその通りだと思いました。


中國とはゼッタイに会わないようにして、その間に中国包囲網を構築しようという魂胆です。

中國を取り巻く国々に、原発の輸出やODAの大盤振る舞いで、日本に従わせようと必死ですが、わたしには無駄になるというかドンデンガエシが待っているような予感がします。

いったい、日本と中国の間に戦争をしなければならないようなどんな問題があるというのですか。

日本と中国の間にはもはや引き返せないほどの人とものがお互いに浸透しているのです。

それも日本人自身が望んだことではなく、政財界が自分たちの都合で推し進めた方針だったのではありませんか。

尖閣の問題だってなにもことを荒立てることはなかったのです。


ほんとうに異常です。余りの異常さにケラケラ笑おうかと思うことがあります。



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なぜ日本はこうなったのかと考えて辿りついた推論があります。

キーワードは統一教会です。

アメリカの議会をも動かすほどの凄まじいロビー活動を展開した韓国ですが、その主体は統一教会ではなかったでしょうか。

アメリカでさえそうなのですから、日本の政治家を買収することは赤子の手をひねるくらい簡単なことだったと思われます。

そうしてほとんどの政治家はお金の前に陥落していったのでしょう。

その歴史は古く、かれらの熱病のような意思は連綿と引き継がれ、漸く自分たちの総理を実現させたのではないかと。

こう推論してはじめて納得できることが多いのです。

総理と統一教会の関係を知っている人でも想像できないくらいその闇は深いと思います。

わたしはその闇の大きさを想像して慄然とすることがあります。



ひところ、在日エリートの勝利宣言というのがネットで流布していましたが、あそこに書かれていた通りだろうと思います。

自民党政治が続く限り日本に未来はありません。

(維新やみんなの党なども同じですが)



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by michi-no-yuri | 2014-05-28 15:25 | Comments(0)

二十八日 その一  「いのち」を守れるのは女性

わたしは「東海アマ」さんのツイッターを通して情報を得ることがほとんどなのですが、それで知った「チェルノブイリへのかけはし」というサイトの記事を読み、執念さえ感じさせるその文章力に圧倒されました。

長い記事が読めないわたしが、ぐいぐい引き込まれていき、あらためて言葉の力、文章の力を信じてみようという希望を貰ったように思いました。

文章に力を付与するのは、こころであり感性です。

こころがなくてどうして文章が書けるでしょう。


この記事を書いているのは女性ですが、よく、女性の書く文章は冗長だと言われます。

それを言うのはもちろん男性なのですが、そんなことを言っていていいのでしょうかw

同じく「東海アマのツイッター」で知った、朝日デジタルの社説「一分半に一度かけられる命」を書いたのも高橋純子という女性です。

他にも、あれ!っと目を止めるのが女性の記事だということがよくあります。

サンケイの「正論」の執筆者の書く論稿の多くを「世間知らず」だと言っては失礼かもしれませんが、しかし、実際「浮世離れ」の記事が多いのです。

逆に、「世間知らず」だと思われてきた女性の方が、柔軟な視点で世の中の真実を見ているなと思うことがよくあります。

というのも、男性が竹原信一さんがよく言われる「地位や立場」にとらわれているからかもしれません。

(しかし、これは女性の将来に待ち構えている問題でもあります。)



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むかし、外国の小説を読んで、意味不明なことがたまにあったのですが、それは今から思うといわゆる「世間知らず」の男性の翻訳だったからだと思います。

男性と女性では見ているものが違うということもあると思いますが、総じて、男性の翻訳が生硬であるのに対して、女性のそれはなめらかで自然体で読みやすいということが言えるのではないでしょうか。

それは何も柔らかいものだけではなく、哲学的なエッセイなどにも言えるように思います。

(たまたま、わたしが持っている本の翻訳者が女性だったということかもしれませんが、)


「チェルノブイリへのかけはし」が多くの人に読まれることを願って止みません。

「いのち」を守れるのは女性だということを感じとってほしい。

女性が生んだ「いのち」です。



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by michi-no-yuri | 2014-05-28 10:59 | Comments(2)

二十七日 その二  「恐怖の男」

集団的自衛権と尖閣周辺の海域に加え南シナ海での不穏な動きが連日ニュースになっていますが、はたして、日本人のなかのどれくらいの人がそういうことに注意を向けているでしょうか。

放射能のことさえまったく気にならない国民ですから、ある日突然太平の夢を破られて呆然とすることになるのかもしれません。


総理は集団的自衛権行使を急いでいます。

つい先日、政府は行使の範囲をアメリカだけに限定せず、日本と関係の深い国に対しても適用できるよう検討していると言っていました。

わたしは、朝鮮有事を想定しているのだなと思いました。

それに、中国船がベトナムやフィリピンとトラブルを引き起こしているのもとても不自然な動きです。

アメリカ軍が再びフィリピンに還ってくることや、日本が集団的自衛権行使の範囲を広げたことなど、あきらかに南シナ海か半島で何かが起きることを示唆しているように思えてなりません。



