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谷間の百合

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感動したこと

感動 その一

「ポスト米英時代」様のコメントの次のような箇所を読んで、あゝ、そういうことだったのかと目からうろこというかまさしくこころが洗われるような感動をおぼえました。


「神風特攻隊に猛反対だった大西中将が自ら特攻隊を決意したのは、やけくそでも何でもなく、中枢が「くそじじい」のスパイだらけの中で、日本民族が生き延びるのはどうしたらよいかを考えた末の理性的な判断である。
そして、果たせるかな千年後の独立を託して切腹した大西中将の願いが半世紀後に実現しそうな気配である」



先日、わたしは特攻について、日本歴史の「珠玉」だと書きましたが、深い考えもなくほとんど無意識にそう書いたのは、わたしの内なる深層の直観だったのかもしれません。


もう敗けることが分かっていたのにあたら若い命を無駄に死なせたとか、やぶれかぶれの戦術だったとかという批判は下衆の勘繰りともいうべきもので、大西中将の精神の高みを知る日本人がどれだけいるだろうかと思わざるを得ません。

しかし、特攻隊員は知っていたのです。自分たちの死の意味を。

大西中将はあらゆる批判をすべてわが身一つに引き受けて日本の歴史、日本の精神を守ったということです。

無私の精神でなければできないことです。


またしても

「変わらずに生き残るためには変わらなければならない」

という法則というか真理が胸に迫ってきます。

日本民族が生き残るために特攻が必要だった。。

日本が日本であり続けるために特攻でなければならなかった。。




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感動 その二

小澤さんが招待を受けて駐日ドイツ大使館を訪問されたというニュースを聞いたとき、わたしは自分でもわけが分からないくらい感動し、しばらく目を閉じて嗚咽を堪えましたが後から後から涙が溢れました。

わたしがもっとも感動したのは、駐日ドイツ大使が「前任者がお招きせず失礼しました」と言われたことでした。

大使はその言葉に、この数年の小沢さんの言語に絶する心労、忍辱に同情と尊敬の気持ちを込められたのだと思ったからです。


わたしと同じような感想を持った人も多かったのか、阿修羅には70近いコメントが寄せられていました。

鬱屈していたこころの窓が開いて少しだけ外気が入ってきたという感じでしょうか。

もっともっと窓が開いてほしい。。



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by michi-no-yuri | 2013-09-30 14:21 | Comments(0)

女性を利用した安倍総理。

安倍総理がニューヨーク証券取引所で「女性が活き活きと働ける社会を目指す」と胸を張って演説をするのを聞いて、わたしは時代が何十年も後戻りしたような錯覚にとらわれました。

後進国の大統領の演説みたいだとも思いました。

日本の後進性をアピールしてドヤ顔の総理。。

IMFの指示をまともに受けて、自分は素晴らしいことを世界に向けて発信しているとでも思ったのでしょうか。


わたしはもうすぐ逆転現象が起きるのではないかと思っています。

つまり、「生活を見直そう」「家庭に戻ろう」というムーブメントが起きるような予感が。。

遅きに失したとはいえ、女性は幸福や喜びの源泉は生活のなかにしかないことに気がついていくのではないでしょうか。

真の幸福を阻害していたものが何かに気がついていくのではないでしょうか。


これからの日本で生きていくのは大変です。

生活を犠牲にして虚飾の世界にこころを奪われていった女性はそのうち立ち往生をすることになるかもしれません。

生きていくための知恵や生活の知恵を学んでこなかったことに愕然とするかもしれません。



総理の言葉に騙される人もだんだん少なくなってきたようです。

総理には何の信念もなく、だれかに言わされていることに多くの人が気付き始めたようです。

おなかに力がなく、言葉もトギレトギレにしか言えない総理は、腹話術師の人形そのものではありませんか。



総理はイチバン重要で喫緊の問題である非正規労働者のことを隠すために、女性に光をあてるフリをしたのです。

女性を利用したのです。



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by michi-no-yuri | 2013-09-29 11:57 | Comments(7)

国の借金とは? (つむじ風ブログより)

なんども言ってきたことですが、わたしは経済やお金のことがさっぱり分かりません。(これでよく主婦が務まっているものです!)

