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谷間の百合

taninoyuri.exblog.jp

2017年 04月 12日 ( 1 )

特別なことより日々の生活

浅田真央さんを嫌う理由などどこにもありません。
福原愛さんを嫌う理由もどこにもありません。
みんなから愛されるキャラで、もちろんわたしもそんなみんなの中の一人です。
しかし、引退を発表してからのテレビの真央さんの扱いは異常ではないでしょうか。
どの局もトップニュースで伝えています。
そのたびにわたしがブツブツ言うと、帰ってきていた娘が「お母さんには、人に対して惜しむとか励ますというこころが無いのか」と文句を言うのですが、わたしがブログでつまらないことを書かないかと牽制しているのだろうと思います。
日本はほんとうにスポーツ大国ですね。
野球、相撲、サッカー、フィギアなどがとくに人気があります。
わたしも、かっては野球も相撲も好きでした。
高校野球も好きでしたが、いまは大嫌いです。
あんなもの無くなれば少しは日本も爽やかになるのにと思います。
夏の暑いさなかに、遠く離れた山の中のここにまで甲子園の方から熱狂の波動が伝わってきます。
テレビやラジオをつけなければいいという問題ではありません。
わたしは、とくに夏は静かであってほしいのです。
蝉の声や、いまもこの辺の奥の方では見かけますが、川で水遊びをする子どもの声などを聞いていたいのです。
そういう声や音が「静謐」をもたらしてくれるからです。
現代人は、そういう「静謐」を知らないというか、恐れているフシがあります。
幼稚園の子どもの声がうるさいとか、生活音が我慢できないとか言う人間は、決して「静謐」を求めているのではありません。
性質がひがみっぽく、ひねくれているからあらゆる音が自分への当てつけに聞こえるのだろうと思います。
そういう人間は、ほんとうの静けさにはきっと耐えられないでしょうね。


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これからオリンピックで、日本がどんどん落ち着きを失っていくのかと思うと、ほんとうにうんざりします。
スポーツだけが突出していて、その他の文化が衰退していくのを、このままにしておいていいのでしょうか。
スポーツの世界で、夢や努力を語るのもほどほどにしてほしい。


マドモアゼル愛さまの記事「特別なことよりも日々の生活」より抜粋。

特別なものを求めて、人生を棒に振る人のなんと多いことでしょう。

自分はそんなにすごい人間でしょうか、、、自分はそんなに人と違う特別な存在でしょうか、、、自分は本当に他の人よりの偉いのでしょうか、、、、、

実際の自分と離れ、人はコンプレックスに支配されることで、いつしか、夢や特別なものが、重大なもののように見えてきてしまうのです。

そんなものは、あるわけがありません。特別なものは、確かに存在しますが、それは、結果として勝手に訪れるもので、来なかったとしても、何もおかしなことではないのです。

本当に意味があるものは、日々の生活以外にはないのです。この質をおとしめ、この喜びを奪うことで維持できている政党も個人も、私はフリーエネルギーの本質からずれているので、成功することはないと思います。

特別なものを求めるのは、自分の劣等感から来ている以外にないのです。人生に特別なものなどありません。

結果として特別なものが来てしまうことがあるだけ。

目を覚まして、だまされず、決して犠牲にしてはいけないものに早く気づく必要がある、、、そんな時代になっている気がします。



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by michi-no-yuri | 2017-04-12 10:01 | Comments(0)