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また、拉致問題解決に向けての協議が慌ただしく開催されました。

総理としては、朝鮮有事までに拉致を解決して後顧の憂いを取り除くと同時に、拉致被害者を取り戻して国民感情を盛り上げたところで、いざ! と持っていきたいのではないでしょうか。


総理は親韓というより、統一教会そのものですから、何よりも朝鮮大事なのです。

パククネ大統領の反日に惑わされていてはほんとうの関係が見えてきません。

秀吉の朝鮮出兵から4百年の時を経て、日本の自衛隊が半島に上陸することになるかもしれないのです。

さらに、恨みつらみを積み重ねるつもりですか。

どうかどうかそういうことにならないようにと祈るような気持ちですが、AKBにうつつを抜かしている若ものやおじさんたち、すでに始まる前からサッカーワールドカップに熱狂している日本人を見ては、わたしはふと我に返って静かに絶望しています。



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それにしても、松原照子さんの25年前の予言は凄いですね。

「恐怖の男・安倍氏は、男に生まれながら男人形として、日本の名で世界を歩くでしょう。

『はい、わかりました』、この言葉をためらわず言える政治家は生き、少しでも躊躇した政治家に、いい役が回ることはありません」

「その人こそ、わが国が『戦争』の言葉を身近に感じる流れを作る人物であり、操り人形です。

政治家たちのランクを、国民一人ひとりが見極め、日本の国のために命を捧げられるほどの人間選びをしなければ、草も口にできなくなります」



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by michi-no-yuri | 2014-05-27 20:26 | Comments(0)

二十七日 その一  下品であってもいいが下衆になってはいけない。

「阿修羅」を見ていたら、総理が集団的自衛権の是非を問う「ワンイシュー選挙」を本気で考えているという記事があり、わたしはどこまで日本人を愚弄すれば気が済むのかと思いました。

小泉元総理は明らかに精神分析上のサディストですが、安倍総理がそうであってもそう見えないのは、無知という無意識で中和されているからかもしれません。

しかし、無邪気なサディストほど恐ろしいものはないのです。

小泉元総理の郵政民営化のワンイシュー選挙 橋下市長の都構想のワンイシュー選挙に続き、国民はまた愚弄されることになるのでしょうか。

小泉、安倍、橋下とやはり日本人のマインドを持たない人間はすることも同じになるようです。



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このごろ、総理初め、総理が抜擢した人間や仲間や取り巻きなどの人間の顔を、わたしはほとんど正視できないのです。

虎の威を借り、調子に乗って暴言を吐いている百田尚樹という人間。

明治天皇の玄孫だという何から何まで下品な竹田恒泰という人間。

総理と気の合う橋下市長が、髪をなでつけストライプのスーツに身を包んでふんぞり返っているさまは、まさに元遊郭(今飲食店街?)の顧問弁護士の名に恥じません?!

NHK会長、竹中、三木谷、新浪、秋元などの面々を見ていると、よくもこれだけ選りすぐって下品な人間を集めたものだと感心しますが、なんのことはない類が友を呼んだということです。



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しかし、きのうふと赤塚不二夫語録にある「下品はいいが、下衆(ゲス)は駄目」という言葉を思い出して、そうなんだ、かれらは下品という範疇にも入らない人間なのだと気がつきました。

品のいい人なんか滅多にいるものではありません。

今や絶滅危惧種です。

品のよさを持たないわたしたち99%の人間は、それでも下衆な人間にだけはなるまい、なってはいけないと思って生きているのです。

しかし、かれらからそういう思いや姿勢は伝わってきません。

むしろ 下衆を看板にのし歩いている感じです。

しかも、そういう人間が「美しい国、日本」などと言うのですから、わたしは身を捩り、天を仰ぎ、天を呪いたくなるのです。



息子が注文したもの。
わたしはいまだかって喫茶店でホットコーヒー以外注文したことがありません。
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by michi-no-yuri | 2014-05-27 10:26 | Comments(3)

日本人が戦うときは、、

政府が、緊急事態に迅速に対処すべく自衛隊出動の判断を総理に一任するための検討に入ったというニュースにわたしは一驚しました。

ついにここまで来てしまったのかと涙の出る思いです。

今まで積み上げてきたものが崩れていく音が聞こえてくるようです。

さんざん議論されてきた「シビリアンコントロール」とはなんだったのでしょう。

変わるときは早いと言いましたが、崩れるのは一瞬です。

長いスパンでみたらそれは一瞬のことであり、歴史の記述にしたら一行です。

注意一秒、怪我一生という交通標語がありますが、国民の無知と無関心によって国は治る見込みのない疾患を負うことになります。


政府が検討するというときの「政府」とは何を指しているのだろうと調べてみたのですが、広義には三権を含むそうですが、狭義でも政府と内閣は同じではないということでした。

