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谷間の百合

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もう暗いはなしはできません。

「冬が好き」と書いたあと気が付いたことがあります。

最近、マスコミに取り上げられることが殆どなくなった非正規労働者やホームレスあるいは仕事を探している人たちにとって、この冬の寒さはこたえるどころか凍死、餓死の危険さえあるということです。

話題になった年末派遣村は恒例ではなくただ一度で終わったことを知りました。

もう政治は完全にそういう人たちを切り捨てたということですね。


テレビのニュースに流れるのは、ボジョレヌーボーだとか海外からの観光客が増えたとか高額商品がよく売れるという景気のいい話ばかりです。

おそらく官邸からの指示なのでしょう。

こういうことが秘密保護法の隠された目的の一つでもあるのです。

もう、景気の悪い話や貧乏臭いはなしは言えなくなるのだと思います。

すでに、かなり前から戦時体制に入っていたということです。


非正規労働者やホームレスや生活保護から洩れた人たちは、政治による救済も断たれ、社会の枠からも外れ、世間の視界からも消えるようにして、どんどん死んでいくことになるのでしょうか。

想像するだけでも身の凍るような思いがします。


立派な施設を擁する宗教団体はなんのために存在するのかと思います。

だれからも見捨てられた人々を救済する最後のセーフティネットが宗教ではありませんか。

それなのに、その日の食物にもありつけない人々に温かいスープの一椀でも喜捨しようというこころはないのでしょうか。


こういうことが書けるのもきょうが最後になるでしょう。



トモが生まれた納屋
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by michi-no-yuri | 2013-11-30 11:45 | Comments(0)

人心掌握術

飯山一郎さんの狂気の罵詈讒謗はもう収まったのでしょうか。

わたしは一連の飯山さんのやり方を見ていて、かって体験した在日との攻防wを思い出していました。

もっとも飯山さんが在日かどうかは分かりませんが、少なくとも、こんな日本人はいないだろうとの感触はますます強固なものになっています。


わたしが早くから石原慎太郎を日本人ではないと思っていたのは、日本人ならぜったいそういうことは言わないだろうという言動が余りにも多かったからです。

こないだも、選挙演説に集まった聴衆に、横田めぐみさんは金正日の「めかけ」だったと言ったそうですが、これなどは日本人ならぜったい言わないことでしょう。


かれらは非常に頭脳が優秀で、その優秀さのほとんどを人心掌握に費やしているといっても過言ではありません。

飯山さんも人心掌握術に長けています。

たとえば、これはと目をつけたブログを持ち上げ、褒めちぎる、もちろん、飯山さんの見る目は確かなのですが、それらのブログは飯山さんに言われなくても優れていることは衆目の認めるところなのです。