だから、長い間「国の借金」ということが分かりませんでした。

普通に考えて国の借金といえば、日本が外国からお金を借りていることだと思うではありませんか。

ところが日本は債権国というのですからますます分からなくなりました。

テレビでも、テレビに出てくるエコノミストと称する人も「国の借金」と言うだけでそれがどういうものなのかの説明はしてくれません。

そして、だから消費税が必要なのだと言うばかりです。

借金のつけを孫子の代にまわしていいのかと。

消費税に賛成だと言う人も一様に孫や子につけをまわしては可哀そうだと言います。

くわしく説明しないのは、自分たちの悪巧みを隠蔽するためではありませんか。

どうせ、国民はバカだから適当に小難しく言っておけばいいのだということですか。

なんだかまるで国民が借金しているみたいです。

借金が嫌いで生きてきたのに、知らない間に借金していることになっているようです。

一人当たり数百万の借金があると言われてびっくりです。


分からないなり考えたのですが、国のお金というのは国民の税金です。

ということは国が国民に借金していることではありませんか。

結局、国のやりくりがおかしいということではありませんか。


お金がないと言いながら、総理は外国に出かけると、中国と見栄を張りあうかのように、援助、援助の大判振る舞い。

そして、ボス(アメリカ)への上納金はうなぎのぼり。

上納金とはカツアゲみたいなものでしょう?

事を円滑、円満に収めるためには仕方ないのかもしれませんが、
ボスに脅されまくって出したお金のつけが国民にまわってきているということですから何をかいわんやです。

さらに悪質なのが、上納金からピンハネをし更にバックマージンをふところにする官僚や政治家です。

最近は、上納金なんてまどろっこしいとばかりに、有り金全部を要求しています。

それがTPP?

国は自分たちの悪巧みや不始末を国民のせいにして、騙しているのではありませんか。

責任転嫁しているのではありませんか。



以下に「つむじ風ブログ」を転載しますが、わたしには難しくて理解できたとは思えません。しかし、すべては「慣れ」ですからこういうことにも慣れていかなければいつまでたっても分からないままということになります。



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その昔、借金は力の誇示と称せられた事があった。

複式会計では、それに対応する資産を形成するからである。

理論上は、損失が発生したのではない。

 一旦、インフレがあれば、即座に利益が発生する。

資産はインフレにより価値が増大し、負債は額面上そのまま据え置きとなる。国家財政でも例外ではないのである。

 さて、

 増税して税収が多くなるという事は、完全にウソである。

そんな事は、企業家なら誰でも知っている。価格を値上げして、必ずしも収入が増えるとは限らないからである。

 そうであるなら、吉野家が、すき屋が廉売合戦をした理由は見あたらない。

一般に、価格と収入は最適条件を求めて熾烈な競争をしているのが、自由市場である。

そして、利潤の最大化を図っているのが、経営者というもので、国家の経営者を自認している官僚組織は、何を利潤と考えているかを推理すれば、自ずと明らかになる。


もう一度書く。

借金は損益に関係しない。

そして、国の借金は国民の借金ではない。

国民は債権者である。

しかし、増税は国民の支出であり、国による搾取である。

この循環がある限り、国の借金は、国民を搾取するための口実に過ぎない事となる。

 何故、性懲りもなく国は借金を増やし続けるのか? この疑問に対して、上記の事を理解すれば、事足りるのである。

国家を運営しているのは、官僚である。

建て前は、政治家と言う事になってはいるが、今の政治家に官僚の楯突く事は出来ない。

寧ろ、官僚の言いなりになっているのが現状であるから、国家の経営者は官僚という事になる。


国家の経営者は、何を考えているのであろう?

 経営者は、利潤の最大化を狙う。

そして、経営者はそれによる報酬を求める事となるのは、当然の論理である。

これが民間経営であれば、至極当然の話である。

が、国家は本来、公益のものであるから、官僚は公務員であるから、公益に徹しなくてはならないという原則がある。

国家、公益法人は利潤を求める性質のものではない。

しかし、利潤を求めているのである。利潤を言えば相応しくない。

利権を求めているのである。公務員に利潤の配当はないからである。

利潤の配当は債権者たる国民に益する。

 公務員が、公僕であるとの認識が廃れて久しい。

今の官僚は、そう言う事を微塵も考えない。利権に徹しているからだ。

なら、

どう考えるか?

