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谷間の百合

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2017年 06月 13日 ( 1 )

天皇の明るさが人々を立ち上がらせた。

「天皇がいなくなったら日本はいい国になるのか」は思いつきで書いたのではなく、長年のわたしの素朴且つ深刻な疑問でした。
姉もそうですが、なぜ自分が不利益を被るわけでもないのに、そんなに天皇を憎むのかというのも素朴な疑問でした。

集団には必ず自然発生的にボス(指導者)が誕生します。
ボスのいない社会はありませんが、もしあるとしたらそれは無法、無秩序、弱肉強食の世界です。
そして、そのボスは権力を持ち、その権力は必ず腐敗すると言われています。
そういう権力構造とは別に、権威として精神的、歴史的存在として二千年続いてきたのが天皇であり皇室です。
天皇制廃止を望む人は権力者に期待するのですね。
必ず腐敗するという権力に、、
それとも指導者がいなくても、国民の一人一人が自由に、自立して生きていけるユートピアが実現するとでも思われるのでしょうか。
人間はそれほど自立にたえられる存在でしょうか。


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きのう、天皇の全国行脚のことを書いたあと、わたしは気持ちが昂ぶってなにも手につかなくなりました。
敗戦のわずか半年後から始められた行脚は沖縄を残して昭和二九年に終わりました。
悲願の沖縄は、代わって今上天皇が行かれました。
当然、この巡幸はGHQの許可をとったものですが、GHQには、国民は天皇に怨嗟や敵意をもっているだろうから石でも投げられるのではないかと、それを密かに楽しみにしていたフシがありました。
たしかに、石を投げられたり、撃たれたり、刺されたりする危険はあったのです。
それにしても、歴史上、このような行動をとった元首、君主、指導者がいたでしょうか。
わたしはそれほどの偉業だったのだと思っています。
わたしは若いとき、国破れて、国民が悲嘆と不安の淵に沈んでいたときに天皇はなぜあんなに明るく笑っていられるのだろうと不思議でした。
後年、それは天皇の国民を元気付けよう、励まそうというこころからの願いから出たものだったと知ったときは泣きました。
もし、あのとき天皇が国民の悲しみに寄り添うように、同じように悲しい顔をされていたら、恐らく、国民は立ち上がれなかったのではないかと。
ほんとうに、底抜けに明るい顔をされていました。
政治家や軍人がさんざん天皇を利用し、何かと言えば天皇の名で国民を抑えつけ苦しめてきたにもかかわらず、国民は天皇を熱狂して迎えたのです。
わたしから見れば、そういう国民を無知蒙昧な人間だと見下すような人々こそ可哀そうな存在なのです。
無知蒙昧、大いに結構。
しかし、あなたたちは何も分かっていない、、

夜明け
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行脚にまつわるエピソードはたくさんあるのですが、そのなかのひとつ。

孤児院を訪問されたとき、帰ろうと玄関を出られたところで、4.5歳くらいの女の子(戦争孤児)が天皇のコートを掴んで離さないというハプニングが起きました。(写真あり)
困った天皇が「またくるからね」と言われて漸く女の子は手を放したのですが、そこを読んだとき、わたしは思わず、あっ 天皇が嘘をついたと声に出して笑ったものでした。
























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by michi-no-yuri | 2017-06-13 11:05 | Comments(0)