それでも褒めちぎるのが人心掌握術なのです。

それによって自分の権威を高めると同時に勢力拡大?につながるからです。

相手を立てているようで、自分のためなのです。

わたしはいや~な感じで見ていましたが、ほとんどの人は、なんとフトコロの深い公平な目を持った人かと思っていたのではないでしょうか。


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かれらの頭の良さに日本人は歯が立ちません。

なぜなら、その頭の良さは日本人には必要なかったからです。

日本人は人心掌握術を学ばなくても、なんとかかんとか「和」を保って生きてきたからです。


島田紳介なんかは典型なのですが、人はかれを恐れながらもその魔力のようなものに吸い寄せられていきました。

かれの持って生まれた暴力性を真の男の強さだと勘違いしたのです。

もし、日本人が、それが陽に当たれば溶けてしまうようなこけおどしの「強さ」だと気がついていれば、今のようにかれらに浸食されることもなかったのです。

かれらがいかに人心掌握術に長けているかは、何百万という信者を擁するかれらの宗教をみれば分かるではありませんか。

愚かなお人好しの日本人がホイホイと自らいけにえになっていきました。


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男の下半身と人格は別だと言われます。

その伝で、はたして人間性と思想は別だということがいえるでしょうか。


飯山さんは皇室を敬っているということです。

戦前は国民は天皇の赤子といわれ、赤きこころ(赤心)を皇室に捧げるものだとされてきました。

しかし、わたしは少し違うように思います。

赤心とは、邪心のない清らかなこころを意味し、それを大御心と言って皇室が自らそれを体現し、わたしたち国民の手本になっておられるということだと思います。


匿名でだれともつながらずに書けるということにブログの存在価値があるのだと思います。

わたしはその特権を大切にして、書きたいことを自由に書きたい。

匿名だから書けるのだという批判がありますが、それよりも問題なのは、匿名でさえ書けない、書かないということです。

人々が現実社会でいかに口を閉ざして生きているかがこれからも窺えます。




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by michi-no-yuri | 2013-11-29 11:31 | Comments(0)

冬が好き

わたしが高村光太郎が好きなのは、

「魂をとどろかして、あの強い、鋭い、力の権化の冬がくる」

とうたっているように、冬をモチーフにした数編の詩が好きだからです。


先日、朝熊山(あさまやま)の頂にある「金剛證寺」で撮った写真の一枚に、まつさんが「深呼吸したくなるような」とコメントをくださったのですが、これもシンクロなのでしょうか、実際、わたしはあの鳥居の前や境内を歩きながら何度か深呼吸をしていたのです。

魂に浸み透るような、魂を突き刺すような鋭い冷たい空気でした。

自然に涙がでました。


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光太郎に「満目蕭条(しょうじょう)の美」というエッセイがあります。


「冬の季節ほど私に底知れぬ力と、光をつつんだ美しさを感じさせるものはない。」

「私はその満目蕭条たる風景にこそ、実に活き活きした生活力を感じ、心をうたれ、はげまされ、限りない自然の美を見る。」

「木枯らしの吹きすさぶ山麓の曠野を行く時、たちまち私の心を満たしてくるのは、その静まりかえった大地のあたたかい厚みと、洗いつくしたような風物の限りないきれいさと、空間に充満するものの濃厚な密度の美しさである。」

「風雪の為すがままにまかせて、しかも必然の理法にたがわず、内から営々と仕事をしている大地の底知れぬ力にあうと、私の心はどんな時にも奮い立つ。」



この文章に、わたしが冬に感じるすべてが言いつくされています。


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ところで、光太郎は戦後、戦争に協力したということで批判され糾弾されました。

しかし、いち早く近代西欧文明の洗礼をうけ、日本の旧態依然の陋習を嫌悪したかれがどれほど全体主義や軍国主義を憎んでいたかしれないのです。

しかし、どんなに嫌悪し憎んでも光太郎は日本人でした。

宣戦布告の報に

「天皇危うし。ただこの一語で私の一切は決定した」となるのです。

光太郎のなかの日本は「天皇」という言葉に収斂されていたということでしょうか。


天皇という存在を、この現在に生きているわれわれと変わらない一人の人間としかみれないものには、光太郎のこのすべてを捨てて「陛下を守ろう」という切羽詰まった心情が理解されることはありません。

日本人としての自然な感情なのに。


日本はこれから「長く暗い冬」に突入します。

「満目蕭条の美」を感じるどころではありません。

しかし、たとえすぐに挫けるとしても「冬よ、僕に来い」と迎え撃つくらいの気概を持ちたいではありませんか。




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by michi-no-yuri | 2013-11-28 12:21 | Comments(3)

