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谷間の百合

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2017年 06月 24日 ( 1 )

前川喜平という「正義」

「一部のもののために国の権力が使われることがもしあれば、国民の手で正さなければならない。そのためには事実を国民は知らなければならない。」
それが自分の問題意識だと前川さんは言いました。
しかし、わたしが日本記者クラブでの記者の質問を聞いていて感じたのが、その問題意識のなさでした。
国民の手でということは、先ずメディアが問題意識を持って事実を伝えなければならないのに、そのメディアに問題意識がないと前川さんは言いたかったのだと思います。
何か新事実が語られるのではないかと期待していたメディアは、自分たちが批判されていることが分かったでしょうか。
「国家権力とメディアの関係に非常に不安を覚えている。」
「第4の権力であるメディアまで私物化されるということになれば、日本の民主主義は死んでしまう。」

と前川さんは言いましたが、そもそも、メディアに第4の権力という認識があるのでしょうか。
国家権力を監視し、国家権力の暴走を食い止めるために自分たちに権力があるということを分かっているのでしょうか。
かっては、政治家も警察も第4の権力であるメディアを恐れていたのに、いつのまにか力関係が逆転していました。
逆転させたのは、問題意識を失ったからです。
それによってメディアは急速に劣化し、権力に取り込まれていきました。
メディアが変われば日本は救われるのに、、
前川さんはそう思って、各メディアにアプローチしたのだと思いますが、最初のNHKでのインタビューは未だ公開されていません。


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恒例だというメッセージに、前川さんは「国民主権」「個人の尊厳」と書きました。
国家公務員へという体裁になっていますが、全国民へ宛てたメッセージであることは言うまでもないでしょう。

国家公務員も主権者である国民の一人だという意識を持っておかしいことはおかしいと何らかの形で伝えていくべき。
国家公務員も個人の尊厳をもった存在なのだから、思想、信条、信念、良心などを自分自身のものとしてきちんともっていなくてはならない。
そう前川さんは言いました。
個人の尊厳の前に基本的人権の尊重があります。
しかし、残念ながらこれを理解している人はそう多くはありません。
前川さんと前川さんの反対側にいる人間との間には天国と地獄の違いがあります。
愛がある人間と愛の無い人間の違いです。
子どもは話の内容は分からなくても、その姿からきっと愛や誠実や正義を感じたことでしょう。
教育的効果は絶大なるものがありました。

先日、わたしは、どこかに正義があると思うから人間は生きていけると書きましたが、その正義が前川さんでした。


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by michi-no-yuri | 2017-06-24 10:51 | Comments(2)