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谷間の百合

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国会運営も総理の恣意で決まる異常さ。

総理の予算委員会審議の出席を拒否していた自民党ですが、一転して出席が決まりました。
出ないと言っていたところに急に出るということで総理の決断を目にも鮮やかに演出するのが目的だったのではと言う人もいますが、そんなことよりも、国会の運営が総理の一存で左右されることが問題なのです。
こういうことからも、加計で総理がどれだけ独断的、専横的な手法を用いていたかが類推できるのではありませんか。
竹下国会対策委員長はただただ総理のご意向を覗うだけの哀れな道化役なのです。

ところで、リベラル保守を名乗る中島岳志さんが、小泉信三の「共産主義と人間尊重」という論考を引用して、次のように書いています。
(言うまでもなく、小泉信三は今上天皇が皇太子時代の教育係であり、慶応の塾長でもあった人で、反共主義者としても有名です。)

「(小泉信三は)ソ連という国家には、『人間尊重の精神』が欠如していると指摘し、『猜疑』や『憎嫉』という人間の弱点に付け込んで人を動かそうとする政治手法を厳しく批判した。
共産主義に蔓延するのは、権力に対する畏怖や忖度であり、自由闊達な議論は封じ込められる。
反対者への懲罰が露骨になり、過度の萎縮が蔓延する。」


小泉信三のこの共産主義批判は、いまの安倍政治にこそ当てはまると中島さんは断言します。

夜明け前
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総理があくまでも強気なのは、ここに書かれているように、共謀罪によって、反対者への懲罰が厳しくなり、それによって民心が萎縮するのを見込んでいるからかもしれません。
しかし、もう何をしても安倍政権は終わるのです。

最後に、中島さんはこう書いています。

「安倍内閣は保守の先人たちが全力で批判してきた政治勢力そのものに成り果てている。」

まさにその通り。
保守の先人ときいてすぐに思い浮かぶのは、江藤淳、福田恒存、小林秀雄、三島由紀夫などなどですが、こういう先人からかれらがどんな思想を受け継ごうと、安倍政治を容認、支持している時点で保守ではないのです。
それだけでアウトだということがどうして分からないのか不思議です。
保守派とは、何のことはない、共産主義者の謂いでした。
小泉信三が生きていたら卒倒するでしょう。
(ここで言う共産主義と共産党とは別物です。)


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by michi-no-yuri | 2017-07-14 10:51 | Comments(0)
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