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谷間の百合

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アメリカの本命は石原伸晃さんだった?

自民党総裁に安倍さんが決まった日のNHK9時のニュースを見て、あれっ?と思ったことがありました。街頭でマイクを向けられた人の二人が安倍さんについてネガティブな意見を言ったからです。NHKはそれを安倍さんの前で流しました。
そのとき、安倍さんはアメリカにとって好ましくない人物だったのだということがはっきり分かったと思いました。
本命は、まさかの伸晃さん!?だったのでしょうか。

それ以外の局でも、総じて、安倍さんに好意的ではなかったように見受けられました。

従軍慰安婦発言はともかく、インドに、パール判事の子孫を訪ねていったことがアメリカの逆鱗に触れたのでしょうか。
一応、辞任は健康上の理由となっていますが、何か隠された真実があったのかもしれません。

日米同盟の深化とか、小泉改革の継承とか言ったのは、あるいは敵の目を欺くためだったとしたら面白いですね。
もしかしたら、安倍さんが、韓国人脈や統一教会人脈を独自に持っていることが、アメリカにとって不快なのかもしれません。何でもアメリカを通じないといけないことになっているのですから。

わたしにとっては、中川秀直、甘利明、菅偉義など、腹の黒い人間(菅さんは目が暗い)が側近にいることが、安倍さん個人への悪感情以上に安倍さんを忌避する要因になっているのです。
甘利さんなんか思わず、「日本なんかどうなったっていい!」と叫んでしまった人ですよ。


畑仕事が忙しい。
やっと、キャベツの苗を植えることができました。去年は植えるのが遅くなって、葉っぱが巻きませんでした。

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by michi-no-yuri | 2012-09-29 11:18 | Comments(0)

自民党はアメリカに依拠するしか生き残れない。

自民党総裁に安倍晋三さんが決まりました。
だれがなっても、従米路線に変わりがないばかりか、ますますそれが深化していくことでしょう。

だから当然、安倍さんのスローガンである「戦後レジームからの脱却」の中に、アメリカの占領政策は入っていません。
安倍さんの頭にある「戦後レジーム」とは、主に、朝日新聞などによって作られた(捏造された)自虐史観のことだと思われます。
「美しい国」を損ねたのは、自虐史観だということです。モチロン、わたしも同感です。
しかし、その自虐史観をウラで操作したのはだれなのでしょう。
いつの間にか、右も左も、うまく懐柔されてほんとうの敵から目を逸らされてきました。

安倍さんが、南京事件や慰安婦を取り上げて問題化することは、アメリカの望むところです。簡単に言えば、日本人の中国や朝鮮への対抗意識を掻き立てることが、安倍さんに与えられた役どころだということです。

しかし、中国政府が自国民に対してそうであるように、その対抗意識や不満が自分たちに(アメリカに)向かってくるような事態にでもなれば、安倍さんは即失脚させられることでしょう。
所詮、自民党も安倍さんも、日米同盟に依拠するしか生き残れないということです。

安倍さんの豊富な人脈は、強味であると同時に弱味であり危険でさえあります。統一教会との縁を断ち切ることができますか。(もっとも、統一教会自体風前の灯かもしれませんが)
保守層がもっとも嫌悪する朝鮮カルトと安倍さんの関係は、すでに広く人の知るところとなっていますが、そこには目を瞑っても安倍さんを支持したい人がたくさんいるのも不思議な現象です。

拉致問題に熱心だという評価には呆れます。いまだに経済制裁の強化しか言えない人間になにを期待するのですか。
被害者家族の中に、安倍晋太郎さんだけが自分たちの訴えに耳を傾けてくれたと信頼を寄せておられる方もいますが、真相は、安倍さんが、親しい統一教会を通じたら、何か分かるかもしれない、交渉の糸口が掴めるかもしれないと思われたということではないでしょうか。もちろん、わたしの想像です。

マドモアゼル愛様が、ホロスコープで見られたら、安倍さんは、ほんとうに日本を愛している人間だと出たそうですが、そうであっても、根本のところで間違っていたらどうしようもありません。
安倍さんに、圧倒的、決定的に不足しているのは「胆力」です。
(あの石破さんに地方の支持が集まったのは、実際はどうか分かりませんが、一見、胆力があるように見えるからではないでしょうか。)


(わたしもホロスコープで見てもらったことがあります。欣喜せんばかりに嬉しかったのは、「永久の精神障害から守られている」と出たことです。)