知恵(悪知恵)を駆使して、手練手管を用いて利権を貪る。

利権とは官僚組織の温存と官僚自身の生活圏の拡大である。

天下り機関の増設と天下り企業の温存である。

そうであるならば、決して国家利潤は発生しない。

寧ろ、万年借金体質は永続する。
 
それで良いのである。
 
増税による国民からの徴収(搾取)さえ永続すればそれで良い。

と考えるなら、至極納得出来る消費税増であろう。

かといって、デフレが進行すると、財務体質は悪化する。

財務体質の悪化は、最終的には国家財政の破綻を招来する。

破綻は都合良くない。

そう考えるのは、経営者なら何処でも同じだ。

経営者失格で、更迭、そして、人員削減、報酬カットとなるのは、火を見るより明らかだからだ。

 借金体質を適正に保持し、財務悪化を来さない方法は、インフレ経済しかない。

これでアメリカも急場を凌いだし、これからもそうである。

世界経済は、今、その道をひた走っている。

日本もそれに追いつき、追い越さないまでも同列に並ぶ事が必要である。

そう考えたとしても、不思議はない。


借金体質を保持するのは、国民から徴収(搾取)する理由がなくなるからである。

国民が債権者といえども、その債務発生の機関は、機関投資家、すなわち、銀行・保険・投資機関・郵貯・・・を通じてである。

国民の大半は、なけなしの利息を申し訳程度に付け足されているに過ぎない。

官僚は、それらの利潤を保護しなければならない。

ひいては、天下り企業として歓迎されるからである。

 ましてや、国際金融筋から見たら、日本は結構なタニマチとなる。

IMFや世界銀行に対して、財政悪化にも関わらず融資するのはそのためである。

結構な天下り、いや、天上がりとでも言うべきであろうか、その先が確保されるのである。

そして、破綻必定のアメリカ国債は、無尽蔵に買わされる。

というより、買う事に意義があるのである。その行き先は、最終的には国際金融資本に行き着く。

その事について、詳報しないが、これまでにも書いてきた事だ。

 これは終局に於いて、国際陰謀に繋がるが、そこまでは論を進めない事としよう。又の機会だ・・・。

こうした状況の中で、どうすればよいかという事が重要だ。

察するに、この流れは大筋に於いて間違いなかろう。

所詮は各国国民は、ゴイム(異教徒)であって、搾取されるものと観られているのである。

それがこの度の消費税増税の基本ポリシーである。

権力がそう決めている。

だから、そうなる。

権力とは何か? 日本に於いては、官僚権力である。

その主は、国際金融資本である。

国家ではないが、国際権力である。官僚はその僕である。

その又、政治家は、官僚の僕である。

各国国民は、搾取される民である。この図式がここまでの世界構造であった。

だから、国家財政は悪化の一途を辿る。

そして、増税は限りなく続く。

しかし、法人税は減税されるのである。

 これからどうなるか、どうすればよいかは、又別の機会に書くとしよう・・・。

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by michi-no-yuri | 2013-09-27 11:04 | Comments(0)

本物の政治家に進化する山本太郎 いつまでも売国を続ける小泉純一郎。

きのう、「反戦の家づくり」を見ようと何度挑戦しても、問題が発生したとの表示が出て読むことができませんでした。

熱心な読者でもないのに、見られないとなると余計読みたくなり、3秒後くらいにその表示が出る前に必死で字を追って、何とか大体のことは分かりました。

初めに、山本太郎さんの大阪街宣の動画があり、その後が小泉元総理の脱原発発言への考察でしたが
深夜になって、それが「阿修羅」に転載されていたのを見て、なんと無駄な労力を費やしたものかと脱力感に襲われました。

太郎さんの動画が問題なのかと思ってみましたが、その動画はほかでもいくらでも見ることができましたから、やはり「反戦の家づくり」が当局?の有害ブログに認定されたということなのかなと思ったりしましたが、単にわたしのPCの問題かもしれません。