政府というときは厳密に使い分けてほしいと思います。

この場合は、主に中央省庁を指しているのでしょうか。



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総理はどうしても戦争がしたいようです。

きのうは車でラジオのニュースに耳を傾けていましたが、トップに流れるのは中国機と自衛隊機が接近したニュースでした。

わたしには、故意にある程度の緊迫感を持たせてアナウンスされているように感じられました。

もう、戦争前夜だなと、やり場のない思いで深く溜息を付くしかありませんでした。

戦争させたい人間と戦争がしたい人間の利害と思惑が一致したのでしょう。

させたい人間はあくまでお金ですが、したい人間の方は戦争といえば「特攻隊」のイメージしかないような連中です。


そう言えば、この流れに持っていくために尖閣に火をつけた石原慎太郎さんがこのごろおとなしいですがどうしたのでしょう。

どうしても目の黒い内に見たかった戦争がいよいよ始まるかもしれないというのに、怖気付いたのですか。

所詮はそういう人間なのです。

しかし、あなたのしたことはしっかり歴史にその名が残りますからね。


高瀬川
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しかし、最近なにかが反転しだしたような微かなサインを感じます。

再稼働差し止めの判決もそうですが、それ以上にわたしは両陛下が私的旅行で足尾銅山鉱毒事件ゆかりの地を視察されたことに衝撃を受けました。

それは、どこまでも静謐で透明な衝撃でした。

国民もそのことを深く受け止めなければと思いました。

国民が大御心を戴いて邪悪な人間と戦うときかもしれません。

尊皇を偽装して天皇を利用してきた人間が正体を現して天皇への謀反の旗幟を鮮明にしてきました。



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by michi-no-yuri | 2014-05-26 13:44 | Comments(0)

風穴をあける者。

チャゲ&飛鳥さんの曲はいちどもまともに聴いたことがなかったのでユーチューブで探したらASKAさんが歌う「蘇州夜曲」がありました。

もともと歌の出だしが「君がみ胸に抱かれて聴くは、、」ですから男性のうたなのですね。

(それにしても、女性のからだの部分を「み胸」「おん肌」「おん唇」とうたわれることはもう二度とないでしょうね。)


いろいろ検索していたら、戦前の中国(支那)を題材にした歌が多いことに気が付きます。

「満州」という言葉が入る題名が多いのは、国策に添って作られたからなのでしょう。

日本では軍歌が全盛だったと思うのですが、翼賛体制の下でよくこのような(軍国主義から見れば)軟弱で享楽的、頽廃的ともいえる歌が許されたものだと思います。

「アカ(共産主義者)」でなければ、大抵のことは大目にみたのでしょうか。

そう考えると、今の政権の方がよほど危険です。

グロはともかく、エロ(エロティシズム)やナンセンスは社会の潤滑油であり、自由を担保するものですからそれが取り締まりの対象になるのは暗黒社会の到来を意味します。



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息子が、路上でパフォーマンスをする名もないある芸人が面白いよというので動画を見たのですが、別に面白いことを言うわけでもするわけでもないのに面白くて笑ってしまいました。

警官が目に入らないかのように制止をうまくかわしながら、意味のないことを言ったりしたりするだけの芸です。

なのに、見ている内になぜか胸が熱くなるのです。

面白くて、やがて悲しき、、という心境に引きずり込まれるのです。

もうほとんど息が詰まるような世の中になっているときに、かれの存在とナンセンスなパフォーマンスが窒息寸前の日本に風穴を開けてくれるのではないかという思いがするからです。

誇張と期待を込めて言えば、こういう人間が全体主義に対するレジスタンスの最後の砦になるかもしれない、、



若草山
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by michi-no-yuri | 2014-05-25 07:39 | Comments(0)

権力を支える者

山下俊一さんが国民は政府に従うものだと言われたときは変なことを言う人だなと思った程度でしたが、最近分かってきたのは、おかしなハナシなのですが、山下さんは心から、頭からそう信じておられるのだということでした。

しかも、そういう人間はたくさんいて、古今東西、権力はそういう人間によって支えられてきたということです。

つまり、山下さんにとって、倫理とか愛とか科学というものは権力の下にあるものなのです。

しかし、歴史をみればそんなことは当たり前のことなのでした。

今更なにを言っているのかと、自分に呆れます。


福島の被害者のことを涙ながらに訴えていた森雅子さんが、一年後には、被害は風評によるものだと言えるのも、

TPPに加盟することは日本が日本でなくなることだと言っていた稲田朋美さんが、ケロっとして大臣席に座っていられるのも、

彼女らにとって権力に従属することが倫理よりも上だという価値観があるからかもしれません。



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むかし、司法試験を受けるために新聞配達をしながら勉強を頑張っていた青年は、わたしが、「現世での地位や名誉なんか、、」というようなことを言ったとき、そういうことを世間に出て言うとキチガイ扱いされるよと忠告してくれたことがありました。