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by michi-no-yuri | 2012-09-27 10:44 | Comments(1)

「私を病院に入れないでください。」

久しぶりに、それを手にとりました。
見るのが辛いので、抽斗の奥に仕舞っていたものです。

母の定期入れ(カード入れ)なのですが、その中に、二つに折った紙片が入っていて
そこに、長男の住所と電話番号、そして、その下に、やや大きい字で
「私を病院に入れないでください。」と書かれていたのです

そのころは、かなり病状も進行していたのですが、それでも、それとなくお別れを言いたい人のところへ出かけたりしていましたので、いつ倒れてもいいように用意をしていたのだろうと思いました。
しかし、その後、ふと、これは長男への強いメッセージではないかという思いが浮かんできました。
世の長男に共通の性向ではないかと思うのですが、兄は、母にたいしていつもぶっきら棒で命令口調でした。照れもあるのでしょうが、それにたいして母はいつも黙ったままなので、およそ意思の疎通など成立するわけがないのです。
そういうことなので、直接自分の思っていることを言えず、紙に書いて伝えるしかなかったのではないかと思いました。

母はそれほどまでに、病院に行くのを拒みました。
そして、自分のことが言えない母が、一世一代の「わがまま」を押し通したのです。
(「私を病院に入れてしまえば、あんたたち子どもは楽だもんね」と、こんな嫌味さえ言ったのです。)

先日の「しほ」が死んだときにも思ったことですが、ほとんどと言っていい人が、家族の看病を受けることなく、病院で死んでいきます。それが当たり前のことになりました。
病人が、たとえ家にいて治療したいと思っても、それが言えないし、できない空気ができているのです。

しかし、看病するということは、「喜び」であり「幸せ」なことなのです。そのことをほとんどの人が知らずに、自分もまた病院で死んでいくのです。

認知症や寝たきりになった配偶者を、在宅介護している夫や妻がたくさんおられるようですが、その大変さは想像に難くありません。
しかし、あのときは大変だったけど、人生の中で、もっとも充実した時間だったと、後になって思い出されるのではないでしょうか。わたしにはそう思えるのです。

今は、核家族で、多くの女性が外へ働きに出ているので、在宅介護なんて夢のようなはなしです。
しかし、愛する家族を看病する喜びを捨てても、働きにでることが価値のあることだろうかと思うことがあります。人生の価値ってなんだろうと。。。

竹中平蔵が、女性の労働力が日本経済の成長の鍵だというようなことを言っているそうですが、竹中平蔵が言うというだけで、それが陰謀だと分かるではありませんか。
社会の仕組みや家族制度を破壊して、より多くの奴隷を生み出すことがその目的だと分かるではありませんか。

「しほ」が立てなくなってからの一週間ほど、安らかに死んでほしいと祈るような気持で看病できたことは「喜び」でした。
しほ! もっと看病したかったよ!

母の看病のときは、経験もなく、知識もこころも貧しくて、とてもとても看病したなどとは言えないのですが、いまなら落ち着いて、こころを込めて看病できるのにと思うと涙が止まらなくなります。

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by michi-no-yuri | 2012-09-26 11:03 | Comments(1)

今が日本の運命の岐路?

マドモアゼル愛様の「戦争屋さんにそんなに乗りたいですか」の記事から。

≪すでに国民は売り飛ばされているのと同じである。しかし、売り飛ばした上の者たちも、時間と状況が切迫してきている。彼らにはみずから富を生み出す力はなく、しかも自らの欲のためにデリバティブにおける失敗があり、その清算の時期が迫っている。

彼らとしてもとにかく急ぐしかない。なので、やり方が露骨になっているのである。野田も石原も自分がやっていることがどんな意味を持っているかはもちろん知っている。また、多くの良識ある人に見透かされていることももちろんわかっている。

しかしそれでも知らん顔をして、役割に徹していくという厚顔でやるしかない、、、。≫


「かれら」は富を搾取、収奪するシステムを作り出しただけで、みずから富を生み出す力はないということですね。
そのシステムが行き詰まってきたから焦っていると。
なんとか、危機や脅威を煽ってそのシステムを軌道に乗せないと、自分たちのお尻に火が付きそうということが、尖閣騒動の動機ですか。。。
でも、だれだって戦争は嫌でしょう。責任ある立場の人は尚のこと戦争は嫌でしょう。
だから、戦争を煽っているのは、微塵も責任感のない連中なのです。

