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谷間の百合

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別の景色を見ている人たち。

先日、イラクの復興支援とは、イラクが自由で民主的な国になるお手伝いだったと宮家邦彦さんが言われたことを取り上げました。

きのうは、また同じ外務省出身の岡本行夫さんが、「日本こそがアジア最大の民主主義、安定国家であることを世界に発信していかなければならない」と書いておられ、わたしは外務省の人ってみんなこのような世間知らずの極楽トンボなのかと絶望しました。

(アジアの盟主という意識がいやらしい)

とてもわたしたちと同じ空気を吸っているとは思えません。

おそらく、支配者層に連なる人たちは、わたしたちが背伸びしても吸えない上層のきれいな空気を吸っておられるのでしょう。


日本の民主主義とは何を指しているのか説明してほしい。

どこが安定国家なのか言えますか。


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貧困や冤罪に苦しむ人がいることなどかれらの視界には入らないのでしょう。

真実を暴露すれば身に危険が及びことをご存知ですか。

アフリカの委員から「日本の刑事司法は中世」と指弾されて逆上するのは、結局、日本にあって別の空気を吸い、別の景色を見ていたからではありませんか。

何も見ていないのです。


中西輝政さんが「韓国は事大主義だが、夜郎自大でもある。」と言っておられますが、その通りでしょう。

しかし、日本はそうではないと言い切れますか。

アメリカに捨てられるのを恐怖するあまり、つぎつぎ国を売ることでご機嫌を取り結んでいるような国がそうでないと言い切れますか。

わたしには韓国の事大を笑うことはできません。

また中国の人治主義とは違い、日本は法治主義の国だと胸を張って言えるでしょうか。

もし、そう言う人がいれば、何も見ていないことの証拠です。


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原発事故と放射能の隠蔽、

奴隷への道を羊を追い込むように国民を誘導しているグローバリストたち。

秘密保護法の成立。

竹中平蔵が推し進める規制撤廃で(緩和ではなく撤廃です)日本は亀井静香さんがいわれるように「ジ・エンド」となる。


政治家や官僚は現実を見ていません。

そういう能力が欠如していることが政治家や官僚なれる最大の条件なのでしょう。
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by michi-no-yuri | 2014-04-29 10:37 | Comments(4)

仙波さんと竹原さんと 与沢翼さん。

こないだ、竹原さんのツイッターに、「仙波さんに叱られた!」ということで、お二人の電話でのやりとりの録音がユーチューブにアップされていました。

すぐ削除されていましたから、ここで蒸し返すようなことをするのは憚られるのですが、でも面白かったw

なんでも、ゴトウという人が仙波さんのアパートを訪ねてきたのか、仙波さんがゴトウさんを訪ねたのかでもめていたようですw

当事者である仙波さん本人が自分がゴトウを訪ねたのだと言っておられてこれほど確かなことはないのに、竹原さんはそれでも納得されずにグダグダwと食い下がられるので、とうとう仙波さんがキレてしまわれたのです。

「なにをチャラチャラしたことを言うとるんだ、オマエは」となり、竹原さんも驚いて「どうしたんですか、その言葉使いは」と言っておられましたが、いい大人がなにをつまらないことで言い争っておられるのかとおかしくてなりませんでした。

(わたしには分からない深い事情があったのかもしれませんが)