小泉元総理の「脱原発」の真の狙いはタブーなのでしょうか。

小泉元総理が投げた「脱原発」発言の波紋は予想をはるかに超え、ここにも書かれていますが、これまで脱原発の旗手であった人たちからも小泉さん頑張れ的な発言が飛び出してきたということで、それを知ってわたしはさらなる脱力感に襲われることになりました。

わたしもほんとの狙いには思いが及びませんでしたが、管理人様が

「いったい,あんたらどんだけお人好しやねん???
コイズミジュンイチロウやで!」

と言われることはわたしの感想でもあります。



このたびわたしはあらためて、三宅洋平さんの選挙フェスに飛び入り参加したときの山本太郎さんの30分におよぶ演説を聞きましたが、誇張して言えば、まばたきするのも忘れるくらい引き込まれました。涙さえこみ上げました。

凄いと思いました。

何が問題かを剔出して発信する能力を凄いと思いました。

そして、そう思えば思うほどわたしは恐ろしくなりました。

「かれら」が山本太郎を放っておくだろうかと。



(三宅洋平さんはこのときはじめて知ったのですが、「汚いな」という印象でした。

もちろん、この「汚さ」は外観からくるものではなく、たとえば、忌野恭史郎さんがどんなに垢染みた格好をしていたとしても、決して「汚い」と思わないだろうと言えば分るのではないでしょうか)


きのう書いたことですが、わたしも小沢さんに山本太郎さんの「キャラバン」に参加してほしいと思いました。

行く先々で「キャラバン」の後にひとりふたりと加わっていってそれが大きな大きなかたまりになっていけばどんなにいいだろうと思います。

以下に「反戦の家づくり」から一部を転載します。





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8月26日の毎日新聞で、小泉純一郎が「原発ゼロ」をぶち上げた。

なるほど、言っていることはそれなりにマトモであり、安倍晋三にとっても耳の痛い話であったのは確かだろう。
案の定、これまで脱原発の旗手であったような人たちも、小泉さん頑張れ的な発言が次々と飛び出してきた。共産党の議員や、保坂展人さんや、マガジン9や、生活の党の中からもそんな声が聞こえてくる。

失礼を承知であえて言わせてもらう。
いったい、あんたらどんだけお人好しなん????

コイズミジュンイチロウ やで。
こと政治に関して、まともなこと言うわけない。絶対にウラがある。
そう直感するのが、庶民の知恵ってもんでしょ。

コイズミと竹中平蔵の特長は、純粋な従米、純度100%のエージェントだということ。国内利権に一切ひきずられない。

それに比べると、安倍晋三は従来の右翼を固い支持層にしており、長州派閥から続く国内利権にがんじがらめにされている。前回のときもそうだったが、いつも米国のプレッシャーと国内利権との板挟みになって呻いている。

コイズミや竹中の言動を見ていれば、米国、なかでもネオコンや軍拡派の意向がストレートにわかる。余計なことはせずに、日本はとっとと資産を米国に格安で売却しろ。残った国土は、核廃棄場にする。
そういうことだ。

だから、奴らは消費増税や日本での原発には賛成ではない。上記の方針の妨げになるならば、むしろ反対なのである。
原発が危ないから反対なのではなく、脱原発運動がおさまらないと核廃棄場が作れないから原発ゼロなのである。

もちろん原子力協定があり、2018年までは米国から日本に濃縮ウランを売りつけることになっている。
しかし、米国は今や濃縮ウランよりもシェールガスをバカみたいな高値で日本に売りつけた方がお得だ。
(シェールガス輸入の危うさを小見野さんという専門の技術者が丁寧に解説している→ LNG輸出が認可された理由 )

そして、契約済みの濃縮ウランは、日本からアジアに輸出する原発にセットすればいい。日本国内よりもよほど伸びがある。

そして、原発輸出には、もれなく「廃棄物引き取りサービス」が付いてくる。
世界の核廃棄場=JAPAN となる日は近い。
2020年のオリンピックは、せめて最後にひと花咲かせてやろう という同情のあらわれだ。

