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谷間の百合

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三十一日 その二  尖閣には何の思い入れもない。

本の新聞広告に日下公人の著書「日本大出動」がありました。
世界は日本の力に注目し始めた!だってw
この人、十年一日こんなホラを吹き、その印税で生きているのです。
たしか「安倍晋三を総理にする会」の発起人の一人でした。
ちょっと、頭が変です。

ところで、右翼やネトウヨは、日本の領土である尖閣を死守せよといきり立っていますが、わたしにはピンときません。
かってカツオ節を作る工場があったということですが、基本的に人が住めない島です。
人も住まない、したがって歴史も思い入れもない島に感情移入はできません。
いわば、無機的な島です。
もちろん、日本の沿岸や近海には無数の島があります。
しかし、そういう島々は本土から眺めることのできる島であり、人々に眺められ親しまれてきたことで同じ共同体の中に存在しているのです。
つまり、無機的な島ではないということです。


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無機的な島である尖閣の反対に位置するのが福島です。
そこには有り余る歴史、伝統、暮らしがありました。
映像で見る美しい福島の自然が汚染されたことに対する無念、悲しみをわたしは言葉で表現することができないくらいです。
(以前書きましたが)3.11直後のサクラの季節に、福島のサクラの名所で爛漫と咲く桜の写真を、喫茶店に置かれていた雑誌のグラビアで見て涙が止まらなくなったことがありました。
あんなに泣いたのは初めてでした。
考えてもみてください。
何も無い尖閣と、濃密な時間を重ねてきた福島のどちらが大事かを。
それなのに、国が尖閣に国民の目を向けさせるのは、中國と戦争したいからです。

中國が南シナ海で主権を主張する境界線(九段線)は、ハーグの仲裁裁判所で法的な根拠を有しないと判断されました。
しかし、その判断に強制力はありません。
日本は裁定に従わない中國を非難していますが、例えば、「沖ノ鳥島」を島とは認めないという判断が下されて時、日本は受け入れますか。
ゼッタイに受け入れません。
だから、ヤブヘビになるようなことは言わないことです。
解決策があるとすれば、官民が交流を盛んにして仲良くするしかないのではありませんか。


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# by michi-no-yuri | 2016-08-31 13:31 | Comments(0)

三十一日 その一  「天皇という物語」

新聞を開いたら、天皇に関する本の広告が目に飛び込んできました。
産経はその趣旨を、天皇の「メッセージを受けて」国民が学ぶための参考になる著書を紹介するとしています。
その趣旨はいいとしても、「GHQが発禁にした歴史的教科書」と銘打ってA級戦犯の大川周明の著書「日本二千六百年史」が選ばれていたのには吃驚しました。
天皇自ら神格を否定しておられるのに、天皇は神であり、われらは神の子孫であると主張する人物の著書をあえて紹介するのは、「日本会議」の意向を反映したものなのか、天皇を神格化して祀り上げたいかれらの下心が透けて見えます。

先日、寝付かれないままにテレビを付けたら「朝生」をやっていました。
うつらうつらしながらなんとか最後まで見ましたが、途中、竹田恒泰が「皇統とは血なんです」と叫んだときにはっきり目が醒めて、ほんとうにこの人、顔も考えも気持ちの悪い人だなと思いました。

このことについて息子と話をしたとき、皇統とは、必ずしも「血」という物理的なものではなく、抽象的なものだということで考えが一致しました。

この考えをフォローしてくれたのが、「教えて!」の回答欄で出会った美しく纏められていた下の文章です。


藤の木古墳
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生物学的な血脈という意味での万世一系と、国柄を支える物語としての万世一系とは、全く別物です。後者は、日本文化の問題なのです。
極端に言えば、この物語を絶えさせてしまえば、それは日本という名前の別の国ができることを意味します。

例えば、今の日本人は、「中國四千年」という言葉を「王朝が続いてきたわけではあるまい」と批判することができますが、天皇を欠いたときに日本も同じく二千六百年の歴史を失うということです。

日本人をして日本人たらしめている文化が、どのように形成されてきたもので、実態としてどのようなものなのか、これに答えることは今もできないくらい複雑な代物です。
ただ、天皇という物語がそれを支える柱の一つであることは間違いなく、(以下省略)

で、記録に残ることを調べてみれば、継体天皇で切れているとか、神武は神話だとかいうハナシもありますし、足利義満が天皇家を乗っ取ろうとした事件もありますし、江戸時代も後期になると天皇家は極めて貧窮した生活を送っていましたから、こっそり乗っ取りが行われていたとしても、隠しとおすことが可能なポテンシャルはありました。



わたしが注目したのは、乗っ取りとは別に、むかしは隠し通すポテンシャルがあったというくだりです。
むかしの人にあったポテンシャルが現代人にはないということです。
だから、血だ、血統だと騒ぐしか能がないのです。

むかしは、皇統を十何代も遡ってその子孫を探し出して皇位につけたという話もありますが、疑えば、それも苦し紛れの作り話かもしれないのです。
たとえ事実でも、血は限りなく薄い。

わたしが言いたいのは、どんなことをしても「天皇という物語」を絶やさず紡いでいこうとしてきた先祖の思いと知恵なのです。
皇統とは日本の国柄を支える柱であって、天皇家の問題ではありません。
この物語が絶えれば、日本はそこで終わって、別の国になるのです。
天皇制廃止を得々と語る人たちは、別の日本になることが理想なのですね。
これまでの歴史、伝統、文化(自然)を無にしても別の国になりたいのですね。
天皇制を廃止してどんなメリットがあるのかぜひ答えてほしい。


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# by michi-no-yuri | 2016-08-31 10:30 | Comments(0)

避難ルートは片道切符。

ネットで「これがNHKかと目を疑った」という声が上がっている、NHK解説委員6人による再稼動批判の動画を見ました。
もう流れは再稼動かと思っていたのですが、かれらの話を聞くと、現実は必ずしも政府の思惑通りになっていないことを知りました。
司法の判断が変化してきたことが大きいようです。
かっては、司法の常識的な判断と言えば運転を認めることだったのがそれが変わってきたということです。
やはり、法曹界にも良心的な人がいたようで、フクシマの惨状を横において再稼動ができるだろうかと思うのはごく当然の疑問です。

政府の方針もいままでの「安全神話」から、事故は起こり得るということに前提が変わり、避難ルートの確保や訓練が再稼動手続きの最重要条件になってきたということです。

土曜日に、高浜原発での過酷事故を想定した大規模な広域避難訓練が実施され対象市町村の住民がたくさん参加しました。
参加者の一人が「避難のイメージ」が出来たと言っていましたが、おそらく、イメージは避難したところで終わっていたことでしょう。

過酷事故とは最大級の事故だということだと思いますが、そういう事故が起きれば、二度と自宅に戻ることは出来ないというイメージを参加者が持っていたかどうかは甚だ疑わしい。

核のゴミの処分場も決まっていません。
わたしが不思議でならないのは、事故が起きたときの対応マニュアルも技術もないと聞いていたことです。
避難よりもそのことが大問題ではありませんか。