お二人の性格がよく出ていると思いましたが、竹原さんも理屈っぽいですねw

それで思ったのが、仙波さんなら総理に面と向かっても、しまいには「なにをチャラチャラしたことを言うとるんだ!」となりそうだなと。

というか、そういう調子で一喝してほしいものだと思いました。


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与沢翼さんが破産したそうです。

先見の明でもなんでもなく、早晩こうなるのは自明のことではなかったでしょうか。

わたしは、かれは偉大なるチャレンジャーでありギャンブラーだったと思っているのです。

だから、それでこそ与沢翼ではないかと思ったのです。

しかし、かれのしたことは、その精神において、詐欺などという手法からはもっとも遠い対極にある行為でした。

やっかみ半分で批判するのは自由ですが、わたしはかれはチャレンジャーとして一つの究極の精神性を見せてくれたと思っています。


余りにも若過ぎたのでしょう。

しかし、あの怜悧な目をした青年にとって今回のことは、終わりの始まりではなく、始まりの前の小さな蹉跌に過ぎなかったのではないでしょうか。

かれの獲得したノウハウはお金儲けだけではなく多方面に応用の効くものでしから、ほんとうの与沢翼はここから始まるのだと思います。

「華麗なるギャッツビー」で終わる人ではないと思います。


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by michi-no-yuri | 2014-04-28 13:28 | Comments(0)

自分を大切にすることの意味

「気ままな人」さま

真情溢れるコメントありがとうございました。

そして、今回はわたしが見落としていた視点を指摘していただきありがとうございます。

わたしが、「七人の侍」から「人を助けてこそ自分を守れる」と言ったこととは別に「自分の心身を大切にする」ということも重要ではないかと言われたことです。

「人を助けてこそ云々」は確かに真理なのですが、真理には必ず両面があるということです。

コインの裏表の関係です。

だから、そのことが日本人の長所でもあると同時に欠点にもなり得るということです。

わたしも「自分を大切にする」「自分を愛する」ということが、ほんとうの意味で分かったと思ったのは割と最近のことでした。

自分を大切に思えなくて、どうして人を大切に思えるだろうかということですね。


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「気ままな人」さまが、そういう意味で最悪?な環境の中で自分を大切にしようと悪戦苦闘しておられるのだろうと想像するのですが、
それとは関係なく一般論としてわたしは言いたいことがあります。


東京の人は、やはり東京への執着から逃れられないようですね。

汚染もかなり進んでいるということですし、これから労働環境は悪くなる一方なのにそれでも東京を離れられないのでしょうね。

しかし、政府が危険だから離れてくださいと言ったらどうでしょうか。

それでも、東京に残る人がどれだけいるでしょうか。


家族や仕事、生まれた土地への愛着を断ち切るのは辛いことです。

(しかし、福島の人たちは否が応もなく断ち切らざるを得なかったのです。)

とにかく、心配性なわたしは気が気ではありません。

(わたしには、先ほどの話ではありませんが、心配性と楽天家の両面があります)


北海道なり東京以西に実家のある人はいいのですが、そうでない人は身軽な人から脱出すべきではないでしょうか。

それは放射能だけの問題ではありません。

奴隷になることから逃れることでもあるのです。

そして、それは自分さえよければということではなく、いざというときの家族の避難先を確保するという意味でもあるのです。


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このあたりだとガスが止まっても山へ入ればいくらでも燃料になるものはあります。

断水しても、すぐそこの川から水を汲んできて煮沸すればいいだけです。

(わたしは小さな携帯用の浄水器を持っています)


アメリカの富裕層は税金を払いたくないから自分たちで自治体をつくるそうです。

ならば、それに倣って貧困層も自治体をつくって助け合って生きていく道を探るべきではないでしょうか。


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by michi-no-yuri | 2014-04-27 10:08 | Comments(5)

不肖の息子

両陛下がオバマ大統領の宿泊先のホテルへ出向いてお見送りされている映像を見て、これが国賓にたいする恒例のおもてなしの一環だと知らなかったわたしは少なからず衝撃を受けました。

両陛下の表情からいまのぎくしゃくした日米関係を心配しておられる様子が伺えると同時に、不肖の息子(安倍総理)の無礼や無知をひたすら謝っておられるような感じを受けたのです。

わたしたちはそういう子どものような総理を戴いているのです。


共同記者会見で安倍総理がオバマ大統領を「バラク」とファーストネームで呼んだとき、わたしは虚を衝かれたような驚きをおぼえました。

それは違和感というより嫌悪感でした。

総理自身が考えたことなのか、あるいは世耕補佐官あたりの入れ知恵だったのか、わたしは、あゝもう駄目だなと思いました。


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安倍総理は尖閣しか頭になかったようですが、それは一部の人間を除き、国民にとって関心のあることではありません。