■■

さらにコイズミの「原発ゼロ」が恐ろしいのは、脱原発運動を根こそぎにする可能性が大きいと言うことだ。あきらかに、それを狙って仕掛けてきた。

もともと、警察車両でアナウンスを流してしまうような、敵と味方を峻別しない「脱原発」運動は、原発さえ止まれば他は何でもいい、となってしまう危うさを秘めていた。
もちろん、そんな人は一部なのだろうが、今回のコイズミ発言に対する反応を見ていると、私も信頼している人たちが、コロコロと騙されているのでかなり心配になっている。

これで、コイズミ親子が、安倍晋三をねじ伏せるようなパフォーマンスで「原発ゼロ」を実現したらどうなるだろう。
時代は進次郎 ってことになる。もうおわりだ。

と、このタイミングで、脱原発の旗手から脱皮して、秘密保護法とTPPで国民の中に飛び込んで行った山本太郎さんの直感は、本当にすばらしい。直感なのか、理論なのか、ブレーンがいるのかはわからないが、現在の政治家で彼ほどセンスのある人はいない。

かつてこのブログで、小沢一郎さんに全国キャラバンをやって欲しい、と書いたことがある。まさに、それを山本太郎さんは今やっている。小沢さんも、ぜひ続いてほしい。支持者はどこにいるのか。永田町でもなく赤坂でもなく、全国通津浦々にいる。

他の議員さんや元議員さんも、どんどん便乗して、太郎さんの全国キャラバンに合流してほしい。彼は、できるだけ多くの人に結集してもらいたくて、あえて「今はひとり」でやっている。その真意をくんで、どんどん厚かましく便乗してもらいたい。

脱原発から、反TPPへ、反秘密保護法へ
そして反集団的自衛権へ、要するに戦争反対へと昇華していくことが、日本の運動には求められている。
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by michi-no-yuri | 2013-09-26 13:44 | Comments(2)

「変わらずに生き残るためには変わらなければならない」

小澤さんが野党再編に社民党との統一会派結成に動いておられるという情報にわたしはえ~っ?と思いましたが、きのうのサンケイは小沢さん自身が「俺は聞いていない、全然考えていない」と不快感を示されたと報じています。

小澤さんに関しては、小沢さんを恐れ憎むあまりに先回りしてデマを流すというのがいつものパターンなのでまたかという感じです。

(いまだに維新との連携の可能性について質問するバカがいるようです)


小澤さんは「民主党が頑張って受皿になる政党をつくるのが一番いい」と言われたそうですが、歴史的な政権交代を果たした民主党への思い入れの深さを思うと胸に迫るものがありますが、しかし、もうそれでは駄目なのではないでしょうか。


先の二回の不正選挙で、志のある有為な政治家のほとんどが心ならずも下野しています。そういう人たちを結集することが再編のカギになるのではないでしょうか。

もう、国会議員である必要も理由もありません。

そんなことを言っている場合でもありません。

わたしの一押しの亀井亜紀子さん、森ゆうこさん、三宅雪子さん、それに、元農水相の山田正彦さん、川内博夫さんなどなど。。

国会議員でなくてはという枠や思い込みを取っ払うのです。

国民を巻き込んでいくためにはかれらの力が必要なのです。

ネットだけでは弱いのです。

熱伝導が悪いのです。

爆発力がないのです。

志のある有為の人々が一つになって街頭に繰り出してほしいのです。

国民に声を聞かせてください。

熱を熾すのです。

街頭にでてください。


生意気なことを言うようですが、野党再編なんて悠長なことを言っている場合ではないと思います。



わたしが小沢さんだけだと思うのは、小沢さんの「言葉の力」「言葉への信」に惹かれるからです。

言葉への信頼は徹底的に毀損され、うそと隠し立てと自己保身のためだけに言葉が存在しているなかにあって、小沢さんの言葉だけが辛うじて言葉への信頼を繋ぎ止めてくれるのです。

言葉は生きている。言葉はいのちだと思うわたしにとって小沢さんの言葉は砂漠のオアシスなのです。


わたしは、小沢さんが映画「山猫」のなかの
「変わらずに生き残るためには 変わらなければならない」というセリフが好きだと言われるその人間的センスに限りなく惹かれるのです。

