またしても大阪府警の暴力的、野蛮な取り調べの様子の録音が公開されました。
聴くに堪えない暴言、脅迫、侮辱の繰り返しです。
「反省」という言葉がなんどもなんども出てきましたが、反省するとは罪を認めることと同意語なのです。
裁判でも反省が見られないという言葉をよく聞きますが、要するに、警察に屈服して恭順の意を示さない限り反省したことにはなりません。
否認することは「お上に逆らう」ことであり、それは許されないことなのです。
取り調べとは自白させることであり、事実や真実がどうかなどまったく頭の隅にもありません。
結局、日本には民主主義も基本的人権も根付きませんでした。
このごろは、その事実を突き付けられる毎日で、わたしはただ目を見開いたまま唖然、呆然とするばかりです。
警察はまるで治外法権です。
世間も被害者の家族も容疑者が逮捕された時点で犯人だと決めつけます。
むかし、中学生のとき、学校から裁判の傍聴に行ったことがありました。
そのとき、裁判所の職員から、まだ犯人ではないのでそういう目で見ないようにと丁寧な注意を受けたことをよく覚えています。
しかし、こういう基本が無視されていった責任は100%マスコミにあるのです。
マスコミが逮捕と同時に犯人断定をしてきたのです。
或るサイトに、かの武藤貴也のブログの記事が紹介されていました。
憲法の三大理念の国民主権、基本的人権、平和主義が日本精神を破壊したと書いています。
わたしは特に基本的人権がもっとも大切だと思っていますが、かれによると、これこそが日本精神を破壊した主犯ということになります。
基本的人権とは「身勝手な個人主義」のことなのだそうです。
こういう人間に基本的人権を理解させることは不可能ですが、しかし、同類の人間が自民党議員のなかには多数存在します。
そのほとんどが「日本会議」に所属している議員でしょう。
しかし、かれのような人間は一度警察の取り調べを受けたら、ころっと考えを変えるでしょうね。
寝屋川の事件の容疑者はまだ否認しているのですか。
大阪府警の天下に聞こえる暴力的取り調べにも屈しないとは凄い人間ですね、、
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