「最後は金目でしょ」と言った石原環境大臣に、野党が問責決議案を提出するという流れになっているそうです。
野党のみなさん、追及すべき問題、不信任案を突き付ける相手が違うのではありませんか。
あんな小者は放っておけばいいのです。
総理もパソナを隠すために、首のすげ替えをするかもしれませんが、だれがなっても変わりありません。
唯一の仕事はフクシマの嘘の隠蔽ですから。
今回は、核廃棄物の中間的貯蔵庫の施設を是が非でもつくる必要に迫られていてここで地元民を怒らせるわけにはいかないということで、もしかしたら野党も協力したのではありませんか。
それとも野党にもパソナを追及すれば自らに火の粉が降りかかるようなわけでもあるのですか。
ほんとうに虚しい限りです。
フクシマを隠して日本の明日はないというのに。
岩下俊三さんの十七日の記事のタイトル
「某ブログへの感想=それでも無料にこだわるのだ」
の某ブログがどのブログを指しているのか分かりませんが、そんなことよりも、わたしは書かれていることにとても共感を覚えました。
わたしは「有料」メルマガを読んだことはありませんし、これを取り上げたのもそれを批判するためではありません。
「価値がないから『無料』だとか、価値があるから『有料』だとかという考え方そのものに反吐がでる」
だから
「『金のとれる』プレーとか作品という言い方は、拝金主義の日本では『賛辞』となっているらしいが、僕は軽蔑している。」
わたしはとくに、コメントへの返事に
「文章というものは、ココロを露出させてココロに訴えるものです」と書かれている一行が胸に浸みました。
最近はありませんが、わたしは最初のころ、その「こころを露出」するということが恥ずかしくて、自分の書いたものを読み返すことができませんでした。
しかし、いま思うのは、それがわたしの唯一の取り柄でだったということです。
気持ちにウソがあれば文章は書けません。
×