変わらなければいけないのです。

しかし、

国民は原発が爆発しても、かけがえのない大地が汚染されても、アメリカの傭兵になって関係のない人々を殺すことになっても、TPPで国がまるごと強奪されることになろうとも、変わることはなさそうです。

なぜなら自分のことだと思わないからです。


日本が日本として生き残っていくためには、国民が変わらなければいけないのです。

なぜ、いつまでも未練たらしく国や政府や他人に期待するのですか。

親子、夫婦はじめあらゆる人間関係において、自分はそのままでなぜ相手を責めて相手が変わることばかり要求するのですか。


自分が変わること、案外簡単かもしれませんよ。

先ず、自分が信じていることや考えていることに疑問を持つことから始めたら案外、簡単に変われるかも。。




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by michi-no-yuri | 2013-09-25 11:30 | Comments(0)

名もなき人の名前と総理の名前の違い。

安倍総理の原発視察の際のものものしい防護服姿が世界に少なからぬ衝撃を与えたようです。

オリンピックのプレゼンで胸を張って汚染水問題を「アンダーコントロール」と言ったこととの落差にショックと不信が広がったのでしょう。


ところで、そのとき、総理が胸につけていた名札の字が間違っていたことを自民党議員が問題にしたとサンケイが伝えています。

「この間違いがすべてを表している」と、東電の体質を非難しているのですが、こういうのを諺で何と言うかはポスト米英時代様に譲るとして、ほとんどの人が呆れて開いた口が塞がらないのではないでしょうか。


わたしはこういうことに目くじら立てる人間が嫌いです。

安部だろうが阿部だろうがいいではありませんか。

総理を見間違う人はいないのですから。


安倍総理も気付いて自ら名札を外したということですが、こういうときこそジョークで笑い飛ばし、「ノープロブレム」と言えばよかったのではありませんか。


「俺を誰だと思っている!」と口にはださなくても、それが顔に出ている男性がよくいます。

男性の嫌いなところのワーストスリーに入るくらい嫌な面です。

また、「自分をナニサマだと思っている?!」というセリフもよく耳にします。

別々の人間が言っているようにみええますが、これはコインのウラオモテの関係で、どちらも根っこは同じ権威主義者です。

現に権威主義者でないわたしはそのどちらの感情ももったことはありません。

間違いを怒った自民党議員も国民に向かっては「俺をだれだと思っている!」という顔はできないのでフラストレーションが溜まっていたのかもしれません。




そこまで東電を批判するなら、後を引き継いだ政府はさぞや鮮やかな対応をみせてくれるのかという期待は爪のあかほどもありません。

東電以上に隠蔽と嘘で世界を騙すことになるのは目に見えています。



わたしも個人名を書くときは注意しますが、イチバン神経を使うのは名もなき人の名前です。

わたしも含め、その人を特定するのは名前だけという名もなき人の名前を間違ってはいけないと思うからです。


総理の名を間違えてなにか支障がありますか。

マドモアゼル愛様など、やっと最近になって「安倍」になりましたが、ず~っと「阿部」でした。

だからといってそれを安倍総理だと分からない人はいないのです。




写真の草花はきのう犬の散歩のおりに摘んできたものですが
ゆりと山ぶどうくらいは知っていますが、わたしはほんとうに草花の名を知りません。

人間社会においては名前は必要ですが、草花はただそこに咲いているだけでいい。

木や花や草も名前があろうがなかろうが気にしていません。

人間の都合で一応名前が付いているのです。





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by michi-no-yuri | 2013-09-21 11:28 | Comments(3)

「日本の未来は君たちの双肩にかかっている」と安倍総理が言うとき。

総理の口から再稼働という言葉を聞かなくなってから漸くきのうになって5号6号の廃炉が明言されましたが、流れは廃炉から核ゴミ処分場ということになったということでしょうか。

ところで、総理はきのう

「日本の未来はあなたたちの双肩にかかっています」と言って原発作業員に檄をとばしましたが、作業員は「日本の未来」と聞いて何を思ったでしょうね。

未来どころか、応急処置に追われている毎日なのにと怒りさえ感じたのではないでしょうか。


「日本の未来は君たちの双肩にかかっている」とは、戦争前の若者にとっては耳にたこができるくらい聞かされたセリフでしょう。

戦争が終盤になっても、当時の指導者たちはそのセリフを言い続けたでしょうが、さすがに特攻隊員を前にしては「君らの死は無駄ではない」と言うのが精一杯だったのではないでしょうか。