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けさ、NHKでベルギー人の監督がフクシマで撮ったドキュメンタリー「残された大地」を紹介していました。
日本人女性と結婚し日本で生活していた監督は、編集のためにベルギーに帰ったところで、あのテロに遭遇していのちを落としました。
NHKは紹介だけでなく、ぜひ「残された大地」を放映してほしい。

チェルノブイリの事故が報じられたとき、大変なことが起きたんだ、地球は大丈夫なのだろうかと、動悸が打つほど不安にかられたことを思い出します。
また、東海村JCO臨界事故のときも、日本中に緊張が走ったことも覚えています。
野中官房長官の会見時の言葉にも緊迫感があり、只事ではないことを感じました。
フクシマのときはどうだったでしょう。
自衛隊が各戸を回って住民に危機を知らせた後、急いで撤退していったことで事の重大さを知り不安がつのりました。
しかし、日を追うごとに放射能の存在が薄められていき、いまではタブーになりました。


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# by michi-no-yuri | 2016-08-29 13:58 | Comments(0)

人間でない人間が増殖している恐怖。

アフリカ開発会議に出席した総理は、演説の中で、3年間で3兆円の投資をするとぶち上げたうえで「日本は力や威圧と無縁で自由と法の支配、市場経済を重んじる場として(アフリカを)育てる」と大見得を切りました。
憲法を無視して安保法案を通し、いま沖縄の高江では機動隊が住民の願いを暴力で踏みにじっていることなどまるで頭にないのです。

また「(アフリカの)若者に自信と夢を持たせるため、向こう3年で5万人に職業訓練を提供する。」とも言っています。
新聞は一面トップで、これを報道していますが、こういうニュースを聞いて日本の国民が喜ぶとでも思うのでしょうか。
さすが日本、さすが総理だと思うとでも、、、?
海外へ行っては景気よく札びらを切る総理を、多くの国民がどう思って見ているか、それを知るのが政治でありマスコミではありませんか。

よくテレビで、日本はいま景気がいいですからなどとトンチンカンなことを言っている人がいますが、そういう1%の人間に99%の貧困にあえぐ人間の姿が視野に入ることはありません。
視野に入ってもこころで受け止められない欠陥人間なのです。

アフリカの若者に夢を持たせる前に日本の若者に未来を与えてほしい。
ほんとうに、夢も未来もないのですから。
竹中平蔵は「貧しくなる自由がある。」とうそぶきましたが、自由であるためには選択肢が複数なければなりません。
どんどん非正規を増やして、その身分から脱け出せないようにしておきながら、そういうことが言える人間は姿形は人間でも中味は人間ではありません。
貧しいのは、本人の心掛けや努力の問題だと言う曽野綾子も人間ではありません。

年金基金の損失で、噂では年金が半額になるとか言われています。
社会保障費も大幅に削られるのでしょう。
そうまでして、中國とのチキンレースに狂奔し国威発揚がしたいのです。


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コメントで紹介してくださった動画は、わたしも見たものでしたが、また最後まで見ました。
もっとも困っている人に生活保護がおりないのです。
どこかの組織、団体に属しているとか、地域で政治力を持つ顔役のような人間との縁を全く持たない人間は、どんなに困窮しても生保が降りないような仕組みになっているのです。
社会から孤立してる人は、餓死するしかないような社会なのです。
別の動画で見たのは、子供が小さいときに離婚し、以降一人暮らしをしてきた男性が、体を壊して仕事が出来なくなり、一大決心で窓口を訪れるのですが、係りの人間が言ったのが、子どもに援助をしてもらえないかというものでした。
人間としてとても言えることではありません。
わたしは、切羽詰まって盗みをしてしまう人間にいつも同情していますが、そういう人間と、別れて何十年もする家族に援助してもらえという人間と、どちらが人間としてマシかといえば、わたしは躊躇することなく前者だと言います。
高江で住民に暴力を揮う機動隊の人間と、貧しさゆえに盗みをする人間とでも同じです。
道義的に人間としてしてはいけないことをしても法に触れなければ許されます。
ところが、いまは法に触れているのに罰せられないということが、社会の上層部で罷り通っているのです。
このことが社会に及ぼす害悪ははかりしれません。


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# by michi-no-yuri | 2016-08-28 11:19 | Comments(0)

人間の記号化が始まっている。

小泉元総理が、「自民党はどうかしている。日本人よ、目を覚ませ」と吠えています。
そんなこと言っていいのかな。
日本人が本当に目覚めたら、あなたは生きていけないかもしれませんよ。

トモダチ作戦で被爆し、その後遺症に苦しんでいる米兵を「日本のために全力で尽くしてくれた彼らを、日本人として見過ごすことはできない」ということで、自らアメリカへ飛んで直接話を聞いていました。
かれら米兵は帰国後、鼻血がでたり、下血したり、腫瘍が出来たり原因不明の体調不良に見舞われ、その内の7人が白血病で死んだということです。
かれらの苦しみを看過することはできませんが、どうしてそこでフクシマで苦しんでいる日本人に思いがいかないのでしょうか。
かれら米兵は東電とGEを訴えていますが、米海軍病院は因果関係を否定しているということです。
日米両政府が因果関係を否定しているということは、両政府とも、自分たちでなにも出来ないということです。
おそらく、国際原子力委員会の方針なのだと思いますが、フクシマも米兵も同じ犠牲者だということです。
何か大きな力が働いているのです。
山本太郎さんが、再稼動はアメリカのニーズだと言いましたが、国を超えたところからのニーズだと言った方が分かり易いのではないでしょうか。


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総理がアンダーコントロールと言ったのも、
伊方原発再稼動に際して自分が責任を負うと言ったのも、
枝野さんが、直ちに健康に影響ないと言ったのも
岡田さんが学童疎開は費用が掛かり過ぎてできないと言ったのも
みんな当事者意識がないから言えたことではありませんか。

日本は、だれ一人責任を感じないという、世にも異常な恐ろしい国になっているのです。
総理はマリオならぬマリオネットだと言われていますが、当事者意識がないのは、日本が属国ですべて支配者の指示で動いているからでしょう。
総理にあるのは「戦前回帰」への郷愁だけ、、?

