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谷間の百合

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十八日 その一  不倫報道は人権侵害

衆院選挙が10月29日に決まりました。
それまでに、あと2回くらいミサイルが打ち上げられるのかもしれません。
ひところ、森友、加計一色だった報道がいつの間にか不倫報道に代わっていました。
しかし、選挙が決まったからにはマスコミも不倫を追っかけるのは手控えるのでしょうね。

マスコミが当人に向かって「不倫をしていましたか」「一線を超えましたか」と声を掛けているのを見てわたしは恥かしくなりました。
一線を超えたかどうかくらいでガタガタ言うなと思いました。
大人の男女ならそういうこと、つまり魔が差してそういう関係になるということはよくあることでしょう。
男は外に7人の敵がいると言われてきましたが、その内の2人くらいは女性で、誘惑という名の敵かもしれません。
また、男性と同じように外で働くことが多くなった女性にも魔がさす機会が格段に増えたということです。
強い不倫願望をもちながら、そういう魔がさす恩恵に与れない人間が人の不倫をやっかみ半分で非難するのではありませんか。

わたしは不倫を肯定しているのではありません。
不倫は倫理に背くことです。
なぜなら、被害者がいるからです。
配偶者の不倫に苦しむ夫や妻以上に、子どもが傷つき苦しみ、それを一生引きずって生きていくことになるからです。
男女の一線というのは曖昧にしてぼかすのが大人の対応ではありませんか。
視聴率しか頭にないマスコミはそこまで考えません。
わたしは人権問題だと思っています。

過日「徽宗皇帝のブログ」に植木等さんのことが書かれていました。
スーダラ節を歌うに当たって、根が真面目人間の植木さんは困って僧侶である父親に相談したら、詞を見たお父さんは「う~ん、これは親鸞の生き様に通じる精神だ。地球上に人類が存在する限り永遠不滅の真理だ」と言ったのだそうです。
この詩をみて、なんだこのふしだらで不道徳な詞はと怒るようでは永遠不滅の真理を理解する資格もないということです。
いけないことだと分かっていても、してしまうのが人間です。
わたしは、そういう人間の弱さを愛おしいと思うことがあります。
自分を愛するとは弱さを受けいれることでもあると思います。
(弱さに甘えるということではありません。)
自分は何一つ間違ったことをせず真っ直ぐに生きてきたと胸を張るような人とはお近付きになりたいと思いません。
そういう人間は救われないと親鸞は言っていませんでしたか?











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by michi-no-yuri | 2017-09-18 14:36 | Comments(0)
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