しかし、「盛者必衰」は宇宙の「理」(ことわり)です。
少し、滅亡を先延ばしにしたところで、いずれ必ずそのときはきます。歴史を俯瞰すればよく分かることです。


以前書いたことですが
ナチスは、ゲットーの中に、ユダヤ人自身に評議会と警察組織をつくらせました。
選ばれた人間は、ナチスのイヌとなって同胞を苦しめましたが、結局最後は一人残らず絶滅収容所に送られたのです。
そして、わたしはこう書きました。
ご主人は気まぐれだから、いつまでもいい思いができるとは限らないと。
しかも、そのご主人自身がその後どうなったかを考えると。。。。

野田政権のみならず、日本の上層部の人間は、宗主国のご機嫌をとることに汲々としていますが、いったいそれは何のためですか。
モチロン、国のためではありません。このごろ、自身のためですらないのではないかと思えてきました。
野田総理自らがこう言いました。「わたしには、まったく私心はありません」と。
わたしには、それが「私にはこころがありません」と聞こえたのですが、どちらにしろ
これが自分のためですらないことを証明していませんか。
怖い怖いご主人をただ恐れる習性が身についた結果なのかとも思えますが、そんな思いをしてでも総理でいたいというのが、理解に苦しむところです。

≪私は野田や石原の力は今後急速に落ちていくと思う。日本はむしろ、それとは逆の方向に今後進むのではないだろうか。むしろ、そうした大きな流れに恐怖を抱いたこれまでの日本統治の上層部が、危機感を持って、あまりちゃんとした展望を持たずに、暴発した事態が現在の状況ではないか。≫

小沢新党に寄せる国民の期待に怖れを抱いたということでしょうか。
その証拠に、マスコミの小沢さん無視は徹底しています。

この尖閣に端を発したこれからの世界の潮流に、日本が舵取りを誤らないように乗り切ってほしいと祈るような気持です。小沢さん、お願いです!

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by michi-no-yuri | 2012-09-25 11:36 | Comments(1)

「日米同盟の強化」を訴える鉄面皮な自民党総裁候補たち。

きのうの続きなのですが、
わたしは、改めて、日米同盟によって日本は守られている、だから、どこの国も手を出せない、だから、平和なのだということが、無意識のレベルで、日本人のあらゆる層に染みついていることを思い知らされています。
しかし、そう思っているのは日本人だけで、中国、ロシア、南北朝鮮はそうは思っていないでしょう。日本はアメリカの保護領だと思われているのではないでしょうか。
そういう意味で、どこの国も手を出せないというのは当たっています。

ちょっと考えれば、日本が守られているのでないことは、中学生でも分かることですが、
いつの間にか、そのちょっと考えることさえ日本人はしなくなっていたのです。
沖縄を除き、米軍基地の存在は、ごく日常的な光景として日本の風土に溶け込んでいるかのようです。


テレビで、自民党総裁候補の五人が街頭演説で、揃って「日米同盟の強化」を訴えていました。テレビで流すのは、一人につき10秒にも満たない時間なのですが、その数秒の中に、必ず、そのフレーズが入っていました。
上からの指示というより、例によってお家芸である「忖度」の精神が発揮されたということかもしれません。目出度く、視聴者の耳には「日米同盟」だけがインプットされたようです。

民主党によって日米関係が毀損されたので、自分たちが修復しなければならないという使命感があるようなのです。正確には、民主党ではなく、鳩山さんによって毀損されたということですが、心配には及びません。その後の二代にわたる総理によって修復を通り越して、すべてがアメリカに言われるがままの政権になりましたから。

世界で反米デモが起き、日本でも微かに「対米自立」の声が聞こえてきたというのに、
かれらはいったい何を見聞きしているのでしょう。何を肌で感じているのでしょう。
何も見ていないのです。目とこころは、ひたすらワシントンを向いているのです。

わたしにとって、野田総理は希代の嘘つきであり、安倍さんは希代の恥知らずです。
安倍さんなんて、顔を見るのも嫌だ。
戦後レジームからの脱却なんて、そんな大事業が何であんな人にできましょう。
そのことは、在任中に嫌というほど思い知ったはずなのに、忘れたのか、アメリカにコントロールし易い人間だということで推されたのか分かりませんが、恥を重んじる?日本人が、なぜ、まだこんな人に期待するのかとつくづく虚しくなります。
それに、あの異形にして異相の石破さんが人気があるというのもわたしの理解を超えます。伸晃さんのことは、論外ということで。