フクシマで小児甲状腺がんが増えているということですが、わたしたちはそれを数字で知るだけで、子供たちがどんな治療を受け、どんな闘病生活を送り、家族がどれだけ苦しんでいるのかを知ることができません。
名まえが公表されなかった相模原事件の犠牲者のように、フクシマの子どもたちも数字の中の「Ⅰ」でしか生きた証しを証明できない存在なのでしょうか。


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# by michi-no-yuri | 2016-08-27 12:13 | Comments(1)

有るものを無いと言うから不安になるのです。

JOC理事の橋本聖子さんが、東京オリンピックではメダルの数を今回の倍にし、世界第三位にならなければと言っていました。
アメリカ、中国、ロシアという強国の内の一国を抜くということですからたいした意気込みです。
会見では右の目が真っ赤で不気味でしたが、わたしには、顔自体がアンドロイドみたいで、血の通った人間には見えませんでした。
同じく、オリンピック担当大臣の丸川さんも、アンドロイドというか蝋人形みたいです。
つまり、外見がそう見えるということは、内面の脳も蝋で固まっているのではないかと想像してしまいます。
少なくとも、彼女らに柔軟性を求めるのは端から無理なのです。

ウイキで見ると、橋本さんは3歳からスケートを始めたそうで、名前も聖火からとったと言われているように、オリンピックあっての人生なのです。
当時、彼女がニュースになるたびに、わたしは辟易していました。
自己実現、自己達成と言えば聞こえはいいのですが、所詮は自分の欲望ではありませんか。
わたしは、自分が気が済むまでやるというその執念が嫌で勝手にすればという冷めた目で見ていました。
そういう人間が政治家になり、自分と同じアスリート脳の人間を量産しようとしています。
メダルが嬉しくないわけではありませんが、わたしにはそれよりも欲しいものがあります。


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ところで話は変わりますが、フクシマの医師が、甲状腺ガンの検査を縮小したいと県に要望したということです。
多数の甲状腺ガンが発見されたことで、検査を受けた子どもやその家族、県民に不安が広がっているのがその理由だそうです。
かれらには不安の原因が分からないのでしょうか。
国が放射能を徹底的に隠し、被爆を認めないことが不安を生むのだということが。
国が正確な情報を出し、適切な対策をとっていれば、不安が広がることはなかったのではありませんか。
現に有るものを無いことにしていることが不安の原因だということがなぜ分からないのでしょう。

今はまだネットが辛うじて命を保っていますが、その内、ネットも完全にアンダーコントロールされることになるのでしょうね。


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# by michi-no-yuri | 2016-08-26 12:14 | Comments(2)

二十五日 その二  意志が持てない可哀そうな国。

日中韓外相会談は、結局北のミサイル発射に抗議するということで終わったのでしょうか。
しかし、これが首脳会談への取っ掛かりになるのだとしたら、とてもいいことだと思いました。
とにかく会うことです。会わなければ何も始まりません。
それにしても、中国政府のコメントは何に対しても明瞭で、その意思がよく伝わるのに比し、日本政府の発信する言葉がまったく不明瞭でなにも伝わってこないことに感じるストレスはもう限界に来ています。
それもそのはず。
日本独自に決められることなんか一つもないのですから。
いつも宗主国の顔色を覗い、意を忖度し、指示を仰いでからでないと何も言えず何も行動できないからです。
王毅外相が、日本が尖閣で問題にしていることの半分は漁業に関することであり、半分は(日本が)故意に煽っているものだと言っていましたが、まったくその通りです。
マスコミも日中漁業協定に基づいて報道しなければ恥をかくことになります。
日本は中国、ロシア、アメリカから腹の底まで見透かされていることに気付かなければならないのです。
面従腹背でどこまで行けるのでしょうね。


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政府は去年、アキノ大統領を国賓として招き、宮中晩さん会まで催すという最大級のおもてなしをしました。
任期を一年残すのみとなった大統領をなぜそこまでもてなしたのかは、やはり、対中包囲網で唯一味方になる国だと思ったからではないでしょうか。
南沙諸島の領有権訴訟の後押しをしたのも日本政府でしょう。
しかし、日本政府の思惑はことごとくハズレました。
新大統領は、国連から麻薬犯罪に対する超法規的殺人を自制するように求められると、それなら国連から脱退して中國と新たな組織を作る可能性があるといって反発しました。
インドネシアのスシ外相も、中国漁船の不法操業の船をまとめて海に沈めましたが、その処置はあくまで不法に対するものであって、領有権問題とは別だと言いました。
良し悪しは分かりませんが、両国とも国家の意思をはっきり打ち出しています。
ひとり日本だけが、国家意思を持てずに世界から取り残されました。
それを挽回するのに、メダリストに便乗しての国威発揚とは、、、泣きたくなる。

日本人が国家の意思を目の当たりにするのが、宣戦布告だとしたらと思ってわたしは身震いしました。


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# by michi-no-yuri | 2016-08-25 11:45 | Comments(0)

二十五日 その一  いろいろ。

小池百合子さんのきもの姿にブーイングが起きるべくして起きています。
わたしも一目みて、そのガサツでモッサリした着こなしに吃驚して「うわぁ なにこれ!」と悲鳴をあげました。
小池さんはきものの伝統美に汚点を残してくれました。
いまどき、若い人でも帯をあそこまで高い位置に結ぶ人はいません。
専門家はあと3センチ下げるべきだと言っていましたが、わたしは5.6センチは下げないとと思いました。
アベマリオのことは知らなかったらしく、あとで皮肉というかアテコスリを言っていましたね。
この人、必ず嫌味を言わずにおれない人ですから分かり易いです。


蓮舫さんの岡田評はその通りだと思いましたが、「つまらない男」の前に「真面目過ぎて」と付ければ何の問題もなかったことです。
前原誠二はまた何を思って出馬をするのでしょう。
長島昭久は、野党共闘に強く反発していますが、だったら、自分が自民に行けばいいだけのことです。
なぜ、そうしない?  答えは、トロイの木馬要員だからです。


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稲田防衛大臣が横須賀の米海軍基地の空母ロナルド.レーガンに乗船し、その巨大さに圧倒されて、これで抑止力は万全だと安心したようです。
上西小百合流に言えば、「あの人ほんとバカです。」
バカでないと防衛大臣を引き受けませんし、バカでないと彼女を任命しません。
お遊戯会での役を振り当てるのではないのですから、こんな世間知らずで幼稚な女性に国の防衛の要を任すのは日本の恥です。
大日本帝国が幼稚園になりました。
その彼女、ジブチへ行くときのイデタチをバッシングされたことが堪えたのか随分痩せて見えました。


憲法改正推進本部長の森英介はほんとうに「悪い人」です。
無実を証明するDNA鑑定も出されていた久間三千年さんを死刑台に送りました。
何をそんなに急ぐことがあったのでしょうか。
また、小沢さんを潰すために西松建設事件をでっち上げ、大久保秘書を逮捕させたのもこの人物です。
安倍内閣は「ワルとクズ」のたまり場です。
(船田元さんは失意の中にいるのでしょうが、それでよかったのですよ。)


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# by michi-no-yuri | 2016-08-25 10:57 | Comments(0)

「靖国」はもう鎮まったでしょうか。

「靖国」はもう鎮まったでしょうか。
8月15日は、英霊にとっては怒髪天を突くような怒りと悲しみの日だったのではないかと思い、英霊と、尊崇と感謝を捧げると言う人々との間に横たわる目が眩むような落差にわたしは言葉を失います。

先日は、どんなに生きて帰りたかったでしょうと書きましたが、そのなかに、学問、芸術への憧憬と知識欲が遮断されたことに苦しんだ学徒兵がいました。

山崎雅弘さんがツイッターで

「吉田満「戦中派の死生観」を読んでいて、感情の揺らぎを抑えられなくなったのは、当時の学徒兵らが、「文字」や「本」に抱いた渇望についてのくだりだった。、、、夢の中で本が出てくる。手を伸ばしても届かない。無味乾燥な図書目録を美酒のように味わう。」

