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谷間の百合

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2017年 04月 20日 ( 2 )

二十日 その二  曽野綾子さんは極右の差別主義者。

山本幸三地方再生大臣の
「一番のがんは文化学芸員だ。観光マインドが全くなく一掃しなければだめだ。」
という発言に対して、曽野綾子さんが
「少し気に食わない言葉を口にしたからといって、すぐ非難する社会的風潮にはついていけない」
と書いて擁護しています。
あれが、少し気に食わない程度の言葉だとしか思えない曽野さんは完全におかしい。
あの発言をそのまま通してしまうと、日本はまさに恐怖政治の独裁国家になります。
日本の一番のガンであり一掃すべきは学芸員ではなく、安倍内閣の総理と閣僚です。

曽野さんが言いたいことは「表現の自由」でも何でもなく、政府の言うことにいちいち文句をつける人間への嫌悪、蔑視なのです。
優生思想の曽野さんにとって、大衆は軽蔑すべき対象であり、そういう大衆がお上に楯突くことが許せないのです。
差別主義者が曽野さんの本当の顔です。
「愛」について語っても、本質は極右の差別主義者です。

次のガンについて書かれている部分は意味不明です。

「ガンを病みながら回復にむかって以前より濃密な日々を送っている人もいるのだから、ガンをいちがいに悪いものだと決めつけるのもどうかと。」
「会社や役所のような所では、がんと言われるほど頑固な人が、組織の中核を揺るぎないものとして支えていることはよくある。」


ここに書かれていることと山本大臣の発言の中のガンとどういう関係があるのですか。
まったく関係がありません。
なにがなんでも安倍政権を擁護したいようです。
なにしろ、安倍総理を誠実な人だと言うような人ですから。


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by michi-no-yuri | 2017-04-20 15:30 | Comments(0)

二十日 その一  「逝ってしまった」のは飯山さん。

飯山一郎さんの新井信介さんへの人格攻撃が人間としての一線を越えています。(今に始まったことではありませんが)
アクセスが増えたと自慢していますが、それは飯山さんの言葉を借りれば「どこまで逝くのか」「どこまで狂うのか」が面白いからだろうと思います。
面白がって読んで、読後必ず気分を悪くしていることでしょう。
飯山さんは血に飢えたドラキュラです。
相手のこころが破れて血が噴き出すまで徹底的に攻撃を加えずにはいられないのです。
まさに、朝鮮の血です。
もちろん、事実は知りませんが、そう思われても仕方ないではありませんか。
日本にはそんな人いないのですから。
日本人は気が弱いからそんな度を越すようなことはできません。
(いまふと思い出したのが、古い話ですが、竹入元公明党委員長が聖教新聞から連日悪口雑言の激烈な個人攻撃を受けていたことでしたが、よく似ていると思います。)

今回は乗ってくる人も少ないようで、いつもなら張り切る提灯持ちの亀さんもどこか消極的です。
つぎ、飯山さんが血に飢えたときにターゲットになるのはだれでしょう。
亀さん? 独りファシズムさん?

新井さんにも非があると思います。
前回の「文殊菩薩」の管理人や「つむじ風ブログ」が、とてもまともな人間が発するとは思えないような言葉で罵倒され攻撃されていた経緯を知りながら、飯山さんを「御大」などと持ち上げていたのですから。
わたしがもっとも疑問に思うところです。


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by michi-no-yuri | 2017-04-20 10:50 | Comments(0)