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谷間の百合

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十五日 その二  ブレーキのない車。

共謀罪が成立したからといって、悲観したり怯んだりしてはいられません。
わたしは、共謀罪の凶暴さは追体験で肌身に染みているつもりですが、それでも生来の楽天主義がムクムクと頭をもたげてきます。
ようするに、バカだということですが、このバカが最後まで貫けたらいいのですが自信がありません。
途中からお利口さんになったり、、、

「言論の自由」が先ずやられるのでしょうね。
総理が目の仇にしている朝日新聞が危ない。
漸く、加計追及に拍車がかかってきたところですが、朝日は折れてしまうのでしょうか。
それとも、歴史に名を刻むべく踏ん張れるのでしょうか。
今更ながらに、前川さん、籠池さん、詩織さんの勇気に感じ入っています。

きょうの「反戦の家づくり」の「ブレーキのない車は必然的に暴走する」という記事に、1990年代から日本で進行してきたことは政治のブレーキを破壊することだった、そして、自民党の派閥、労働組合、社会党というブレーキが粉砕されたと書かれていて、なるほどと思いました。
そういえば、いつの間にか派閥も労組も社会党も消滅していました。
わたしは労働組合はどうなったのかとず~と探していたのですが、そういうことだったのですか。
ほんとうに、国民が気が付かないうちにいろいろなものが消滅しているのです。
それも、自然消滅ではなく、強引な政治力によって。

しかし、ブレーキの壊れた(壊された)車は人を跳ね飛ばしたり、ひき殺したりしますが、最後は、必ず自分もどこかにぶち当たって大破し自壊するのです。
ブレーキの無い車を運転している人間にもそれは見えているのではないでしょうか。
しかし、見えていても踏むブレーキはありません。
だから、もうやぶれかぶれなのかも。


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by michi-no-yuri | 2017-06-15 11:41 | Comments(0)
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