たしかに、かれらの死は無駄ではありませんでした。

哀しくも美しい伝説になったからです。

日本の歴史にとってかけがえのない「珠玉」になったのです。



原発作業員もきっといつかは報われる日がくると、わたしは信じたい。

東京消防庁の出陣に際しては、全国民が祈るような気持ちで見送ったではありませんか。

なぜ、そのときの気持ちを現場作業員の人たちにも持とうとしないのですか。


いつも思うのは、作業員の数が少ないことです。

みのもんたではありませんが、タンク周辺の杜撰な感じも気になります。

吉田所長のような指揮官がいて、きちんとした日程表があって、先の見える作業が行われているとは到底思えません。

どうなっているのでしょうか。


総理が訓示をしている後ろの壁にたくさんの寄せ書きが貼られているのを見て、わたしはじぃ~んとすると共に、なぜこういうことをマスコミは報道しないのかと怒りがこみ上げました。

政府やマスコミがこういうことを伝えないのは広報のほんとの意味と重要性を知らないからです。

こころがないからです。





けさ、ある記事に

政府は集団的自衛権の行使の範囲に韓国も入れるらしいと書かれていました。

いっそのこと、全世界の国に範囲を広げたらどうですか。(笑)

保守派のひとはまだ気がつきませんか。

自民党が在日政党だということが。

韓国に不利になることはゼッタイにできません。

どんな嫌がらせをされようと、理不尽なことをされようと反論、反撃はできません。

もし、反論しようものならケリー長官のようにフルボッコされます。

「オマエに金を払っているのは何のためだと思っているんだ!」とネタニヤフ首相がケリー長官に言ったことと同じことを喚かれます。


火病という疾患を持つ民族の怒り、暴力はハンパではありません。

かれらはそれが怖くて何も言えないのです。

自民党が消滅しない限りこれが続くのです



安倍総理が徴兵制を敷き

「日本の未来は君たちの双肩にかかっている」と若者に訓示を垂れる日が来ることがないように祈りたいと思います。




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by michi-no-yuri | 2013-09-20 11:00 | Comments(0)

十九日 その二  ホーローのピッチャー

まつのつゆ様

あれからわたしもネットを見たのですが、いろいろな形があるのですね。

でも、身びいきかもしれませんが、わが家のがイチバンいいように思いました。

やはり、戦前のものはいいです。

よくよく考えられています。

注ぎ口の形状もこれがベストではないでしょうか。

はじめて認識したのですが、注ぎ具合のいいこと!

気持ちがいいので何度も水を入れては庭にでてそこらへんに注いで回りました。


母がよく使っていたのを覚えているのですが、

今は用途がなく、花器として使うくらいです。




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by michi-no-yuri | 2013-09-19 15:58 | Comments(2)

「あゝ、神よ、罪とは冷酷のことでございました」

小泉元総理の反原発発言は巨額の利権が生まれる廃炉ビジネスが目的だったようですが、その先に控えているのが、日本列島を使用済み核燃料の処分場にするというビッグビジネスです。

震災直後くらいに、わたしの大大大嫌いなJ・カーチスが被災地に赴き、衝撃覚めやらぬ被災者の手をとって、こころから同情しているという演技をしていたことや

小泉進次郎が復興政務官の肩書で頻繁に現地に行っては、特に何をするでもなく、することと言えば、女性にフェロモンを振りまくくらいでお茶を濁していることや

親子、師弟で怪しい動きをしているのです。

ムチを隠して口先だけのアメをばら撒いているのです。

そうでないというのなら、復興政務官として具体的な実現性のある青写真を出してみろと言いたい。

日本を核のゴミ捨て場にしようというのですから。。。絶句するしかありません。

かれらが日本人でないのは分かりますが、あれでも人間でしょうか。

良心を持った人間でしょうか。




このごろ思うことがあります。

本来、良心というのは人の数だけあるのが当然ですが、この世に生まれてくるときに忘れてきたり、徐々に失っていった人間がいる一方で、自分の過失でもないのに良心の呵責に苦しむ人がいます。