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by michi-no-yuri | 2012-09-24 10:46 | Comments(0)

「宇治川」 河畔にて。

山崎行太郎さんの「戦後から戦前へ」について。

≪日本人は「対米自立」を実現したければ、それは同時に「戦争の可能性」をも引き受けることを意味することを知るべきだ。≫

全然、違います。
日本人は長い間そう思い込まされてきたのです。それが、まやかしであることを、尖閣騒動が浮き彫りにしました。アメリカが一人の老害売国奴を指嗾して、尖閣危機を演出したことが、わたしたちの目にはっきり分かったのです。

「戦争の可能性」つまり、戦争を引き起こす要因は二つあると思います。(急に考えたことなので、外にもあるかもしれませんが)
一つは、戦争利権です。
二つ以上の国を仲違いさせて脅威を煽り、そして、戦争にもっていくことで、お金が儲かる仕組みの戦争経済のことです。

二つ目は、「油断」です。
太平の夢を貪っている国、国民が、侵略を誘発するという歴史的事実は沢山あります。

 ≪今、「対米自立」を志向するということは、日本が日本独自の軍事力で自主防衛体制を構築し、軍事的に自立すると言うことである。≫

ここで、山崎さんはなにを言わんとしておられるのでしょうか。
覚悟を持て、ということを言っておられるのなら、その通りです。
国民の覚悟に優る軍事力はありませんから。

世界を見ると、どんな小国でも自主防衛体制を築いているのです。
こんな当たり前のことさえ日本人は考えもせず、しようともしてきませんでした。
正確に言うと、アメリカがそうさせなかったということです。

≪戦後日本の「平和」は、反戦平和主義というイデオロギーによってではなく、「日米軍事同盟」ないしは、「従米隷属体制」と言われる戦後的政治システムによって保護されていたに過ぎない≫

これも違うと思います。
「冷戦構造」によって均衡が保たれてきたというのが「平和」の実態ではありませんか。
戦後の政治システムを軍事同盟とか隷属体制だとか簡単に言われますが、「戦後史の正体」を読むまでもなく、アメリカに抵抗して失脚した政治家の存在や、軍事同盟はおろか、日米同盟という言葉さえタブー視されてきた歴史もあるのです。

それがどうでしょう。今の政治家は、恥も外聞のなく嬉々として「日米同盟の深化」を叫んでいるではありませんか。わたしは、恥かしさと怒りでそういう人間の顔を見られないのです。

「対米自立」なんか出来っこないと思っている人が、とくに政治家に多くいます。
わたしも簡単なことだとは思いませんが、出来っこないことはないのです。
考えようによっては簡単なことなのです。
唯一それを可能にするのが、国民の覚醒と覚悟です。これほど強いものはありません。
そうではありませんか?!

ほんとうに、日本はアメリカによって骨抜きにされました。
アメリカは、もう日本人には気概も誇りもないと見切ったから、こうまで傍若無人に干渉してくるのではありませんか。
アメリカの意識には、依然として日本は無条件降伏した国であり続けているのではなかろうかと、このごろよく思います。わたしたちは、無条件降伏した国の国民のままなのではないかと。

日米同盟とはこういうことではないでしょうか。
金のなる木である日本はアメリカの保護領なのだから、だれも手をだすな!
金のなる木はだれにも渡さない!
これがアメリカの本音ではないでしょうか。
中国もロシアもこのアメリカの本音をよく知っていることでしょう。
流れによっては、アメリカと中国が手を組んで、日本を潰しにくることだってあり得ないことではないでしょう。

「尖閣軍事衝突に勝負あり」なんてトンデモナイ!
いまだ、戦争のイメージが日露戦争で止まったままの人がいるのですね。
もしかしたら、これからが本番かもしれないのに。

≪仮に、戦争になれば、勝ったとしても悲惨は避けられないし、これからの時代、戦争という愚かな対立競争は卒業すべき時に来ている。≫(つむじ風ブログより)

ほんとうにそう思います。たとえ、勝ったとして、それが何をもたらすでしょう。
負けた国の国民の(勝った国の国民も)悲しみや恨みを背負い続けるだけではありませんか。そんな負の連鎖に終止符を打ちたいとは思いませんか。