と書いて、本の中から次の部分を抜粋しておられます。

「その頃、学徒兵たちが最もしばしば見た夢は、くい物の夢ではなくて、本に関するものであったろう。よく訪ねたことのある古本屋の店先。何かにせかされるように本棚に目を走らす。背文字が次々と流れて目に入る。手を伸ばしてつかみたい本。無性に読書欲をそそられる本。しかし手を伸ばしてみると、不思議に手がとどかない。
焦りと落胆、、、、そこで目が醒める。夜毎に見る夢も、なかなか本を開いて活字に目がふれるところまではゆきつかない。そのずっと手前で果ててしまうのである。
もち論こんな他愛ない夢ではなく、読書への執着のありようを的確にとらえることの出来た学徒も、少数ながらいた。遺稿集『わがいのち月明に燃ゆ』を世に出した林尹夫は、その頃の日記に書いている。
本も読めず、無駄な時間の過ぎる今、ぼくのいちばん望むのは、家に帰り、ゆっくり話をし、本を読み、飯をゆっくりたべ、風呂のあと、すぐ寝る。そして自分で定めた目標にむかい、勉強することだ。」



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胸を打たれるのは、わたしがいま味わっているきのうに変わらぬ平凡な日常をかれらがどんなに夢に見ていたかということです。
朝起きて、新聞を取りにいき、ついでに朝顔に目をやって、ああ、きょうも咲いているなと感じるときの幸せを、かれらは味わうこともなく死んでいきました。
しかし、現代人もその幸せを知らないことでは変わりません。
只違うのは現代人がその幸せを求めていないことです。
朝がバタバタするのはしかたないとしても、夕方家に帰ってからも、家族でゆっくり話をしたりご飯を食べたりすることもなくなりました。
「ゆっくり」「ゆったり」できるのは、寝たきりになったときでしょうか。
しかし、そのときでも「ゆっくり」はできません。
早く死ねと言う人がいるからです。
いったい、人はなにをそんなに急いでいるのでしょう。

もう「靖国」は鎮まったでしょうか。
尊崇や感謝の念を捧げるまえに、
老いていく両親や妻子を残して死んでいった男たちの究極の無念を想像してみてほしい。
学問、芸術への焦がれるような憧憬が突然断たれることの苦しみを想像してみてほしい。
それでもなお国のために血を流せと言う人間をわたしは許さない。


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# by michi-no-yuri | 2016-08-24 11:25 | Comments(0)

オリンピックが終わった。

漸くオリンピックが終わり、急に涼しくなったような感じがします。
しばらくは狂騒の余韻を引きずるのでしょうが、とりあえず、またいつもの日常が戻ってきたことが嬉しくてたまらない。
わたしは、「永遠」とは日常の中にあるものだと思っています。
だから、これほどにこころを充たしてくれるのだと思います。

会場に世界の首脳の顔が見られなかったのは、弾劾の対象になっていることで姿を見せなかったブラジルのルセフ大統領に遠慮したのでしょうか。
だから、次回のオリンピック開催国だからといってわが総理が出席することはなかったのです。
総理がパフォーマンスで恥を晒しているウラで、フクシマは放射能を吐き続け、沖縄の高江では、取材の地元新聞社の記者が暴力で排除されていました。
報道の自由がこうして国家権力の暴力で阻止されるとはどれだけ日本は独裁国家かということです。

総理とは別行動で、夫人の昭恵さんはハワイのパールハーバーの記念館を訪れ、花とお祈りを捧げたということです。
夫人の任務は「戦前回帰」の下心を隠すためであり、そのために総理や官邸から派遣されたのでしょう。 
昭恵さん、このところいい仕事をしますね。


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NHKが、オリンピックのメリットとして、国威発揚、国際的存在感、経済効果、都市開発、スポーツ文化の定着を挙げています。

わたしがもっとも嫌いな人種が、身内や知り合いの自慢をする人です。
ただ、偉い人を知っているというだけで、自分まで偉くなったように思い振る舞う人です。
はじめて話をしたとき、初っ端から甥っ子が有名な歌手だと言った女性や、初対面なのに、いきなり孫夫婦が高級住宅地に住んでいると言ったお年寄り。
つくづく、人間って自慢したい生きものなんだなと思って溜息が出ます。
わたしだって、その気になれば自慢できる人間もいるかもしれませんが、まったくそんなことは考えたこともありません。
それに、わたしが自慢したい人間がいるとしても、価値基準が世間とは真逆なので、正直自慢にもならないのです。

国威発揚だって、国際的存在感だって、身内の自慢をするのと同じで、メダリストという虎の威を借りて、どうだ!日本ってすごいだろうと言って自慢しているような感じで、わたしには耐えられません。
国威なんか要りません。なんでそんなものが必要ですか。
また、一握りの選手が涙ぐましい努力をした結果獲得した栄誉で、国の存在感を高めようというような浅ましい考えは止めてほしい。
政治家は国民が笑顔になるような、それによって輝くような国にすることが務めなのに、メダリストを利用して国威発揚とは情けないにもほどがある。


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工事費は当初3千億だったことが大問題になり、総理まででてきて大ナタを振るうようなことを言って2千億内の納ったとばかり思っていました。
ところが、森嘉朗さんが、今それが7千億になり、いずれ3倍の2兆になると言っていて吃驚しました。
メダルラッシュのいまだから、この機を逃さずに言ったのでしょうか。
マスコミもメダルラッシュで国民が興奮しているときに、それを問題にして水を差すようなことになるのを恐れたのかダンマリです。
舐められてもしかたのない国民です。
2兆円の投資を上回る経済効果があるとは到底思えません。
経済破綻しても「国威発揚」だということでしょう。

男子400メートルリレーで、選手たちがグランドに出る前揃っていざ出陣とばかりに刀を抜いて鞘に納めるジェスチャーをしたのですが、選手自身が思いついた他愛のないパフォーマンスだとしても、気になったのが、かれらもまた今の空気を敏感に感じ取っていることです。
日本に「サムライ精神」なんかありません。
無いのにそれをアピールするのは恥ずかしいことです。
それは日本が独立できる暁まで仕舞っておいてください。
それが無理なら、沖縄の独立のために戦ってからにしてください。
そのときなら、「サムライ」を名乗っても許されるでしょう。


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# by michi-no-yuri | 2016-08-23 11:29 | Comments(2)

こんどはどんな言葉で教え子を戦場に送り出すのですか。

きょう書こうと思っていたことの答えというか参考になることが、「徽宗皇帝のブログ」に書いてあり、ブログ主が「非常に面白い」と言われるのももっともで、わたしも「そういえばそうだった」と、目を覚まされる思いがしました。


「徽宗皇帝のブログ」より。

「少年犯罪データベースドア」というサイトから転載。
非常に面白い。
私自身が読んできた明治大正昭和前期の本(ほとんどが小説だが)を思い起こしても、

戦前は生徒たちも自尊心がやたらと高くて反逆的で、小学生でさえ何かというと徒党を組んで同盟休校や教師の吊し上げをし、体罰教師のクビを要求します。
戦前の親は権利意識が強くてすぐに学校に怒鳴り込んできますし、訴訟を起こします。学校側は平謝りで、治療費を出したり加害者教師を他校に追いやったりすることでなんとか示談に済ませようとします。
法律で体罰は禁止されているのですから、訴訟となると教師に勝ち目はありません。校長も責任を取らされるので平身低頭してもなんとか訴訟まで行かないで収めようとするのです。