マスコミは毎日のように領海侵犯したとか言って煽っていますが、国民にとっては遠い話題です。

中国と一度も会わず、というより戦争したいために故意に会わないくせに、いったい戦争をなんだと思っているのかと憤懣やるかたありません。

自衛隊員や国民が死ぬのを自分たちは高見の見物ですか。


「戦争を知らない子どもたち」がゲーム感覚で戦争をしたがっているのです。

金美麗、桜井よし子、長谷川三千子などの面々が総理をがっちり押さえ込んで、言葉巧みにけしかけているのが目に見えるようです。


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韓国沈没船の家族の耐え難い悲しみ、苦しみ。

きのうは福知山線事故の遺族の一人が、年を経るほど悲しみは深まると言っておられました。

戦争はこういう悲しみ、苦しみが量的にも時間的にも無限大になるのです。

歴史に新たな悲しみの傷跡を刻むのです。


フクシマはきょうも放射能を舞い上がらせているというのに、なにが尖閣ですか。

総理はアメリカの言質をとることしか頭になかったようです。

だから、集団的自衛権の行使容認を急いだのでしょう。

自衛隊員を貢物にしたのです。

いのちを取引の材料にしたのです。


人も住めない島と引き換えたものはそれだけではありません。

日本を差し出したのです。

中国と戦争したいばかりに。

なんで中国と戦争したいのですか。

その疑問に対する答えが前述の女性たちの狂気にあります。


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by michi-no-yuri | 2014-04-26 09:22 | Comments(0)

「Whot A Wonnderful World!」

亀井静香さんの「戦前はいい時代でしたか」から、わたしは一年ほど前に見た「二十四の瞳」を思い出していました。

原作者の自伝的小説の映画化ということですから事実なのだと思いますが、主人公の女先生が持っていたホイットマンの詩集「草の葉」を校長が目を三角にしてこのような危険な本を持っていてはいけないと説教する場面がありました。

「草の葉」を読んだことはありませんが、露骨に反戦をうたった詩だとは思えません。

きのう、軍国主義の台頭とともに、「自由」が取締りの対象になったと書いたのですが、おそらく、詩集全体に横溢していたであろう「自由への賛歌」が危険思想だと見做されたということだと思います。

(わたしは映画のその場面でほんとうの恐怖を感じました。)

ついでに、ホイットマンで検索したら、名言集というのがあり、その中にこういう言葉がありました。

「これから私は幸福を求めない、、私自身が幸福だ。」

まったくそうだなと思いました。

新緑に囲まれ、木陰に揺曳する木漏れ日を眺めているとつい「What A Wonnderful World」を口ずさみたくなります。

(※コメントで、大石先生が持っていたのは、「草の葉」ではなく、「草の実」という綴り方だというご指摘ををいただきました。)


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ところで、スバラシイ記事に出会いました。

「バカ国民帝国日本の滅亡 ◇Fool Japan◇ 日本人人間化計画」というタイトルです。(この長いタイトルで損をしていませんか)

「悟りを拓くということ」という記事です。

(全文転載するのがいいのですが、わたし自身が長い記事が読めなくていつもスルーしているので、きっと人もそうだろうと勝手に思っていて、それで、いつもいかに記事を短くするかに苦心しているのです。)


