従軍慰安婦の強制連行の記事は誤報だったと朝日が認めたことでサンケイなどは鬼の首でもとったようなに欣喜していますが、どうやら、藪を突いて蛇をだすことになりそうです。
というのも、サンケイの中興の祖と言われる鹿内信隆さんが、慰安所設置に関わった経験から次のような発言をしておられるからです。
(書き写すのもおぞましいのですが)
鹿内 そうなんです。そのときに調弁する女の耐久度とか消耗度、それにどこの女がいいとか悪いとか、それからムシロをくぐってから出て来るまでの“持ち時間”が将校は何分、下士官は何分、兵は何分……といったことまで決めなければならない(笑)。料金にも等級をつける。
こんなことを規定しているのが「ピー屋設置要綱」というんで、これも経理学校で教わった」
(調弁とは現地調達のことで、「ピー」とは売春婦を指す隠語)
わたしは、女の耐久度、消耗度という言葉から、先日、原発を苦に自殺した女性の裁判で、東電がその原告の妻である女性について「固体側の脆弱性」と言ったことを想起しました。
他者を同じ人間だと思っていないことがこういうところに表れるのでしょうし、女性蔑視のDNAもいまに引き継がれて議会でのセクハラ野次となるのです。
わたしは当初、強制連行があったかなかったかは大きな問題だと思っていたのですが、日が経つにつれてそう思えなくなっていきました。
朝鮮は日本国でしたからまだしも、軍は東南アジアや中国国内にもたくさんの慰安所をつくっていたのです。
想像してみてください。
韓国や中国が日本国内に慰安所をつくり、日本の女性を徴用して自国の兵の慰安に供していたとしたら、、、
(アメリカはそうでしたが)
仮に、強制も強要もなく、女性たちが自らすすんで慰安所に来たとしても、それで日本の道義的責任はなかったといえるでしょうか。
朝日は日本の名誉を傷つけたと言って怒っている人もいますが、このことのどこに名誉がありますか。
強制連行がなかったら名誉があることになるのですか。
フィリピンで、現地の若い女性(14.5歳の少女もいました)への凄まじい性暴力についての証言の内容には戦慄を禁じ得ません。
強制があったかなかったかなどは全体から見れば取るに足らないことであり、何が強制で何が強制でないかは解釈次第でどうにでもとれるということです。
高市早苗さんは河野談話の見直しを示唆していましたが、亀井静香さんが言われるようにそれはとんでもないことなのです。
蛇がたくさん出てくることになるかもしれません。
天皇初め、歴代の総理大臣は謝罪を繰り返してきました。
その謝罪をなかったことにするのですか。
安倍総理になってからこの問題が再燃し尖鋭化してきたのは、ひとえに総理の優柔不断さにあるのです。
それが支持者に誤解を与えているのです。
亀井さんが言われるように日本は謝罪してほしい。
謝罪できる人間こそ真に名誉のある人間なのです。
徳のある人間なのです。
しかし、それができるような人間が日本にはいないようです。
TPPにしても、拉致にしても、日本は外交のできる人間、交渉のできる人間が政権内にいません。
話は変わりますが
過日、北京の北朝鮮大使館内の金日成、金正日の肖像のある広間で日朝協議が持たれました。
一瞬でしたが、伊原局長と宋日昊の顔が映ったとき、すべてが見えたように思いました。
原田武夫さんが言っておられたことですが、はぐらかしや同じことの繰り返しが延々と続くということが、宋日昊の顔を見ただけで納得できたのです。
それに比べて伊原さんは思いつめた表情をしておられたように見えました。
相当神経に堪えておられるのではないでしょうか。
日本には交渉のできる人間が払底しているのです。
その原因は簡単です。
日本は自主外交ができなかったし、してこなかったからです。
すべてアメリカに従ってきたからです。
アメリカのご機嫌をとることを外交と称してきたのです。
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