歴史は歴史に語らしめよ

テレビは連日猪瀬都知事を追及していますが、あきらかにかれは「いけにえ」としてマスコミの前に引きずりだされたのでしょう。

もうこうなったらじたばたしても無駄なのです。

すでに国民もこういうことには必ずウラがあることを周知しています。


そこで思い出したのが、小沢一郎さんとの違いです。

マスコミは小沢さんを取り囲んでマイクを突き付けることはしませんでした。できませんでした。

これが人間としての格の違いというものかもしれません。

もちろん、小沢さんはいかなる場合でも黙っておられました。

猪瀬さんも黙っていればいいものを、後ろ暗いところがあるからいちいち反応しては墓穴を掘っています。


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小澤さんは無罪になったとき、それまでを大変辛い日々だったと述懐されました。

わたしのような縁もゆかりもない人間でさえ辛かったのですから、その忍辱は想像を絶するものだったことでしょう。

ほんとうに凄まじいネガキャンの嵐でした。

そのたびに、わたしたちはほんとうのことを言ってほしいとどれだけ願ったかしれません。

しかし、小沢さんは「男は黙って・・・」とばかりに沈黙を貫かれました。

その姿勢は小沢さんにとって男の美学以上に人間の哲学だったのではないでしょうか。

相手は事実や真実なんか知りたいわけではないのです。

なにか一言言えば、それが燃料となってさらに憎悪の炎を大きくするだけだということが分かっておられたのだと思います。

人間のこころを持たないものに掛ける言葉はありません。

真実は自分の胸にあるという確信があるから沈黙を貫けるのです。

そうでない人間がうわずった声で汗をかきながら言い訳を繰り返しています。


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いつだったか、いろいろな分野の著名人が三島由紀夫の死についての感想を語っているものを読んだことがあります。

みんな見事に自分自身を語っていました。

司馬遼太郎なんかひどいものでした。

歴史の真実は、愛憎を超克し、時の風雪に耐え、自らその姿を現すときがくるでしょう。

想像力の中にしか真実はありません。

想像力とは何でしょう。

照れずに言えば「愛」です。




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by michi-no-yuri | 2013-11-27 12:04 | Comments(0)

イメージと実像

なんかイヤ~な流れになってきました。

中国が防空識別圏を設定したり、在日中国人に緊急事態に備えて連絡先の登録を呼びかけたり。

中国は本心は戦争したくないと思うのですが、内部に蠢動する解体の兆しを食い止めるために、こういう意思というかポーズを見せる必要があるのでしょうか。

ここにきてバタバタしている感じでいやが上にも不安が募ります。


毎日、総理の顔を嫌でも見るわけですが、あの緊迫感も苦悩の痕跡も窺えない顔を見る限り、とても戦争なんかしないだろうと思ってしまいがちです。

しかし、これが照子さんが二十五年前に予言した「恐怖の男」の恐怖たる所以かもしれません。

あの顔で戦争するというのは、日本人のみならず人類への冒涜、侮辱だと思えませんか。

戦争がどういうものか分かっているのでしょうか。

軍人がもっとも戦争に慎重だと言われているのは、少なくとも戦争の不条理や残忍性を知悉しているからです。

しかし、いまの自衛隊はどうでしょうか。


雨の猿沢池
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話は変わりますが、先日、ネットを彷徨っていたとき、
歴史のミステリーという番組で、西郷隆盛の写真の真贋を検証している動画がありました。

わたしは上野の西郷さんの銅像も肖像画の西郷さんも嫌いです。

幸い、あれは実物をモデルにしたものではないということだからいいようなものの、一度付いたイメージを消すのは至難です。


その写真は奥州で撮ったものだそうで、三人の人物が写っていました。

裏に、真ん中が西郷吉之助、右が西郷隆盛との記名がありました。

その西郷隆盛と記名のある人物は西郷さんの影武者としてよく知られた人物だそうです。

しかし、影武者と一緒に写真に納まることはあり得ないと歴史通が言っていましたが、なぜ、ありえないのでしょう。

世に公表したり流布させるために写したわけではないのですから、二人一緒に写っていても決して不自然ではありません。


その真ん中の人物は、銅像とも肖像画とも似ても似つかぬ風貌ですが、わたしにはこけおどしの西郷像を根底から覆してくれた貴重な邂逅となりました。

たとえ、あれが西郷さんでなくても、わたしから、こけおどしの西郷さんのイメージを払拭してくれたことだけは確かです。


いちばんよく知られている肖像画はまだしも、ほとんどは見るに堪えないものでした。

立派に描こうとして、見るも無残な西郷さんになっていました。

絵師の想像力で掴みとれるような人物ではないのです。


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司馬遼太郎の描く歴史的人物も日本人に固定のイメージを植え付けました。