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by michi-no-yuri | 2012-09-23 12:15 | Comments(0)

日本人に染みついた奴隷根性。

山崎行太郎さんの「日中軍事衝突に勝負あり!!」を読んで、わたしは、えっ!?と思いました。以前から、えっ?!と思うことがよくありましたが、今回のえっ?!は、その最たるものになるのではないでしょうか。

事態は「日米の素早い軍事行動によって、完全に封じ込められたと見ていい」と、最初から、山崎さんの中では、日米共同ということが既成事実として、何の抵抗もなく受け入れられているようです。それはそうですね。日米同盟ですからね。
うらを返せば、日本はアメリカなしでは戦えないとうことのようです。

「日本の言論人の中に、『対米自立』を主張しつつも『対中隷属』を主張している人がいることに驚く」として、孫崎さんを名指しで批判しておられます。
孫崎さんが、親中派とは知りませんでしたが、「冷静な対応を」「中国を刺激するな」というのは、大局的、現実的、常識的にみて当たり前の心情であり反応ではないでしょうか。わたしも、ドキドキしながら、沈静化するのを祈っていましたから。

アメリカはもう百年以上も前から、日本と中国、日本と朝鮮の離間政策をとっています。
アジアが一つになることを怖れているということもありますが、そうすることで得られる物心両面の利益がハンパではないからでしょう。
だから、「東アジア共同体」を唱導した鳩山さんは失脚させられました。
共同体はともかく、わたしは、両国とは距離を保ちながら、波風が立たないように
上手に付き合っていくことを願っていますが、朝鮮とは無理なようですね。
これは、決して、甘い考えではありません。わたしにとっては、すべての国が仮想敵国
です。これが安全保障の基本です。
その上でいかにうまくつきあっていくかということです

アメリカは日中が仲良くなることを許しません。
山崎さんは、石原慎太郎や政府の行動を評価しておられますが、日中を戦わせて共倒れ状態にした上で、漁夫の利を独り占めしようというアメリカの戦略を知った上で、尚かれらを評価されますか。

この記事の中で、わたしがもっとも違和感を覚えたのは、山崎さんが、「中国の属国になるくらいなら、アメリカの属国でいた方がいい」と言っておられることです。
どっちの属国になる方がましか、などというような発想がどこからでてくるのでしょうか。いやしくも、普通にプライドのある人間が口にできることではありません。
どっちも嫌に決まっているではありませんか!!
そういうのを奴隷根性というのです。

山崎さんは「三島由紀夫論」という本を出しておられますが、(わたしは読んでいませんが)三島由紀夫こそ「対米自立」のために自決したのではありませんか。
それは当時は理解されませんでしたが、今はどうなのでしょう。
小さくとも「対米自立」の声が聞こえてくるようになったと思うのは、わたしの空耳でしょうか。

品性や知性のカケラもない、無責任極まりない石原慎太郎のような人間を、断固支持するとは、山崎さんも随分勇気のある方ですね。

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by michi-no-yuri | 2012-09-21 12:25 | Comments(1)

終わりを告げる鐘の音を聴きたい。

中国の反日デモは、たとえ数百、数千人でも大きく取り上げますが、日本の10万人に及ぶ反原発の官邸デモは、ほとんど無視に近い状況です。
しかし、それを国内メディアの偏向だと非難する人はいても、世界のメディアはどうなのかということに視線を向ける人はあまりいません。
アメリカやイギリス、中国などで、日本の大規模デモは報道されたのでしょうか。
わたしは、寡聞にして知らないのですが、そこから、浮かび上がってくるのが、IAEAとその上部組織が世界のメディアを支配、掌握している実態ではないでしょうか。

しかし、それも時間の問題かもしれません。ネットが真実を暴いていくからです。
それを、かれらは怖れ、いま、必死にネットに規制をかけようとしているということでしょう。

中国での反日デモは、政府の呼びかけで一夜にして終息しました。
わたしが、少なからず、中国に羨望を覚えるのは、善悪の判断は別にして中国では、政府と国民の関係が濃いということです。
濃いということは、敵意であれ、憎悪であれお互いが無関心ではないということです。
(人がもっとも傷つくのは、憎しみではなく無関心だと言われています。)
中国政府は、絶えず、国民の動向に神経を尖らせています。無理もありません。
毎日、どこかで暴動が起きているといわれる国情ですから、いつ、どんな切っ掛けで
それが政府転覆の起爆剤になるか分からないからです。
ということで、中国政府は一瞬たりとも目を逸らすことなく、国民を見ています。
悪く言えば、監視(拘束、投獄)  良く?言えば国民の不満に敏感ということです。

