ブログトップ

谷間の百合

taninoyuri.exblog.jp

2017年 03月 12日 ( 2 )

十二日 その二  「すぐれもん」をつくる教育とは?

マドモアゼル愛さまが
「安倍氏は人間的には憎めない面がありますが、やってきたことは身内可愛がりであり、そこにつながる人たちを、浮彫にさせる働きをしました。」
と書いておられます。
人の欠点ではなく長所を見ようとされる優しさかもしれませんが、身内可愛がりがトンデモナイことになっているのではありませんか。
単なる身内可愛がりなら、政治の腐敗で片付くのですが、そうではないから問題なのではありませんか。
総理のしてきたことは、戦争のできる国づくりという一点でした。
戦後レジームからの脱却とは、属国からの脱却ではなく、自虐史観からの脱却であり、日教組を潰すことでした。
それが森友で炙り出されたのです。
瑞穂の国小学校は自虐史観の否定の象徴になるはずでした。
今起きていることは自虐史観の反動なのでしょうが、わたしはどちらの見方(味方)もしません。
日教組による教育の偏り、歪みは、子どもを通じて嫌というほど知らされましたが、だから、教育勅語とはなりません。
世界が森友で注目するのは、土地取得の不正疑惑ではなく、まさに、戦前の戦争に至る軍国教育の復活でした。
総理によって、日本が戦後国際社会で営々と築いてきた信頼が音をたてて崩れたのです。

わたしは、籠池理事長が自分の園の子どもを「すぐれもん」と言い、「すぐれもん」を養成する教育をしなければいけないと言っているのを聞いたとき、子どもを一つのいのちとしてではなく、いざというときに役にたつ便利な道具(ロボット)でもつくる感覚なのかなと思ったものでした。


c0243877_1161817.jpg











×
[PR]
by michi-no-yuri | 2017-03-12 11:09 | Comments(0)

十二日 その一  憲法で命は守れないというトリック

きのう、パソコンに向かっていたとき、テレビから「憲法を守るより国民のいのちを守ってほしい」と誰かが言っているのを聞いてナニ?と思いながらも、なおパソコンの画面を見ていたらそれから一時間もしない内に、まったく同じセリフが聞こえてきたので、パッとテレビを見たら、それを言ったのはどうやら評論家の先生のようでした。
同じセリフを短時間の間に聞いたことで、だれかに言わされているのかなという不審感を覚えたものの、もっとも疑問だったのが、憲法と法律を同一視していることでした。
憲法が国民のいのちを守る障害になるわけがありません。
故意かどうかは分かりませんが、かれらが憲法と言っているのは法律のことです。
政令や条例や規則のことです。

きのう、仮設住宅のことで、昭和22年の法律で決まったことがネックになっているということでしたが、こういう法律はそれこそ時代や状況によって変えるべきなのです。
ところが、改憲論者は憲法が時代に合わなくなっていると言うのです。
人類の理念を謳った憲法が時代に合わない?
ジョーダン言うな、と思いました。

拉致被害者や海外で日本人が人質にとられたときなど、憲法が障害になって救出にいけないと、青山繁晴さんなどは言うのですが、そんなことはないでしょう?
イラクにも南スーダンにも行っているではありませんか。
超法規で犯罪者を解放したこともあったではありませんか。
アメリカのリクエストならなんでも超法規でするくせに。


c0243877_1038889.jpg











×
[PR]
by michi-no-yuri | 2017-03-12 10:39 | Comments(0)