わたしよりナンボも若いかれはわたしの言うことに理解を示しながらもすでに世間の価値観に染まっていくしかないと達観していたのです。

いまごろ、かれは出世して権力を支える歯車の一つになっているのかもしれませんが、わたしは何も変わりません。

バカなのでしょうか。



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最近思ったことですが、男性はなんでも顔に表れるのに、女性はあまり顔に出ないのは化粧のせいかもしれないと。

化粧とは外面だけにとどまらず内面まで化かすのです。

森さんや稲田さんがアッケラカンとしていられるのは、前述した価値観によるものであると共に、女性として自分を騙すことに習熟しているからではないでしょうか。

(最近、田村厚生大臣の人相が変化してきたのは、やはり、自分を騙すことに習熟しておられないからかもしれません)。



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わたしは年の離れた兄(先日亡くなった)が恐くて嘘つきになりました。

中学生だったわたしは兄の本箱にある本を盗み読みするのが楽しみだったのですが、ちゃんと元に戻したつもりなのになぜか兄には分かってこっぴどく叱られました。

(わたしがまともに本を読み通すことができないのは、このときの盗み読みのせいかもしれません。)

しかし、わたしはシラを切り通して、一度も認めたことはありません。

女はシラを切り通すものなのですw

女子どもは弱い立場だったから身を守るために嘘をついてきたのですが、これから女性が責任ある仕事をしていくようになると嘘は駄目ですよ。

だから、わたしは仕事をしたくありませんw
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by michi-no-yuri | 2014-05-24 10:21 | Comments(0)

シアワセってなんだろう。

転んでコンクリートの角にぶっつけた膝がいまも痛むのでサポーターをしているのですが、さきほど装着しようと何気なく見ていて、緩やかなカーブや急カーブの縁取りのミシン目が余りにも美しいのでしばし見とれていました。

わたしもけっこうミシンを掛けてきたつもりですが、いまだにカーブはもちろん、直線さえ真っ直ぐに縫えたためしがありません。

しかし、こういう仕事の人は朝から晩までミシンを掛けているのだから上手になって当たり前だと思うと同時に、わたしはそんな仕事をしなくてよくて贅沢だなと申し訳ないような気持ちになりました。


女性には、生活のために仕事をする人や仕事そのものに絶対的価値を置いている人、あるいは、家にいるのは退屈だからとか世間体を思って仕事をしている人とさまざまですが、わたしはそのどれでもありません。

といって生活に余裕があるわけではありません。

むしろ反対で、普通に考えたらとても余裕のある家計ではないのですが、こころに余裕があればなんとでもなるものだなと最近は思うようになりました。

しかし、これも子どもがいる内はムリでした。

また、世間の人が求めるものと同じものを求めると、とてもそういう考えに至ることはありません。



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先日、「酔生夢人のブログ」に「冷笑」というタイトルの面白い記事がありました。


≪私が昔から大好きな言葉がある。それはヴィリェ・ド・リラダンの或る作品中にあるという「生活などは召使に任せておけ」という言葉だが、これくらい大きな冷笑は爽快である。≫


わたしは分かるなァと思いひとりで二ヤついていました。

当たり前のことですが、召使など夢の夢でしかないわたしは、召使に指示を出す主人と、「ハイ、わかりました」とその指示に従う召使の一人二役をやっているのです。

主人としてのわたしは、召使のわたしにあまり負担をかけたくないのでなるべく放任し、召使のわたしも何もしたくない方なので、できるだけ手早く要領よく仕事を片付けます。

一人二役をこなすために、生活はできるだけ簡素化、簡略化します。

ものを増やさない。

いまあるものはできるだけ捨てる。

食事なんか毎日同じものでもいい。

究極、味噌と少しの野菜でいい。


そうして簡略化してあと何をするのかと言いますと、何ももしないのです。

何もしたくないから、どうしてもしなければならない必要最小限のことをするだけです。


あとは、にわとりや犬と遊んだり、ぼーっと雲や木漏れ日を眺めたりしながら、人生、これに優るシアワセがあるだろうかと独りごちているのが、わたしのシアワセなのです。



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ところで、タイトルの「冷笑」ですが、わたしは人を冷笑したことがありません。

人に意地悪したこともありません。(ホントです)

「したことがない」と言えば意思的に聞こえるかもしれませんが、実際は「できない」ということです。

直情径行なわたしに、そんな芸当?ができるわけがないではありませんか。



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by michi-no-yuri | 2014-05-23 09:54 | Comments(8)