それで、この世に存在するものにはすべて定量があって、良心のない人間の良心は必然的にほかのだれかが負うことになるのではないかと思いました。

なぜこんなことを考えるようになったかといえば、中原中也の「冷酷の歌」という詩がよくこころに浮かぶからです。

中也の悲しみや呵責がどのようなものであったかは想像するしかないのですが、わたしには、良心のない人間の良心をわが身に負ってそれで苦しんだように思えます。

詩の一行目はこうです。

「ああ、神よ、罪とは冷酷のことでございました」

そうなのです。

冷酷こそ「罪」であり「悪」なのです。

中也は自分を冷酷な人間だと告白することによって世間の酷薄さを浮き上がらせたのです。

世の無情、無関心、無慈悲、酷薄に中也は泣いたのではないでしょうか。

わたしだって、その百分の一くらいはかなしいし苦しい。。。




電車の窓から。
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by michi-no-yuri | 2013-09-19 14:51 | Comments(0)

忘れてはいけないこと。

送迎バスの中で津波に飲み込まれた園児のことは、少し前に娘とその話をしていて、同じことなら母親の腕の中で死なせてあげたかったと思っていたことを思い出してきのうの記事に書いたのですが、
夕方のニュースで、遺族が起こしていた裁判の判決がでたことを知りました。

そのニュースの中で、園側が判決を不服として
「千年に一度というような津波はだれも予想できなかった」と言っていたことにわたしは強い違和感を覚えました。

千年前の津波といえば貞観地震を指しているのでしょうが、わたしはそれを持ち出すのは詭弁だと思いました。

なぜなら、この百年の間にも三度の津波に襲われていて、(主に岩手の沿岸ですが)それを経験した人もたくさんいるからです。

津波の大きい、小さいの問題ではありません。

「津波でんでんこ」の言い伝えや、ここまで水がきたことを後世に知らせるための石碑なども立っているのです。

被害が大きくなったのは、現代に生きる人々が祖先の声を聞くこころを失っていたからではないのでしょうか。

根底には、科学や文明の利器への過信があります。

その裏には、むかしを非科学的、迷信的だとする思い込みがあったのではないでしょうか。

確かに、科学は生命に対して、計り知れない貢献をし恩恵をもたらしました。

しかし、その過程で、人は科学を過信するあまりこころというものを疎かにしてこなかったでしょうか。

今回分かったのは、津波から自分のいのちを守るのに科学は何の役にも立たなかったということです。

被害は、先祖の思いを無視したことのしっぺ返しでもあったと思います。

どうか、どうか生き延びてくれよという先祖の人々の必死の思いが込められた言い伝えを現代人は忘れてしまっていたのです。



けさ、目が覚めてテレビをつけたら
三十歳くらいの男性が九十歳だという祖母のことをネットで紹介しているという話題をとりあげていたのですが、もう少し早く起きてきちんと見たかったと後悔したほどすばらしい内容でした。

祖母は自分でできる防災として土嚢を用意し、その土嚢も自分が持てる重さに調整したものだということを写真付きでネットにUPしていたのですが、なんとすばらしいことかと感動しました。

彼女は九十歳とは思えない精神と感覚のみずみずしさを湛えていて、語り口もじつに明快でした。

世の中には、年をとるほどに精神が闊達になり感覚が鋭敏になる人がいるのですね。

(タモリさんが言う、年を経るほど美しくなる女性とはこういう人なのでしょう)

わたしは、この祖母をネットで紹介した孫を、あなたは偉いと褒めてあげたい。


余談ですが、彼女は白い花を手にとり、きっぱりとした口調で、「白がイチバン」
「白に優る色はない」と言いました。同感!!




先日来、藤原紀香さんのブログ記事に賛同、讃嘆の声があがっていますが、だれが書こうといいものはいいということなのですが
ポスト様にならって言えば、彼女は偽ユダヤ、偽キムチのマドンナです。

(三原じゅん子さんは準マドンナ?)




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by michi-no-yuri | 2013-09-18 11:46 | Comments(0)