あくまであれは司馬遼太郎のイメージでしかありません。

こうして歴史はつくられるという典型的な例です。

ちなみに、わたしは司馬史観が嫌いです。




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by michi-no-yuri | 2013-11-26 11:34 | Comments(0)

伊勢神宮のにわとり


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いつもは数羽いるにわとりの姿が見えないので、諦めて立ち去ろうとしたとき、林のなかに、目を奪うような白い輝きを放つ一羽が目に止まりました。

近寄っても動じる素振りも見せず悠然たるのも道理で、神宮のにわとりは神の使いで神使と呼ばれている格式のあるにわとりなのです。

わたしは自分よりも上座の魂であることを一瞬で感じました。

このように、今生では動物や鳥のかたちをしていても、人間よりも優れた魂を持ったものはたくさん存在するのだと思います。



エックハルト・トールが

「これは、わたしたちにとってはなかなか捉えにくい概念ですが、実を言うと、「時間」と「空間」は同じものなんです」

と言っています。(竹原信一さんのツイッターより)

しかし、わたしにとってそれは捉えにくい概念ではなく、ごく若いときからそう思っていました。

「空間」を「まるい」イメージでとらえるのは自然だと思いますが、わたしは同じように「時間」もまるい「円」として捉えていました。

だから、

「草木のように、いささかの努力も迷いもなく、舞い落ちる落ち葉のように、、、まるで、生まれていなかったかのように未練も痕跡も残さずに消える、これがいのち」

と竹原さんが言われることがすぐに理解できたのだと思います。

人間の生を直線や右肩上がりではなく、「円」のなかで捉えていたからだと思います。


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ペットに非常な苦痛を与えて死なせたとき、ときどき心臓のあたりに、ピンポン玉より一回り小さいまるいもの(マリモみたいだと思いました)が現れました。

それが現れるのは恐怖でした。

よく、胸が痛くなると言いますが、これがその究極の痛みなのかと思いました。

あの「まるい」ものは何だったのでしょう。



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by michi-no-yuri | 2013-11-25 16:24 | Comments(0)

伊勢と朝熊山 その二

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by michi-no-yuri | 2013-11-24 09:27 | Comments(1)

伊勢と朝熊山 その一

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by michi-no-yuri | 2013-11-24 09:10 | Comments(0)

歴史はつくられる

兄の蔵書の大半は専門書なのですが残り半分は近現代史、とくに昭和に関連するものが殆どです。

いつだったか、わたしが兄に「山本五十六ってアメリカと通じていたらしいよ」と言ったら、なにを言うかバカモンが!という顔で睨まれました。

しかし、わたしが独り言のように、これらの本の中にどれだけの真実があるのかなと言ったのは理解できなかったようで黙っていました。


歴史は信じないというのがわたしの信念みたいなものですが、卑近な例で言えば、副島さんがお釈迦さんは輪廻転生を否定していたと断定されたことが新たな歴史をつくっていくかもしれないということでも分かるのではありませんか。

