人気ブログランキング | 話題のタグを見る
ブログトップ

谷間の百合

taninoyuri.exblog.jp

因果応報ということ。

きょうの「徽宗皇帝のブログ」の記事、「『現世内因果応報』という悪の論法」に、わたしは同感です。
わたしは因果応報を信じていますが、それを、だれもが分かったつもりで不用意に口にすることに嫌悪感を持っていました。
わたしが宗教を忌避するもっとも大きな理由がそのことです。
宗教は必ず、「親の因果が子に報い」的なことや、自分の行いが悪いからそうなった的なことを言います。
それを聞いた信者も、他人の上にそれを当てはめて説教したり勧誘したりします。
大問題になった長谷川某の暴言や、植松某の気持ちが分かると言う人間に感じるわたしの嫌悪感や怒りはそういう巷に流布する「現世内因果応報」に対してなのです。

3.11について、これは日本のカルマなのかと日本人が質問したとき、バシャールは言下にそれを否定しました。
否定というより、そういう言葉は誤解のもとだから使ってはいけないというようなことを言ったと記憶しています。
わたしはほんとうにそうだと思いました。
わたしたちが口にしたり取り扱えるような問題ではないのだと思いました。
わたしたちは、だれもが膨大な「因」を背負っています。
スパコンを駆使しても解けない、複雑に絡み合った膨大な「因」です。
今生、たまたまその「因」の一つの「果」が現象化したに過ぎない人に対して、生きるに値しないなどと暴言をはくのは、天にツバする行為です。
だれ一人、因果と無縁な人間は存在しません。
みんな同じです。


因果応報ということ。_c0243877_11202725.jpg










×
by michi-no-yuri | 2016-10-17 11:22 | Comments(0)
名前
URL
削除用パスワード
<< 存在意義を失った民進党。 稲田朋美さんvs片山さつきさん。 >>