ブログトップ

谷間の百合

taninoyuri.exblog.jp

十日 その二  野村克也さんに見てきた「男の美学」

マスコミに対応すべく玄関先にあらわれたノムさんの顔をみて、わたしは涙が止まりませんでした。
(以下、敬愛の情をこめてノムさんと言わせていただきます。)
あの騒動の間中、わたしは苦しかった、、
これほどの個人への人格攻撃が許されていいのかと。
BPO(放送倫理委員会)は何のためにあるのかと毎日悲憤慷慨していました。
ノムさんが初めてテレビで「読売」の名を出したのは、騒動が一段落したころだったでしょうか。
わたしはノムさんの言った「よみうり」の一言で、すべてが腑に落ちました。
読売はノムさんが阪神の監督に就任したことでパニックになったのだと思います。
ノムさんの実力と人気を恐れ嫉妬したのだと思います。
そこで考えたのが、なにかと派手な言動が目立つ妻の沙知代さんをスケープゴードにしてノムさんのダメージを計ることでした。
それに利用されたのが、浅香光代、世志凡太の夫婦だったのでしょう。

前川喜平さんは「読売」はメディアの名に値しない、プロパガンダ機関だと言いましたが、さらに諜報機関の匂いさえするのは、正力、ナベツネ両人がむかし何をしていたかを知れば自ずと納得できるのです。
ノムさんは辞任に追い込まれましたが、その間わたしたちは、ノムさんに「耐える男」の美学を見ていたのです。


c0243877_12141919.jpg


沙知代さんは、だれもがしているような脱税で逮捕されたのですが、そこから引き上げる捜査員が車の助手席からカメラにむかってピースサインをしたのが目に焼き付いています。
世論の期待に応えてやったぜと言っているようでした。
しかし、世論はそんなことを期待していたでしょうか。
逮捕されたのは冬の寒いときで、心配したノムさんがあったかい衣類をみつくろって差し入れしたら、趣味が悪かったのか「なによ、こんなもの」と言われたということでした。
沙知代さんが弱気になることはありませんでした。
ノムさんはそういう沙知代さんの気風(きっぷ)に惚れ、紗知代さんは、自分のために南海の監督の座をふったノムさんの一途な打算の無い男気に惚れたということではないでしょうか。
女に狂ったと言ってしまえばそれまでですが、男にとって最も大事な仕事を棒にふるということは並大抵の決断ではなかったでしょう。

なんでノムさんのことを思うと涙がでてくるのでしょう。

わたしが人間として信頼できるいちばんの条件は、「恥」羞恥心があることです。
汚いこと、悪いことができないのは、倫理観というより羞恥心ではないかと思うほど、わたしは「恥を知る」人を信頼します。
その恥とは、その人が生まれ持っている常識のようなものだと思います。
それを持っていないのが、いうまでもなく総理と妻の昭恵さんです。


c0243877_12144277.jpg










×
[PR]
by michi-no-yuri | 2017-12-10 12:21 | Comments(0)
<< 国を誤らせるもの。 十日 その一  日本から「ふと... >>