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谷間の百合

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疑惑のまま死刑は執行された。

きのうのBS日テレのドキュメント「‘17死刑執行正しかったか」は飯塚事件を検証するものでしたが、DNA鑑定も証人の証言も血痕など証拠とされたものも、何一つ久間三千年さんを犯人と断定するものではありませんでした。
わたしは、それよりも、久間三千年さんのテープでの音声や手紙を見ていて感じるものがありました。
もちろん、それは冤罪の証拠になるというものではなく、あくまでわたしの印象であり推測です。
2.3秒くらいの音声でしたが、それを聞いて感じたのが、久間さんは論理的というか理路整然と話のできる人で、取り調べ中でもそれで相手を圧倒するようなことがあったのではないかと。
理路整然とした話し方がかえって怪しまれると同時に、取調官の反感をかって心証を悪くしたのではないかとわたしは思いました。
カメラが手紙を写し出したのはほんの4.5秒だったのでハッキリしたことは言えませんが、わたしには文章も理路整然としていて字も角ばった端正な字だったように見えました。
わたしは、もしかしたら、そういうことがすべて裏目にでたのではないかと想像しました。
つまり、久間さんは警察に逆らう人間だと思われてしまったのではないでしょうか。
(警察はプライドのかたまりでしょうから。)
人は、警察がそんなことで無罪かもしれない人間を有罪にするだろうかと思うでしょうが、そういうことをするのが警察だとわたしは思っています。

7歳の幼女二人を拉致し、犯し、殺して崖から放り投げるという、天も許さない残虐非道な犯行でした。
(警察は犯行の態様をどのように説明しているのでしょうか。)
冤罪なら、そういう人間がどこかにいるということです。

久間さんは逮捕当初から死刑執行の間際まで無罪を主張していたということです。
(よくある苛酷な尋問や誘導によって自白することもなかったということですが、そういうことも逆に作用したということも考えられます。)


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by michi-no-yuri | 2017-09-11 06:52 | Comments(0)
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