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≪以下、記事からの抜粋。≫


―元気なようでも体調は、やはりイマイチで、まったくムリがきかない…

―それで、生きているうちに、思いついた大事なことは書いておこうと思う…

―テーマは、「悟りを拓く」ということ。

―これは、ある意味、「救われる」ことであり、「天国へ行く」ことでもあるのだが…

―なにしろ、人々のイメージが先行しているものだから、そういう説明は誤解されてしまう。

―もっとも、救いのない、これまでに悟ったことのない者には、どうしたってわからないから同じことだが…

―昔に悟ったはずなんだが、今生でいまだハッキリとは思い出せないでいる人向けだろうか…

―まず、凡夫はこう考えていると思うのだな…

―悟りを拓く=立派な人になる=偉大な人になる=すごい修業が必要…

―あの…全然違うから…

―悟りを拓けば、そういう「立派」だの「偉大」だのという観念もなくなるわけで…

―いっぱい修行して、立派な坊さんになろうなんて人は、永遠に悟ることはできない。

―悟るということは、気づくということ、思い出すということで、立派になることではない。

―「あ!わかった!!」…っつーだけなんだっての…

―本当の自分ってものに気づく…、思い出す…ってこと…



―世俗に生まれて、ずっと世の中に違和感を持ちながら、生きてきた…

―生まれてきた時代を間違えたのだろうか…とも思った…

―自分が変なのか…とか思った…

―要するに、自分は人間であり、世の中の連中はサルってことなの…

―見下しているのではない…事実を言っているだけだ…

―理性や良心と呼ばれるものをもち、それに忠実に生きようとする人たちがいる…

―その人たちからみると、世の中に「良心のない」人間がいるという事実が理解できない。

―でも、それは現実で、”サイコパス”とか”家畜”、”鬼畜”とか、私なんかは呼ぶわけ…

―彼ら、下等生物にあるのは”我(が)”。

―「オレがオレが、オレ様が」って感情がすべてを支配している。

―彼らは、自分たちも「理性」をもっていると思っているし、僕らもそう思ってきた。

―だが、彼らは「理性」や「良心」をもっていない。神とつながっていない…

―天にある真の自己とつながっておらず、肉体に支配されている動物のままの”自我”で動いている。

―一度でも悟ったことのある者は、「理性」や「良心」があり、天の自己とどこかでつながっている。

―「救われた」者は、大抵、修行で救われたのではない。過去に「救われている」から信じることができ、それを思い出して、再び「救われる」のである。

―ごくごく稀に、獣が人間になることがある。今生で初めて悟る者が現れることがある。

―だが、それ以外は、初めから救われていた者たちなのである。

―いまだ動物のままの者たちと、一度悟って生まれなおしている者たちとでは、生きている意味が違う。

―この世で与えられている役割がちがう。まさに”選ばれた者たち”である。

―だが、動物たちは、小賢しい知恵をはたらかせて”選ばれた者たち”を気取ったり、演じたりするのだが…

―”選ばれた者たち”は別に”立派”なのでも”偉大”なのでもない…

―確かに、この世界と、これを貫く法理は”偉大”というほかないが…

―すべてのものは、その法理に生かされ、またはいのち奪われて、生じたり、滅したりしているのだ。

―いわば、泡沫のごときものだ。

―ただ、役割がちがうのだ。

―はたらきアリと女王アリの役割が違うように…


―偉大なことをしようなんてしなくていい…

―やりとげようとしなくていい…

―やれるときは、天から”命令”が下りてくる…そのときにはたらいたらよいのである。

―悟りを拓くことの効用は、なんといっても自由に楽に生きられるということだ。

―何ものでもなく、また何ものにでもなりえて、自由自在…

―与えられたものは取ればよい…

―与えられなかったものは手放すことになるだろうが、失ったわけでも、奪われたわけでもない。

―もともと「自分のモノ」などないのだから、「得る」ことも「失う」ことも本当は「ない」のだ。

―無力であることを嘆くな…

―無力であるとき、虚心、無心でいるとき、世界がまるごと自分のものになっている。

―その感じを保ちつつ、進んでいけばよいのである。



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by michi-no-yuri | 2014-04-25 11:19 | Comments(6)

ほんとうに日本はいい国でしたか。

「気ままな人」さまのコメントを読んで感じるのは日本への呪詛と怒りですが、先日も書いたことですが、わたしは「日本が好き」とか「日本はスバラシイ国」とか言っている人たちよりも、かれの呪詛の方により深い日本への愛を感じるのです。