という記述は正しいと思う。夏目漱石の「吾輩は猫である」の中の、旧制中学校の生徒の行状が書かれた部分や、同じく漱石の「坊ちゃん」などには、この事実を伺わせるものがある。こうした社会の気風というものは、小説などでしか読み取れないものだ。
今のモンスターペアレントなどには辟易するが、親や生徒(あるいは労働者)の「自尊心」という面では、今の社会は戦前よりかなり退化しているように思う。相手が校長だろうが警官だろうが社長や上司だろうが、相手の理不尽な言動に対しては堂々と立ち向かうという気風が現代にあるだろうか。



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「坊ちゃん」は読んでいなくても、大体内容はだれでも知っています。
わたしは中学一年生の時に「次郎物語」を読んで(同時期に「チボー家の人々」も読みました)しばらくその世界に嵌っていたことをいま思い出しました。
内容はまったく覚えていませんが、当時の中学生の自由闊達で自主独立の気風が活き活きと描かれていたことだけがうっすらこころに残っています。
いつのまにか、そういう気風は跡形もなく消えて、みんな空気を読んで周りに合わせる羊のような人間ばかりになりました。
しかし、戦前と似てきたといわれ、ものが言えない唇寒しの空気が「戦前」という言葉で一括りにされていますが、そのサイトを読むと、それが戦前のいつごろから始まったことかがよく分かります。
日本の軍隊には、日露戦争から、2.26くらいまで下の者をいたわるという麗しい伝統があったのです。
それが、いつのころからか、鉄拳制裁という名の暴力やいじめが蔓延るようになりました。
いまの自衛隊や警察や学校などが、その悪しき慣習を引き継いでいますが、それは武士道にも背き、もっとも日本の伝統を汚す行為です。


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わたしが書こうと思っていたのは、たとえば、長崎の平和祈念の式典で、「改憲反対」と叫んで警察車両に連行された男性がいましたが、
その男性には警察より先にマスコミが接触していたのです。
マスコミには事の顛末を報告する義務があったのではありませんか。
わたしは警察が男性にどんなことを訊き、何を言ったのかを知りたいと思いました。

ピーコさんが、NHKの永六輔さんの追悼番組で
「永さんは戦争が嫌だって思っていた、戦争はしちゃいけないと。
世の中がそっちの方に向かっているのでそれが言いたいんでしょうね。」と言ったら、そこがばっさり抜かれていたということです。
しかし、なぜピーコさんはNHKに問いたださなかったのでしょう。
永さんがいちばん言いたかったことを代弁して、それがカットされたら永さんの追悼にはならないではありませんか。
信じたくないほど忌まわしいことですが、NHKには検閲係りがいて、戦争に反対のコメントはすべてカットしているのでしょうか。

また、悲惨な戦争の体験を伝えてきた元海軍兵士が、突然中学校から講演をキャンセルされる事件もありました。
これは地元?の新聞が伝えていますが、ご本人は、中学が安倍政権か教育委員会の意向を「忖度している」ように感じたそうですが、このようなお互いに「忖度する」という日本の悪しき風習はやめて、真相を追及すべきだったのではありませんか。
こういうことを放置せず、一つ一つきちんと抗議し追及していかなければ、もう取り返しがつかなくなります。

教育委員会ではもう「子どもを戦場に送ろう」ということが暗黙の了解になっているのですか。
「死の商人」には、お金儲けという分かり易い名分がありますが、教育に携わる人間が教え子を戦場に送ることに、どんな大義名分がありますか。
お国ため?
戦前、お国のためだと教えてきた教師が、敗戦になるやいなやアメリカさまさまになり、平和や民主主義を説きだした恥ずかしい苦い歴史をぜひ思い出してください。
こんどはどういう言葉で教え子を戦場に送るのですか。

(「徽宗皇帝のブログ」に転載されている「少年犯罪データベースドア」というサイトの記事をぜひご覧になってください。
ほんとうの歴史が知らされず忘れられていくのが残念でなりません。)


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# by michi-no-yuri | 2016-08-21 11:09 | Comments(0)

女性の美しさは笑顔にある。

オリンピックでの日本選手の活躍を伝える報道が過熱しているようですが、それでもやはり嬉しいと思うのは、女性の活躍、とくに勝ったときの女性選手の笑顔が、沈む一方で元気がない日本をパッと明るくしてくれたからです。
やはり、笑顔がいちばんです。

わたしが、美男美女と言われる人たちにあまり関心がないのは、人を見るとき、表情や語り口にばかり目がいくからかもしれません。
人の美醜を決めるのはそういうものだと思っているからです。

その魅力に惹き込まれるような人がたまにいますが、ひとえに表情によるものです。
当人には自分の表情が分かりませんから、いくら魅力的でもそれを美人のように鼻にかけることがなく、それがよけい魅力を倍加させます。
無心の魅力とでもいうのでしょうか。

(以前にも書きましたが)朝鮮通信使が、江戸へ向かう町々で見た日本女性の美しさに驚嘆したことを書き残していますが、そんなに日本に美人がいたわけはなく、おそらく、自国では見られない女性たちの明るさや笑顔に圧倒、悩殺されたのだろうと想像しました。

ほんとうの「女性活躍社会」なら女性が笑顔でなければなりません。
しかし、現実は逆に、疲れた顔や神経症的な顔を増やしているのではありませんか。
ゆとりや思いやりのない社会に笑顔が生まれるわけがありません。
総理なんか、愚かにも女性の管理職を増やすことが「女性活躍社会」だと思っているフシがあります。
女性に笑顔があるかないかで、その国のほんとうの豊かさが分かります。


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# by michi-no-yuri | 2016-08-20 11:11 | Comments(0)

「男女平等」という罠。

いっこうに結婚する気配のない息子が、結婚して共稼ぎでは何のために生きているのか分からないと言いました。
いまは共稼ぎでないと生活が成り立たないから仕方ないとしても、収入さえ確保されれば、妻は家にいてほしいというのが男の本音なのでしょうか。

きょうの「酔生夢人のブログ」に書かれていた
「女性が家庭内の奴隷から社会の奴隷へと「進化」したのが「男女平等だったわけであるwww」
というのは、「男女平等」が世界の支配者の遠大な計画に基ずく洗脳だったことを示唆しています。
IMFのラガルド専務が来日して、女性が社会で働くことの素晴らしさを強調したら、政治家も経済人も即刻で洗脳されました。
さっそく「女性活躍社会」のスローガンを打ち出しました。
しかし、「女性活躍社会」とは中国脅威論と同じで、そのことによって利益を得る人間が考え出したことです。
IMFは世界人口の99%の人間を奴隷にしようとしています。
女性も低賃金で働かせて、さらにそこから税金を搾り取ろうと、、
日本では竹中平蔵が奴隷頭となってIMFのために汗を流しています。

