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谷間の百合

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十一月十九日 その二 「わたしたちは侮辱のなかで生きています。」

「Mr・サンデー」における橋下徹の弁舌を、わたしは恐怖を感じながら聞いていました。この人間は狂っていると思いました。
矛盾点を質されても、相手に隙を与えず、疾風のごとく脇をすり抜けていきます。
質問者は、なぜ、黙ってすり抜けさせてしまうのか、なぜ、もっと矛盾を突いていかないのかと思いますが、それができないのが日本人の弱いところなのですね。
だから、負けてしまうのです。
だから、乗っ取られてしまうのです。

宮根キャスターが阿るように「橋下さんが総理になればいいのでは?」と言ったとき
一瞬、わたしの脳裏を過った言葉は「キチガイに刃物」でしたが、そういう人間には何を言っても仕方ないという諦めがもっとも危険なことなのです。
戦争のしたい暴走老人と権力亡者の暴走男が組んで、かれらにとっては他国に等しいこの日本をどうしようというのでしょうか。

「暗黒夜考ブログ」に
「わたしらは侮辱のなかに生きています。」という中野重治の短編小説のなかの言葉を
大江健三郎さんが反原発集会で引用されたということが記事になっています。


≪「私たちは侮辱の中に生きている」
ここで使われている「侮辱」という言葉のもつ響きは、今の日本の現状を実に的確に表現していると感じる次第である。
即ち、国家権力は国民を”人間扱い”していないということであり、ある意味での「倫理違反」を犯しているのである。
そのことは、フクシマ原発における政府・東電の一連の対応や、民意を無視した国会審議、オスプレイ配備・米軍兵犯罪をはじめとする米軍基地問題、消費増税、TPP参加といった諸問題に対する国家権力の”愚行””蛮行”をみれば一目瞭然であろう。
我々日本国民は別の言い方をすれば、国家権力により人権を著しく侵害されており、以下の東京新聞社説でも述べられているように、まさに「蹂躙(じゅうりん)」されていると言ってよいであろう。≫



涙が込み上げてくるのは
「わたしたちは侮辱のなかに生きている。」
「わたしたちは蹂躙のなかに生きている。」という宿痾のような思いに捕らわれたときです。
福島の子どもの一人に甲状せんがんが見つかったということです。恐ろしいことです。
子どもを被曝させるに任せている国。
だから、福島に住み続けることは、侮辱のなかに生きることになるのではありませんか。


過日、八十七歳の元警視の男性が、近隣トラブルから女性を殺害して自殺するという事件がありました。男性は女性に押し倒されて馬乗りになられたことで、人間の尊厳を傷つけられたと訴えていたそうですが、元警視ということで、人間の尊厳以上に経歴の権威が傷ついたことこのダメージが大きかったのではないかと想像します。
わたしは、店員や従業員に横柄な態度をとっている人間を見ると、元警官?と思ってしまうのですが、元警視ともなれば、周りが自分に敬意を払うのが当然だと思っていたかもしれず、それが女性には我慢できなかったということも考えられます。

しかし、そういう目に見えない人間の内面をすべて捨象して事件を額面通りに解釈したとき、わたしには、変な女に押し倒されて馬乗りになられている老人が日本の姿に思えてくるのです。女が何者かは言わずもがなですが、そう単純ではないでしょう。
老人は最後に、侮辱に耐えきれなくて日本刀を抜きましたが。。。









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by michi-no-yuri | 2012-11-19 12:16 | Comments(0)
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