こういう個人、あるいは組織の思いつきや悪意によってどれだけの歴史が捏造されてきたことでしょう。

もう、いい加減にしてくれませんか。


竹原信一さんは知識は誤解だと言われました。

誤解の断片が歴史になっていくということではありませんか。。

意識して嘘をばら撒く人、

無意識に嘘を垂れ流しているひと

世の中、右を向いても左を見てもうそばっかりです。

それなのに、どうして歴史が真実でありえましょうや。

さっき、芥川龍之介の「藪の中」を思い出していたのですが、
(小説は読んでいません)結局、真実は何だったのでしょう。


あるファクトがあって、それを見る人はバラバラな印象を語ります。

つまり、初めから混乱と誤解があるということです。


奈良公園にて。
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娘が五歳くらいのとき、知らないおじさんが遊んでくれたそうで、それを娘が「いいオッチャンだった」と言ったのを、たまたま来ていた姉が聞きとがめて「いい加減なことを言うものではない」と厳しく叱ったことがあります。

「オマエはその男の人の何を知っているのか」と。

最近になって、この姉の言葉が思い出されます。

先日も、兄の告別式で、初めて会う人たちへの予想や予断がことごとく外れていたことからも、もう、これからはだれに対しても、何に対しても予断は持つまいと思いました。

それはわたしにとって難しいことではありません。


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兄の膨大な書物はお弟子さんに貴重なものだけを選んでもらい、あとはきれいさっぱりと処分するということを聞いてわたしは大いに安堵しました。

兄はいい息子を持ちました。

父親の貪りや執心を、息子が一刀のもとに処断してくれたのです。

最高の供養ではありませんか。

わたしは、わけもなくこれで兄の人生は完結したのだと思って感動しました。

作りかけの「戦艦大和」のプラモデルも処分されるのでしょう。

それがもともとの「大和」の宿命だったのです。
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by michi-no-yuri | 2013-11-22 11:22 | Comments(5)

あこがれの生活

農家の長男や商売している人や職人さんなど生まれた家で一生を終える人がこの辺でもたくさんいるのですが、そういう人生がいまごろになって羨ましくなりました。

結婚してからでも五回引っ越しをしていて、そのために消費した時間、労力、お金を思うと取り返しのつかない喪失感にとらわれます。

生まれた家で一生を送るとなると、人生は落ち着いたものになり、それだけで思い煩うことも少なくて済み、生活が充実します。

人生まるごと堪能できるというわけです。

生きとしいけるものすべてのいのちの音に耳を傾ける余裕もできるのです。

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家は小さければ小さいほどいいと思っています。

立って半畳、寝て一畳と言いますが、わたしは四畳半の部屋に別に台所があるだけでいい。

時代劇の長屋の間取りです。

掃除なんかパッパッと掃き出すだけでいいし、ご飯だって一汁一菜どころか一汁にお漬物だけでもいい。

必要最小限の家具と台所用品を一生愛しむような生活ができればそれが幸せです。


先日、テレビで、引田天功さんが家を一七軒持っているのだと言っておられましたが、わたしは聞いてぞっとしました。

また、必然性もないのに憧れだけでモナコに住んでいる人がいましたが、すぐそこの郵便局に行くのにもブランドものを身につけていないと馬鹿にされるのだと言っていました。

身震いするほど嫌な生活だと思いましたが、本人は満足なのでしょうから何も言うことはありません。

豪邸があってお金も付けるから住んでくれと頼まれても、わたしはゼッタイお断りします。



漬物店の帳場
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戦後の焼け跡に立つバラックの写真なんか見るといいなあと思ってしまいます。

木っ端を拾い集めてきて七輪で煮炊きをし、家族全員が小さなちゃぶ台を囲んで食事をし、晩は、雑魚寝で折り重なるようにして寝るというような生活。。。

こういう生活への憧れはだれにもあるのではないでしょうか。

しかし、こんな簡素な生活がいいということになると、資本主義や新自由主義は困るのですね。

これから貧しいものはさらに貧しくなって否応なくそういう生活になるのですが、幸せ感など微塵もない過酷なだけの暮らしになるのでしょうね。

けだものの世界にも見られないよう弱肉強食の世界が現出するのだと思います。

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by michi-no-yuri | 2013-11-21 19:52 | Comments(0)