「日本はいい国」というのは、どこかと比較してのことで、結局は優劣や競争の原理が根底にあるのです。

(愛という言葉は使い難いものですが)
もし、日本への愛を言うのなら、愛は比較しないものです。競争しないものです。


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亀井静香さんのお話をもう一度聞こうと思ったら、すでに非公開になっていましたが、記憶に強く残っているのが次の三点です。

「戦前がそんなにいい時代でしたか」

「中国、韓国、北朝鮮とはケンカしてはいけない」

「従軍慰安婦の問題では謝罪しなければいけない」


大正から昭和にかけては、今からみても理解できないようないわゆるエロ、グロ、ナンセンスというハメを外した自由思潮が猖獗を極めていたようですが、それもつかの間、すぐに軍国主義が台頭して「自由」は憎むべき、取り締まるべき対象になりました。

そして、もの言えば唇寒しとなって戦争に雪崩れこんでいったのです。

亀井さんが「いい時代だったと思いますか」とはそれを言っておられるのです。


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中国、韓国、北朝鮮とケンカしてはいけないと言われるのは、亀井さんが人一倍「ほんとうの敵」を知っておられるからです。

ケンカすることは「ほんとうの敵」を喜ばせることだからです。

しかるに、総理はオバマ大統領との会談では、中国と戦争になったときは日本を守ってくれるかという言質をとることしか頭にないそうです。

いかに、亀井さんが言われる、総理に「右バネ」が働いているかということです。


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従軍慰安婦問題には謝罪しないといけないと言われることには反論が噴出しそうですが、亀井さんの真意を理解できる人がどれだけいるでしょうか。

どういう事情があれ、日本は朝鮮を併合したのです。

宗主国だったのです。

どんな堪えがたいことも胸に収め、飲み込んで謝罪するのが宗主国としての責任であり、それこそが日本の「誇り」なのだとということです。

ナンダカンダと言っていることのどこに「誇り」がありますか。

みっともないだけです。

そういう大人の対応ができるのが亀井さんです。

相手に「強制があった」などと言わせないように、上手に謝罪できるのはもう亀井さんくらいしかいないのです。

日本だけではありませんが、ほんとうの「大人」がいないことを痛感します。


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最後に、亀井さんが演歌なのか、詩吟なのか、浪花節なのか、なんの歌なのか分からないような歌を披露されたときわたしは魂が震えました。

そのとき感じたのが「正気」でした。

亀井さんが音程などあらばこそ、好んで人前で声を張り上げて歌われるのは、自分の「正気」で邪を払ってやろう、目を覚まさせてやろうという思いからではないのだろうかと。

わたしにはそう感じられました。
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by michi-no-yuri | 2014-04-24 10:53 | Comments(0)

  嗚呼

産業競争力会議で、残業代ゼロ案が提出されました。

会議では、竹中平蔵が安倍総理の前で睨みを利かせていました。


街でマイクを向けられたサラリーマンからは、悲鳴なり溜息が洩れるかと思いきや、(わたしはこころの中で悲鳴を上げましたが)みんな冷静で、困ると言いながらも理解を示しているようでした。

なかには、成果主義という言葉がカッコいいと思ったのかどうかは分かりませんが賛成する人もいました。

こんな直接身に降りかかる地獄が見えないくらい、日本人は盲目にさせられてしまったのでしょうか。

多分、奴隷になっても自分が奴隷とは認識できないでしょうね。

非正規労働とは、自由で、柔軟で、多様な生き方なのだそうです。

国民を欺くために、無い知恵を絞ってひねり出してきた美辞麗句!

ありがたくて泣けてきます!