逆説的に言うと、もし、諦めや無関心が社会を覆っていたら、暴動も起きないということになりませんか。

翻って、わが日本を見るとどうでしょう。
官邸デモがいくら膨れ上がっても、野田総理は平然を装っています。閣僚の面々にも、何の緊張感も見受けられません。個々の政治家がそれに危機感をもったという声もほとんど聞こえてきません。

国民を舐めきっているのです。国民にも舐められて仕方ない面があります。
どっちもどっちなのです。
どっちにも真剣さがないからです。別に真剣にならなくても、何となく生きてこられたからです。

これからは違います。
しかし、この「これからは違う」ということを、どれだけの国民が認識しているでしょう。どれだけの政治家が、当選時や就任時に言う常套句である「責任の重さに、身が引き締まる思いです。」ということの正念場が、まさに、いまなのだということを自覚しているでしょう。


「反戦の家づくり」様が、なぜ、反原発の声が無力なのかということを、次のように分析しておられます。


≪しかし、平和裏のうちに10万人20万人が集まって原発が止まるかというと、残念ながら絶対に止まらない。
なぜ止まらないのか。これだけの声を無視することは、自らの選挙にリスクはあるはずなのに。
要は、どちらのリスクが高いか、ということだ。

いかに極悪民主党といえども、できれば有権者にウケのいいことをやったほうが、選挙で楽なのは言うまでもない。しかし、いまそれをせず、あえて極悪政策を立て続けにおこなっているのは、それをやらなかったときのリスクが、有権者に嫌われるリスクよりも大きいからだ。

官僚のサボタージュに始まり、スキャンダルの暴露、検察による言いがかり起訴、マスメディアによる総攻撃、「米国を怒らせた」という脅迫、暗殺。
選挙のリスクどころか、選挙にたどり着く前に政治家として抹殺されてしまうリスクのほうが、はるかに大きいのだ。

そんな大げさすぎる、というなかれ。暗殺以外は、この2年半のあいだ、小沢一郎をめぐって私たちの眼前で繰り広げられてきたことだ。そのまんまだ。
たぶん、小沢以外の政治家であれば、とっくの昔に消し飛んで、運がよければ陶芸でもやりながら隠居生活、運が悪ければ獄中生活、場合によればあの世で雲上生活だ。


何が政治家にとって命取りか。その最大のものが「アメリカの意向に逆らうこと」だ。
これは、外交や防衛だけの問題じゃない。
日本というのはアメリカのアジア戦略のコマだ。コマとしてのあり方は、政治、産業、国民生活の全般に及んでいる。その重要ポイントにおいて、アメリカの意向に逆らっていないかどうか、それを政治家は敏感に察知しながら態度を決めている。≫



いつまでこんなことが続くのでしょう。
終わりを告げる鐘の音が、どこからか、微かでも聞こえてきてほしい。

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by michi-no-yuri | 2012-09-20 11:25 | Comments(0)

戦後の歴史は日本文化の喪失の歴史。

みにくいお鼻のパネッタ国防長官が、アジア歴訪の初日に日本にやってきました。
長官は、主権が対立する問題にはどちらの味方もしない、ということとセットのように、
尖閣は安保の適用範囲だと言いました。この二つは矛盾しないのかと思いましたが、深く考えると頭が痛くなりそうなので考えないことにしました。
要するに、どちらの味方もしないというのは、中国へのメッセージで、安保適用は日本への励ましのメッセージだということでいいでしょうか。

きょう、かれは次期首相の習近平さんと会うようですが、オモテには出てこない内々の話し合いが持たれるのかもしれません。
それにしても、パネッタ長官は嬉しそうですね。
この千載一遇のチャンスに、手を拱いていられなくて出しゃばってきたのでしょう。

しかし、極東の火種よりも、中東始め世界で広がりを見せている反米デモも相当深刻なことになっているのに、そちらを放置しても、こちらに干渉してくるのは、いよいよアメリカも詰まってきているということでしょうか。

