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谷間の百合

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2017年 12月 10日 ( 2 )

十日 その二  野村克也さんに見てきた「男の美学」

マスコミに対応すべく玄関先にあらわれたノムさんの顔をみて、わたしは涙が止まりませんでした。
(以下、敬愛の情をこめてノムさんと言わせていただきます。)
あの騒動の間中、わたしは苦しかった、、
これほどの個人への人格攻撃が許されていいのかと。
BPO(放送倫理委員会)は何のためにあるのかと毎日悲憤慷慨していました。
ノムさんが初めてテレビで「読売」の名を出したのは、騒動が一段落したころだったでしょうか。
わたしはノムさんの言った「よみうり」の一言で、すべてが腑に落ちました。
読売はノムさんが阪神の監督に就任したことでパニックになったのだと思います。
ノムさんの実力と人気を恐れ嫉妬したのだと思います。
そこで考えたのが、なにかと派手な言動が目立つ妻の沙知代さんをスケープゴードにしてノムさんのダメージを計ることでした。
それに利用されたのが、浅香光代、世志凡太の夫婦だったのでしょう。

前川喜平さんは「読売」はメディアの名に値しない、プロパガンダ機関だと言いましたが、さらに諜報機関の匂いさえするのは、正力、ナベツネ両人がむかし何をしていたかを知れば自ずと納得できるのです。
ノムさんは辞任に追い込まれましたが、その間わたしたちは、ノムさんに「耐える男」の美学を見ていたのです。


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沙知代さんは、だれもがしているような脱税で逮捕されたのですが、そこから引き上げる捜査員が車の助手席からカメラにむかってピースサインをしたのが目に焼き付いています。
世論の期待に応えてやったぜと言っているようでした。
しかし、世論はそんなことを期待していたでしょうか。
逮捕されたのは冬の寒いときで、心配したノムさんがあったかい衣類をみつくろって差し入れしたら、趣味が悪かったのか「なによ、こんなもの」と言われたということでした。
沙知代さんが弱気になることはありませんでした。
ノムさんはそういう沙知代さんの気風(きっぷ)に惚れ、紗知代さんは、自分のために南海の監督の座をふったノムさんの一途な打算の無い男気に惚れたということではないでしょうか。
女に狂ったと言ってしまえばそれまでですが、男にとって最も大事な仕事を棒にふるということは並大抵の決断ではなかったでしょう。

なんでノムさんのことを思うと涙がでてくるのでしょう。

わたしが人間として信頼できるいちばんの条件は、「恥」羞恥心があることです。
汚いこと、悪いことができないのは、倫理観というより羞恥心ではないかと思うほど、わたしは「恥を知る」人を信頼します。
その恥とは、その人が生まれ持っている常識のようなものだと思います。
それを持っていないのが、いうまでもなく総理と妻の昭恵さんです。


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by michi-no-yuri | 2017-12-10 12:21 | Comments(0)

十日 その一  日本から「ふところの深い」人がいなくなりました。

朝鮮学校無償化の問題で、前川さんが「またも不可解な行動」とネットニュースが取り上げていますが、またもということは出会い系バーのことを指しているのですね。
前川さん自身は身の潔白に自信があったようですが、わたしは、官邸が女性にお金をつかませて嘘の証言をさせるのではないかと随分心配したものでした。
やはり、前川さんの人徳が勝ったということだったのでしょうか。

前川さんへの風当たりがますます強まってきています。
それで思い出したのが、植草さんに対する官僚たちの理解を超えた憎悪でした。
官僚は「赤信号、みんなで渡ればこわくない」という世界で生きているようですから、一人だけ赤信号で止まる人間がいることが許せないのでしょうか。
それへの憎しみは人間の本能のようなものかもしれません。


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無償化の問題ですが、わたしは教育の独立性の観点からも政治を介入させてはいけないと思っています。
いくら相手が政治的な動きをしようが反日教育をしようが、それに対して政治的な反応をしてはいけないのです。
ましてこの時期です。
子どもの喧嘩ではないのですから。
こういうときだからこそ、日本のふところの深さ、温かさを示すべきだと思うのですが、残念ながら、ふところのある人間は前川さんだけだったようです。
前川さんを悪くいう人たちは、ほんとうに日本の国益を考えているのでしょうか。
国益どころか、自分の感情を優先させているだけではありませんか。
感情と感情のぶつかり合いから、何かいいことが生まれますか。
慰安婦の問題にしても、軍の関与がなかった(そんなことはあり得ません)とか、慰安婦はウソをついているとか、まるで、犯罪者が少しでも自分の罪を軽くしようと躍起になっているように見えます。
そういうことを言えば言うほど、慰安婦像が増えていくのが分かりませんか。
わたしは、これがサムライの末裔を自称する人間のすることかと、その見苦しさに耐えられない思いです。
戦争犯罪で、ドイツがそういう態度をとったことがあったでしょうか。
こう言うと、西尾幹二さんあたりからドイツの犯罪とはわけが違うと言われそうですが、それだって見苦しい言い訳でしかありません。

不思議でならないのは、自虐史観にうるさい人たちが、地位協定には何も言わないどころか、見直しを言う人たちを反日左翼呼ばわりしていることです。
地位協定などは自虐の最たるものではありませんか。
ほんとうに不思議です。


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by michi-no-yuri | 2017-12-10 10:43 | Comments(0)