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アーミテージが来日して集団的自衛権は急ぐことはない、それよりも経済に全力で取り組めと言ったそうです。

米政府とは無関係なアメリカの一民間人になんでそんなことを言われなければいけないのでしょう。

あるいは、オバマ大統領の意を忖度して、いわゆる空気を読んでの発言かもしれません。

それで気になって先回りして来日したのでしょうか。

アメリカ経済が逼迫しているので、日本人は残業代ゼロのブラック企業並みに働いて貢ぎなさいということなのでしょう。


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政府は必要最小限の協力と言っていますが、集団的自衛権行使とは、

アメリカには「助けにこい」と言える権利が、日本には助けなければいけない義務が生じるのだということを小林節さんが言っておられます。

限定的とか必要最小限とはまったくの嘘なのです。

もし、本気でそれを言うのなら、スゴい面倒な作業が必要になります。

限定や必要最小限の定義と範囲や線引きの設定。

そんなことは到底無理なはなしなのです。


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はたと気付いたことがあります。

アメリカが攻撃された場合ということしか想定されていないようですが、わたしは自作自演以外そういうシチュエーションを想像することができません。

アメリカがどこかを攻撃した場合(ほとんどがそうですが)も攻撃されたことと同じ解釈になるのですか。


攻撃ばかりしているアメリカをスルーして、攻撃された場合と言い繕うことの厚顔!卑劣!

煙のないところに火をつけて回ったのはどこのだれでしたか。
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by michi-no-yuri | 2014-04-23 13:30 | Comments(1)

規制緩和という地獄

車を走らせていると、ときどき住居の隣の狭い空き地に観光バスが一台か2台置いてあるのを目にするのですが、なんでこんなところに?といつも不審に思っていたのですが、後になって、貸し切りバスの規制緩和によって個人営業が可能になったということだったことに気がつきました。

よく起きる事故が、規制緩和によって過当競争を強いられることの弊害だということはさんざん言われてきたことですが、あらためて規制緩和の目的が何なのかという疑問はわたしの中でますます膨らむばかりです。


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規制緩和推進役の竹中平蔵の言説から浮かび上がってくるのは

終身雇用や正社員を無くすと同時に安心安全な場所も無くし、人々を(奴隷)市場に放り出して苛烈な生存競争にさらすということが目的ではないかということです。

その究極の目的は、そうしてカオス状態になった社会を、「かれら」に差し出して、コスモスの超管理社会にすることではないでしょうか。


小泉元総理は今の痛みに耐えて明るい明日をと言いました。

明るい明日がいつごろ訪れるのか、それはどのような社会なのかをきちんと聞いておくべきでした。

ペテンだと分かっていても言質はとっておくべきでした。


構造改革とは、日本の社会構造を破壊することの謂いでした。

まだ道半ばだった改革を竹中平蔵は完全に徹底的にやろうとしているのです。

かれの言う規制緩和の規制とはわたしたち国民の生きていく上での最後のセーフティネットのことです。

まさか国民に死ねとは言わないでしょうが、死んでもいいと思っていることは間違いないでしょう。


民営化、規制緩和は悪魔の言葉です。


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きょうの「正論」はその竹中平蔵でした。

貿易赤字の解消は、歳出削減と将来の税収と徹底した税の徴収だと言っています。

かれの言っている歳出とは社会保障費を指しているのだと思います。

総理が消費税の増税分は社会保障に回すというのをほとんどの人は信じていないと思われますが、竹中平蔵は回すどころか現状からの削減を言っているのです。


金銭感覚の乏しいわたしでも重税感を感じるようになっています。

これから血も涙もないような世の中になっていくのでしょう。

税金が払えない人、家賃や光熱費が払えない人はどうして生きていけばいいのでしょう、、


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by michi-no-yuri | 2014-04-22 14:21 | Comments(0)

二十一日 その二  「救国宣言」を発してほしい。

何か流れが変わったのでしょうか。

拉致被害者の家族会が国連安保理で拉致の解決を訴えました。

安保理が拘束性のある決議をすれば北朝鮮も動かざるを得ないだろうということでしたが、わたしは逆効果になるのではないかと気になりました。

それどころか、またスタート地点にまで戻ったように感じました。

なぜ、家族会は、直接北と交渉することを政府に働きかけないのでしょうか。

アメリカや国連を頼ることの虚しさをまだ感じられないのでしょうか。

国際政治に翻弄され利用されるだけではありませんか。


野洲川河岸の乗馬クラブ
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土曜日、TPPの最終交渉ということで、交渉の過程が刻々とテレビは伝えていました。

結果はどうだったのでしょうか。

なんか、うやむやになっていませんか。

TPPの内容や交渉の過程は徹底的に秘匿されていますから、結果も秘匿ということもあり得るのでしょうか!

