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谷間の百合

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前川さんとお釈迦さまの言葉。

総理と麻生さんが完全に離反したようです。
質疑の場ではいつもいっしょになって怒ったり嗤ったりしていたのが、いつごろからかそれがピタッと止みました。
二人の境界に冷たい空気が流れています。

きのう、森友と近畿財務局の間での土地価格について協議した詳細が明らかにされました。
財務省からのリークだという噂ですが、総理と麻生さんの離反と関係があるのでしょうか。

産経がきょうも前川さんの証言を「加計さりき」だと言ってイチャモンをつけています。
だったら「加計ありき」でないことを証明すればいいのですが、それが出来ないから、前川さんをスケープゴートにしようとしているのでしょう。
総理の一言で全てが崩れるというかすっきりするのですが、その一言が死んでも言えないのすから、どうしたものでしょうね。

きのう、岩下さんのブログのコメント欄で、「自灯明、法灯明」という言葉を見たのですが、お釈迦さまの有名な言葉だったようですが、わたしは知りませんでした。
同じお釈迦さまに、「犀の角のように、ただ独り歩め」という言葉がありますが、同じ意味だと思っていいのでしょうか。
今あらためてこの言葉を思い出し、わたしは、前川さんはそれを実践されたのだろうと思いました。
生きていく上で、ただ独りで歩むことは不可能なことであり、お釈迦さまもそんな意味で言っているのではないと思います。
あくまで、精神の自由と独立を指して言ったことだと。


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前川さんが言った、面従腹背にはリミットがあるというのは、即ちここぞというときには犀の角のように独りで歩まなければならないということだったのではないでしょうか。
(前川さんの言った面従腹背を悪意で解釈している連中にリミットの意味が分かるはずはありません。)
少年のときから仏教に惹かれていたという前川さんにとって、お釈迦さまの言葉がこころから離れることはなかったでしょう。
法や教えは、知識として持つものではなく、実践するためにあるのですから。

むかしは、「人生(人間)いかに生きるべきか」という類いの本を本屋さんの棚でよく目にしたように覚えています。
しかし、いつごろからかハウツーものがそれにとって代わりました。
いかにしたら頭がよくなるのか、いかにしたら競争に勝ち抜くことができるか、そんな本ばっかりになりました。
嘘をついても恬として恥じない政治家や官僚はそういう本をバイブルにして生きてきたのかなあと思う、きょうこのごろです。


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by michi-no-yuri | 2017-07-27 11:11 | Comments(0)
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