だれかが、日米同盟は、日本よりもアメリカにとってメリットがあるのだと言っていましたが、ほんとに、考えればそういうことですね。
アメリカにとって、手っ取り早くお金がとれるのは、日本だけです。(可哀そうに、アメリカはもう日本しか頼れるところがないのです。)
こういう状態を逆手にとれる政治家は小沢一郎さんしかいないのに、小沢さんの不在がウラメシイ。

きのうのデモでは、毛沢東の肖像が多く掲げられていました。解説によると、中国人は反日よりも、格差社会に不満を持っていて、それで、貧しくとも平等だった毛沢東時代
への回帰願望が起きているのだということでした。
なるほど。
わたしは、すべからく平等に、という考えは持ちませんが、貧しくても、明るく、こころが豊かだったころに回帰したいという気持ちは、かれらに劣るものではありません。

お金を盗られただけなら何ということもありません。
昨晩は、床についてから、戦後の歴史は、日本から日本文化と日本の精神を喪失させられていった歴史だったのだと思い、茫漠とした気持ちになりました。
破壊と搾取を、自立や個性や成長という糖衣に包んで誤魔化し、これが新しい価値観だと喧伝されました。それによって、本来の文化、制度や習慣は、旧弊、悪弊のように思い込まされて、自らを恥じるようにして姿を消していきました。
確かに、悪弊や旧弊はありましたが、それを除去するさいに、これこそが日本文化の神髄だという「かたち」も一緒に、乱暴に葬ってしまったのです。残ったのは、味も素っ気もない合理主義でした。

その破壊されたもの、姿を消していったものの、目に見えるもの、目に見えないものも合わせた膨大な残骸、死骸を想像して、わたしは、さらに茫々たる気持ちになりました。

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by michi-no-yuri | 2012-09-19 12:30 | Comments(0)

「よし」と「しほ」の死から。

(「つむじ風ブログ」の「不思議な少年」の記事に触発されて)

日月神示は、共食いになるから四足を食べてはいけないと言っています。
わたしは、その言葉通りに理解しています。
すべての生きものは、形こそ違え、同じいのち、同じ魂だと思っているからです。

九年前に、延命治療のせいで苦しませて死なせてしまった「よし」という犬が、そのことをはっきりと知らせてくれたと思っています。

死の三日前、かれは、庭に行こうと覚束ない足取りで三段の階段を降りると妹(母犬が同じ)の傍らに立ちました。そして、遠くの青山高原、さらに遠方の鈴鹿山脈の方を向いて並ぶと、いつまでもその姿勢でふたり黙って突っ立っていました。
わたしは、ああ、かれは、自分の死を悟って、妹に別れを告げているのだと思って見ていました。(わたしには、とても長い時間に感じられました。)

それから、かれは畑に行きました。
土に鼻をつけるようにして、さも愛おしそうにその匂いをかぎました。
次にかれがとった行動を、わたしは、溢れる涙の中で見ることになりました。
かれは、空に垂直に顔を上げて、目を閉じました。
そして、鼻腔を膨らませて、一月末の冷たい鮮烈な山あいの空気を、胸いっぱいに吸い込んだのです。

わたしは、なんというものを見たのだろうと思いました。
その後、わたしは、目に見ることのできない「魂」というものを、そのとき見たのだと確信したのです。


先日は、「しほ」が死にましたが、癌はあったものの苦しむことなく自然に死なせてやることができました。
うちには、もう一匹「とも」という名の六歳のオス犬がいます。
かれは、後からわが家にきた「しほ」を頼りきっていました。

かれは、死の床にいた「しほ」から、二メートルほど離れて背中を向けて寝ていたのですが、「しほ」が少し動いたり、声を発したりするたびに、顔を振り向けて実に悲しそうに見たのです。苦しいというような悲しみの目でした。

「しほ」が病気だと分かったころかから、それまで同じ容器で水を飲んでいたのをぴたっと止め、ひとりお風呂場に行って飲むようになりました。「しほ」に与えていた壜詰の赤ちゃん用の離乳食にも、いくら勧めても決して口をつけようとはしませんでした。

かれは、「死」というものを認識していたということではないでしょうか。
人間が持つ、「死」への畏れや穢れを、本能的に持っていたということではないでしょうか。

人間も、ときに、土の匂いをかいだり、空を見るようなこころのゆとりを持ったらいいのにと思ってきましたが、その土も空も、放射能で汚染されてしまいましたね。
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by michi-no-yuri | 2012-09-17 10:57 | Comments(0)