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谷間の百合

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副島隆彦さんへの疑問。

副島隆彦さんの「森友は終わった」という論文に対して、学問道場の会員から疑問が呈されたことは、学問道場のためにはとてもいいことでした。
望むらくは、副島さんの「放射能安全説」にも疑問や反論が出てきてほしいものです。
弁明の中で、副島さんは次のように言っています。
「探偵の金田一耕助が『現場に行って、現場を百度踏む』ということの重要性から学ばなければならない。」
この言葉をいちばん裏切っているのがご本人です。
確か、フクシマに行かれたのは1度か2度ではなかったでしょうか。
それで、安全宣言を出したまま今に至っているのです。

フト思ったのが飯山さんとの相似です。
縷々弁明した後、みんな私の文を今一度よく読んでください、と締めくくっているのもよく似ています。
(意見が似ているという意味ではありません。)
自分には先を見通す能力があるとは、自分のカリスマ性の誇示なのか、わたしなんかはそれだけで付いていけなくなるのですが、世間には、断言、断定、予言をしてくれる人を求める人間が後を絶ちません。
若いときは、ある人物にかぶれたり、ファンになったり、英雄視したり絶対視することはよくあることですが、そこで止まってしまっては駄目でしょう。
学問道場と言うからには、仏に逢うては仏を殺しーの精神がなくてはダメでしょう。
信者が増えたり、絶対視されることを自慢に思う人もいるのかもしれませんが、わたしなんかは、なんと不自由なことかと同情してしまいます。
この世に絶対的な人はいませんし、いてはいけないのです。

副島さんは、国家権力や安倍政権の本質を知悉し見通した上で、「終わった」と言っているのですが、だったら、もう何をしても無駄ということでしょうか。
それは、人間はいつか死ぬのだから何をしても無駄だと言っているようなものではありませんか。
抵抗することが無駄なはずがありません。
抵抗を放棄した民族は滅びるしかありません。 


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by michi-no-yuri | 2017-04-04 12:23 | Comments(0)
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