わたしは、女性が社会で働くことは素晴らしいことであり、それは社会の需要や要請によるものだと思います。
気の利かない男性とは違い、女性の気付きがどれほど社会に活気と潤いと明るさを齎しているかはいまさら言うまでもないでしょう。
しかし、そういう女性は氷山の一角で、水面下には社会に弊害をもたらしている女性がたくさんいて、その存在が男性を苦しめているのも事実です。


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「保育園落ちた」騒動のとき、わたしは何が問題なのかピンときませんでした。
それに、保育園が0歳児から預かるところだとも知りませんでした。
その女性は多分、いい仕事に就き収入も良かったのではないでしょうか。
保育園の抽選に洩れにことで、仕事と収入を失うことでパニックになり「日本死ね」になったのではないでしょうか。

国会でも議論になりましたが、もっぱら保育園が足りないというがすべての原因だということになっていました。
もう、社会は後戻りできないのでしょうか。
子どもが小さい内は親が面倒を見るべきとはもうだれも言えない空気が出来上がっています。
女性が反対するのだと思います。
そのためにキャリアを失うことを恐れるのです。
子どもより仕事であり、はては仕事の邪魔になる子どもを憎むようになります。
若者が結婚しないのは、経済事情だけではなく、そういう女性の立場や生き方の変化が大きな原因かもしれません。

しかも、男も女も同じ(奴隷の)身分では、相手を尊重したり労わったりする気持ちも生まれないでしょう。
何という殺伐とした風景でしょうか。

「バカ国民帝国日本の滅亡」のブログに
「戦後、民主主義で解放されたのは女性の魂ではなく欲望だった。
嫉妬や憎悪だった、、」

とありました。
欲望には際限がなく、際限がないことがストレスを際限なく生産します。
そして、嫉妬や憎悪の中で生きていけない人間は、ただ、社会から落ちこぼれていくしかないのです。


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# by michi-no-yuri | 2016-08-19 11:46 | Comments(0)

「生きて帰りたかったでしょうね。」

靖国参拝する国会議員の一団は、暴力団と見紛うほどでした。
「尊崇の念」を捧げるというのが、かれらの決まり文句ですが、わたしには、祀られている戦没者の「そんなことではないんだ!」という憤怒の形相が浮かぶようでした。
わたしには、靖国で会おうという約束を守った兵士もいたでしょうが、多くの魂は帰心矢となって故郷を目指したのではないかと思えてなりません。

むかし、墓参りで田舎に帰る途中、はや黄金色に染まり出した稲田と、山裾に点在する村々を遠くに見ている内に涙が止まらなくなったことがありました。
この村からも、あの村からも出征していって帰ることがなかった多くの兵士が、どんなにか帰りたかったふるさとだっただろうと思った途端のことでした。

「尊崇の念」とはどこから出てくる感情でしょう。
わたしが靖国で思うとしたら「生きて帰りたかったでしょう」の一言しかありません。
尊崇の念というような水臭い感情とは程遠いものです。
戦死者の「無念」は、とても尊崇などという血の通わない言葉に置き換えられるものではありません。
結局、英霊を美化することで戦争という国家犯罪から目を逸らさせ、責任もなかったことにし、したがって反省することもありませんでした。
そしていま、言語に絶する恐怖や苦痛や悲しみの経験が時の彼方に消えていこうとしています。


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ところで、天木さんが、小泉進次郎が毎年靖国に行くのはなぜかと
言っておられますが、飼い主の指示で行っているのが分かりませんか。
つまり、かれを次かその次の総理大臣にするためです。
ほとんどの日本人なら、靖国に参拝する人間に好感を持つだろうというのが飼い主の思惑で、いまから世論を味方に付けるための伏線を敷いているのです。
小泉元総理の参拝のときも、アメリカはクレームをつけるどころか後押ししたのです。
郵政民営化実現のために、世論を味方にする必要があったからです。
それに、小泉さんなら、間違っても「戦後レジームからの脱却」などと言うことはないし、「戦前回帰」の野望を持つこともないとアメリカは思ったのでしょう。
それとは別に、しっかりスキャンダルを握られていたということもあったのかも、、


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# by michi-no-yuri | 2016-08-18 11:29 | Comments(0)

相手の中に神がいるということ。

きのう曽野綾子さんのことを書いたばかりですが、きょうのコラム「透明な歳月の光」を読んでまた思うことがあり続きとして書くことにしました。
「相模原事件に思う」という副題がついていたので、期待して読んだのですが、内容は期待に応えるものとは到底言えない代物でした。

「相手の中に神がいるという感覚」ということですが、苛めたいと思う相手の中にも神がいるというのは不便な認識なのだそうです。
不便な認識とは、自分としては受け入れがたいが聖書の中にそのようなことが書かれているから仕方がないということではありませんか。
曽野さんにとって、聖書に書かれているということがすべてなのです。
いわゆる教条主義者です。
そういう人間が教義を振りかざして人を裁くようになるのです。
しかし、曽野さんは相手の中に神がいると言うだけで、自分の中にも神がいるとは書いていません。
だから、神をも恐れぬことを平気で言えるのでしょうか。
たえず、社会に役にたたない者を非難し、もう体がいうことを聞かなくなった年寄りには、ある時期がきたら世を去る義務があると言えるのは、自分の中に神がいないからではありませんか。

わたしにとって神に相当するのは、人間は肉体が死んでも、意識(魂)は永遠だという確信です。
人間死んだらそれで終わりなのなら、倫理も哲学も要りません。
人生いかに生くべきかなどという命題に頭を悩ますこともないのです。


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小沢一郎さんが事件を受けて
「この世には自分以外に他者が存在し、自分と同じように喜ぶこともあれば、悲しみ苦しむこともある。そういう他者の存在を自分と同じように認識し尊重する」
ことがもっとも大切なことだと言われました。
曽野さん、相手の中に神を見るというのは、そんな大層なことでも特別なことでもないのです。
他者を自分と同じ存在だと認識するだけのことなのです。
以前にも書きましたが、わたしが他者の存在を認識したのは森有正によってでした。
きっと、人はそんなことは当たり前だと思うでしょうね。
でも違うのです。
それまでのわたしは、他人はどこまでいっても他人でした。
他者の悲しみ、苦しみ、孤独を本当には分かっていませんでした。

もし、稲田防衛大臣がそれを分かっていたら、国のために血を流せとは言えないのです。
それが分かっていたら、世の親も同じように息子を戦争にやりたくないのが分かるはずです。
勇ましいことを言うのは、そのことが分かっていないからです。


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# by michi-no-yuri | 2016-08-17 12:03 | Comments(0)

曽野綾子さんに憑りついた狂気。

曽野綾子さんの新刊本「危険な本音」の広告の見出しにあった「『年寄りをどう始末するか』を国も医療界もなにもしてこなかった」という文言にわたしはわが目を疑いました。
始末するとは処分するということであり、ついに年よりは犬猫の殺処分と同等の扱いになりそうです。
「危険な本音」ということですから、明らかにそういう意図で書かれたものでしょう。