甘利大臣がワシントンで交渉に当たっていたころ、安倍総理は笑いながら

「数字にこだわることも重要だが、それを超えたもっと大きな意味があるのだという高い観点から最終的な妥結を目指したい」と言いました。

こんな大事なことをどうして笑いながら言うのですか。言えるのですか。

プーチン大統領を見てください。

ニコリともしません。

人間、真剣なときには笑えないのです。

その証拠に、甘利大臣は思い詰めたような厳しい表情をしていたではありませんか。

とても頬の筋肉が弛むような状態ではないからです。


そうです。

数字にこだわるよりもっと大きな意味があるのです。

しかし、その「大きな意味」は、総理と国民では正反対です。

数字の問題ではありません。

富の収奪だけの問題でもありません。

国の大本が瓦解するということなのです。


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先日、総理は来阪して愛想を振りまいていました。

気楽なもんだというより、ちょっとおかしいのではと思いました。

おそらく、メインの目的は橋下市長に会うことではなかったでしょうか。

ほんとうに相性のいい二人です。

よみうりの例の番組にも出演したそうですね。

もう何年も見ていません。

嫌なもの見たさ感の強いわたしでも見ることができないのです。


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安倍総理を痛烈に批判しておられる福田元総理は、小沢さんとも近しいひとです。

どうか、憂国の士を糾合して、「救国宣言」のメッセージを発してほしい。

そういうメッセージが発せられない限り、国民は目が覚めないのです。
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by michi-no-yuri | 2014-04-21 17:40 | Comments(0)

二十一日 その一  春。

春です。

去年のいまごろ、行きつけの喫茶店の三十代後半のウエイトレスたちは、恋がしたい、恋もせずにこのまま死ぬのは嫌だとさかんにわたしに訴えました。

ところが、秋も深まったころ、いまも恋がしたい?と訊くと、彼女らは、えっ、なんのこと?というような顔をしたのです。

やはり、春には魔ものがいます。


そのときは黙って聞いていたのですが、後日わたしは恐る恐るこう言ってみたのです。

いい恋なんか万に一つもないこと、

遅かれ早かれ終わりがくるのだけど、いい別れなんて万に一つもないと。

彼女らは、そんなことはないという顔をしましたが、経験がないのですから当然です。

(なんか、わたしが経験あるみたいですけど)

しばらく行っていませんが、また彼女らの胸は恋を夢見て疼いているのでしょうか。

(言っても無駄ですが)恋に恋しているときが華ですよ。


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さくらも終わり束の間の静寂が訪れています。

新緑はさくらほどこころを乱しませんが、やはり掻き立てられるものがあります。

田に水が引かれ、鏡のような水面に白い雲が浮かぶころが好きです。

そこかしこからウグイスの囀りが聞こえてきます。

しかし、それもほんの束の間です。


先日、犬の散歩でシャガの花を見かけました。

自分の口から言うのもなんですが、わたしは密かに自分のような花だと思っているのです。

日陰にしか咲きません。

ひまわりも嫌いではありませんが、わたしにはただただ眩しくて。


華奢な体型でもないのに、わたしを見て「華奢な人ですね」と言ったひとがいました。

その人はわたしの内面の脆さ、はかなさを見たのだと思いました。

わたしの記事の文章からは想像できないと思いますが、そういうことなのです。


柿の葉も大きくなってきました。

わが家のさくらは、わたしが身をかがめるほど低いところで大きく枝を広げています。

したがって木陰の面積が広いのです。

木陰の上でこもれびが揺曳しているさまを見ているときがこの世の至福を感じるひとときです。


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by michi-no-yuri | 2014-04-21 11:05 | Comments(0)