相模原事件のとき、総理は全力で真相解明に取り組むと言ったきり口を噤み、産経派というか、「正論」の執筆陣からも事件についてのコメントは一切ありませんでした。

植松容疑者は、自分は権力者に守られているから死刑にはならないと嘯いているそうですが、これはかれの妄想から出た言葉というより、権力者と何らかの繋がりを持つ人間に使嗾されて事件を起こしたことを暗示しているのではないかと思うのは考えすぎでしょうか。

それにしても、曽野さんの日頃の言論も植松容疑者の言っていることと大差はないのです。
社会のお荷物になるような人間は早く死ねということです。

これがクリスチャンだというのですから驚きです。
キリスト教は自殺は禁じても、人殺しは認められているのですか。
わたしは、悪しきキリスト教徒の冷血と狂気の典型を曽野さんの上に見ずにはいられません。
もしかしたら、それが宗教というものが内包する究極の姿なのかもしれないとさえ思います。


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きのうの「正論」の執筆は曽野さんでした。
何をバカなことをといつも思うことが、また繰り返されていました。

「(ほとんどのマスコミが)日本人がいかに貧富の差が激しく、貧困で結婚もできず、子供も産めないでいるか。それは政治の堕落と弱さのせいだ、などという言い方をするのを見ると、私はおかしくてたまらない。」
「私の周囲に『今日食べるものがなく』『寝床に雨が漏れ』『電気も水道もない家に住んでいる』人を知らない。」


アフリカのどこの国を指して言っているのか知りませんが、その国はどういう歴史と文化を持ち、どんな成り立ちをし、どんな社会の仕組みを持っているのですか。
日本がそういう国と同じ状態になるには、どれくらい時間を遡ればいいのですか。
人々が営々と築いてきた深い伝統や文化を持つ日本と、「文化果つるところ」にあるような国とをどうして同列に論じられるでしょう。
曽野さんには、日本人が歴史の中で流してきた涙や汗や血、それに日々の営為に込められた喜び、悲しみへの想像力がひとかけらもありません。
日本という国や同胞への「愛」が決定的に欠けているのです。

それに、曽野さんが見落としているというか故意に見ようとしない現実があります。
日本にも、今日の食べものにも事欠く人々が増えているということ。
料金が払えないと、いのちそのものの水道や電気が止められてしまうような世帯があるということ。
水道がないのが当たり前の国と、超文明社会の国で水道が止められるのとどちらがより悲惨だと思われますか。

それも自己責任だと言われますか。
なぜ政治の堕落を見ようとしないのでしょうね。
権力志向体質や選民思想が邪魔をするのかも。
いまの貧困は人工的に作られてきたのです。
あなたの信奉する総理が、アメリカや経済界の要請を受けて、非正規という奴隷を増やしてきたのです。
そんなかれらにどんな未来があるというのですか。


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記事の中に、東電の川崎火力発電所のことが書いてありました。
稼動していないのに人手とお金を掛けるのは無駄ではないかという質問にこういう返事が返ってきたそうです。

「万が一、災害があったとき、この火力発電所は首都圏に一番近いので一時間以内に発電が可能です。
首都圏の指揮命令系統を守る重要な拠点ですから、こうしていつでも使えるようにしているのです。」


3.11でそれが見事に役にたったのです。
すっかり信用を失墜させた東電ですが、こういうところは評価したい。
日本は本来こういう国なのですよ。
それを水道や電気の無い国と比較するのはムリがあり過ぎます。

最後に、日本の特性は職人風実直さにあったのに、その美徳が崩れてきていることに恐怖を感じると書かれています。

「日本人の誇りだった誠実と職人気質を失った姿を見ると、私はわが国への将来に暗澹たるものを見る。彼らは仕事の発注者や株主や消費者を騙しただけではない。日本という国を詐欺の容疑で売った新しい売国奴に等しいのである。」

曽野さんは、いったいどこを見ているのでしょう。
通説とは反対に、国民という森だけを見て、いちばん肝心な大元である政治という「木」を見ていません。
そこにいるのが仲間や同類だから故意に見ないのですか。
それに、最後に言っておきますが、あなたのように社会に毒を流すより、社会のお荷物になるほうがいいに決まっているのです。
そのお荷物が、優しさや助け合いという、人間にとって決して忘れてはいけないかけがえのない感情を呼び覚ましてくれるからです。


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# by michi-no-yuri | 2016-08-16 10:26 | Comments(0)

核攻撃を容易にするもの。

分かっていたことですが、稲田防衛大臣は靖国から逃げてジブチへ行きました。
アメリカに逆らうことなんかできないのです。
中國と同じかそれ以上にアメリカが靖国参拝に不快感を持っていることは、ちょっと考えれば分かることです。

きのう、息子と話していて、わたしが、総理は中国と戦争したがっていると言うと、それはあり得ないと断言しました。
よほどのバカかキチガイでないとそんなことは考えないそうです。
では、なんのための改憲で、何のための戦前回帰なのでしょうか。
このごろ言わなくなりましたが、戦後レジームからの脱却、あるいは、稲田さんなどがチラチラ言っていた東京裁判の見直しが真の目的でしょうか。
安部政権にそんなことが可能だとは思えません。
それが実現したときには、もう日本は跡形もなくなっているかもしれません。

なぜ、中國との戦争があり得ないかと言えば、中国が核保有大国だからだそうです。
そうか、ちょっとそのこと忘れていました。
核は抑止力のためだけに存在するものだと思っていたからです。
しかし、息子はイザのイザとなったら、中国は核を使うかもと言いました。
理由は、日本が二度の核の洗礼を受けているからだと。
つまり、二度あったことは三度あってもいいというわけではなく、そのことで核を使用するときの抵抗感が少なくなるということでしょうか。


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しかし、それよりも大きいのが、日本を核攻撃しようとする国があるとして、その国の核使用の決断を容易にするのは、日本と日本人に原因があると思います。
唯一の被爆国の国民がフクシマに無関心で、政府が被害を徹底的に秘匿して国民を見殺しにしていることです。
総理がアンダーコントロールしているのは、汚染水漏れではなく、国民なのです。
こんなメチャクチャな国があるでしょうか。
世界は、なんだ、日本はそんな国なのかと思っていることでしょう。
日本の農水産物を輸入禁止にしている国はたくさんあるのに、国民はそれを知らず、知らされず、平気でなんでも食べています。
世界はそんな日本を冷めた目で見ていることでしょう。
自分の国を大切に思わないものをだれが尊重してくれるでしょう。


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# by michi-no-yuri | 2016-08-14 11:30 | Comments(0)

このまま破滅に向かうのか。

もっとも危険だと言われている伊方原発が再稼動しました。
山本太郎さんが言っていたようにアメリカのニーズ、リクエストなのでしょう。
日本政府も恒久的なエネルギー源としてではなく、核保有のために再稼働を必要としているのです。
フクシマが爆発したとき、わたしは、国民はパニックになるだろう、二度と原発を稼動させることはないだろうと思いましたが、その期待と危惧はことごとく裏切られ徒労に終わりました。
唯一の被爆国で核へのアレルギーが強いと世界から思われてきた国民は、なんと、フクシマのことにほとんど関心を持ちませんでした。

訪日したカダフィ大佐が、「なんで日本人は(アメリカに)怒らないんだ」と言ったときの悲しげで怪訝な表情が忘れられません。。

中村愛媛県知事は再稼働の責任を総理に丸投げし、総理も簡単に「わたしが責任をとります。」と言いました。
ゼッタイに取れるわけのない責任をとると言った総理の精神と口の軽さにわたしは言葉を失います。


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フクシマが爆発した日、東京ではパニックになって西へ逃げた人々がいたそうです。
そのまま西に残った人もいたのでしょうが、ほとんどの人は東京に戻ってまた普通の日常をおくっています。
枝野官房長官の「直ちに影響はない」という言葉の効果だったのでしょうか。
しかし、その「ただちに」という期間はもう過ぎたのではありませんか。
まだ、大丈夫なのですか。
人はなぜそのことを思い出さないのでしょう。

救えたいのちが、たくさん見殺しになりました。
政府は少子化対策とは反対のことをし、故意に国民のいのちを見捨てているのです。
人口減少は移民でまかなえばいいということでしょう。
世界の支配者は日本を絶滅させるつもりなのでしょう。

オリンピックでは連日メダルラッシュに沸いています。
「日本会議」はいまごろ胸を高鳴らせていることでしょう。
これで、一段と「戦前回帰」に「弾み」がつくと。
もうだれに遠慮することもなく、軍国主義教育へ一直線です。
「国のため」というスローガンが一段と声高に叫ばれることでしょう。
その「国」にとっては、個人の人権や尊厳や幸福は邪魔になるそうです。


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# by michi-no-yuri | 2016-08-13 11:42 | Comments(0)

わたしは「ペンの力」を信じます。

鳥越俊太郎さんの「ボクはペンの力なんか全然信用していません。」の発言には驚かされました。
しかも「安倍政権の跋扈を許しているのはペンとテレビでしょ?」に至っては、その現実認識の欠如に唖然とします。
ペンやテレビが駄目なのは、マスコミや御用ジャーナリストが自己保身で外部からの圧力、あるいは空気を読んで限りなく萎縮、変質していったからではありませんか。
ペンの力を信じることと、まったく別次元のことです。
もちろん、小池さんや増田さんがいいと思いませんでしたが、わたしは鳥越さんに都知事が務まるとは思えませんでした。
むかしからいつもどこかズレていました。
ペンに力がないのではなく、鳥越さんの思想に力がないと言えば言い過ぎでしょうか。
(わたしにそれがあるということではまったくありません。)

権力者はペンの力をとても恐れていますよ。
だから、いろいろ法律をつくって言論に網を掛けようとするのです。
すでに言論弾圧、思想統制が始まっているときに、自ら白旗を掲げるのですか。

ペンの力、つまり言葉を信じなくて、何を信じるのですか。
よく、ネットで神発言とか神対応とかいわれて絶賛される人がいますが、それだけ人は言葉を信じているからではありませんか。
それだけ言葉に飢えているからではありませんか。


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三宅洋平さんが、あれだけの聴衆のこころを虜にしたのは、まさに言葉の力にほかなりません。
その三宅さんが総理に言ったことは自らの言葉を裏切るものでした。
自分を裏切ったのではないとしても支持者のこころを傷つけました。
わたしも大いに困惑しましたが、それでも失望も落胆もしませんでした。
死ぬまで成長過程にあるのが人間の生です。
わたしもたくさんの恥をかき、たくさんの不義理をし、たくさん不道徳なことをしてきました。
そういう過去があって、いまがあるということで、だから常に今瞬間の自分が自分のすべてです。
三宅さんも経験を通してしか成長できないのです。
今の三宅さんを肯定することは三宅さんを権威付けることに繋がります。
わたしがもっとも嫌なことです。

嘘やデマを信じてしまうのは、自分のなかの「言葉(思想)」が弱いか間違っているからです。
右も左もよくもこれだけ見え透いたデマを製造するものだと呆れます。
「言霊の幸ふ国」の日本で、それがいかに罪深いことかを本人たちは知りません。


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# by michi-no-yuri | 2016-08-12 11:31 | Comments(0)

三宅洋平さんを応援しよう。

長崎の平和祈念式典で「改憲反対」と叫んだ男性が、警察車両に連行されて事情聴取を受けるという事件がありました。
また、別府にある労組「連合大分」の敷地内に、どういう人間が出入りしているかをチェックするために別府署の捜査員が二台のビデオカメラを設置していたという事件もありました。
もう、戦前の共産主義者の弾圧のようなことを念頭に、危険人物のリストを作っているのでしょう。

障害者大量殺傷事件で書き忘れたのですが、排除のターゲットになるのは社会的弱者だけに留まらず、それより先にかれらの考える危険思想の持ち主への弾圧が始まりそうです。
警察には、あらかじめリトマス試験紙の役を果たすいくつかのキーワードが用意されていて、それに引っかかった人間が危険人物に認定をされることになるのだと思います。

先日、オリンピックなんか嫌いだと書いた後で、ふと不吉な気もちに襲われたのは、東京オリンピックのときはそれも言えない空気になっているのではないかと思ったからです。
非国民のレッテルを貼られるだけで済めばいいのですが、、、


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ほんとうに、信じられない世になりました。
民主主義も人権思想もまったく根付いていなかったことへの絶望的な悔しさといったらありません。
かれらは、ただ中国と戦争がしたいだけ?
だったら、この炎天下を、食糧を持たず、当時の背嚢と銃の重さと同じくらいのものを背負って10キロ歩いてみてください。
それだけで戦争はこりごりになるはずです。
戦争がどういうものかわかっていないから、あのように勇ましいことが言えるのです。
とくに勇ましいのが女性と老人w

だれか稲田防衛大臣の洗脳を解ける人はいないのですか。
あれは完全に洗脳状態ですから。
わたしなら、簡単に洗脳から醒めますけど、、
それくらい、わたしはクラゲのようにゆらゆらしている人間です。

島尻アイ子さんが大臣補佐官になるようですね。
総理は沖縄の人に喧嘩を売りました。
徹底的にいじめてやろうと、開き直っているようです。
島尻さんと小池百合子さんは、どちらがより悪女か甲乙つけがたい二人です。


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ところで、総理夫人の昭恵さんが三宅洋平さんに伴われて高江に行きました。
だれにも黙ってそんな大胆な行動がとれるわけがありません。
昭恵さんも前出のふたりにひけをとらない悪女かもしれません。
面会しただけでは飽き足らず、そのあとも三宅洋平さんを利用することで、総理の「懐柔と分断」工作の先兵の役を引き受けたのではないでしょうか。

三宅洋平さんが、昭恵さんの気持ちが少しでも変わればと言っていたのはこころからそう思ったのでしょう。
しかし、若い三宅さんに女のしたたかさや狡さは理解できないのです。
ということで、わたしは、いまこそ三宅さんを応援したいと思います。
ここで、叩いたり切ったりしては、相手の思う壺です。
三宅さんはなんといってもある意味で、不世出の逸材です。
三宅さんをこれまで以上に応援することで、官邸の鼻をあかしてやろうではありませんか。
三宅洋平さんにはガンバってもらわなければならないのです。


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# by michi-no-yuri | 2016-08-11 10:39 | Comments(4)